<第二章:泥と修羅> 【04】
【04】
「古来より、女神と“しとね”を共にして復活した英雄の逸話は多いです。神媒体質の聖女となれば、そういう女神を宿し治療するのは造作もないかと。世間体の問題で乱用はできない秘儀ですけど」
翌日、贔屓にしている治療術師に家に来てもらった。
彼女は、慣れた手付きで俺の体を診ている。今回は採血もして器具に通し、成分を確認していた。
「毒については完璧に浄化されています。シグレさんが毒消しを用意してくれましたが、必要なかったようですね」
「シグレ? どうしてまた」
襲撃された時にいたが、あの一瞬で毒消しまで用意できるとは。
「矢に心当たりがあったとか。お店や身内関係で知っていたのでしょう。勤勉な方ですから」
「ほほう」
今度店に行ったら礼を言わないと。
「しかし、傷は残ったようですね」
俺の腫れた頬に湿布が貼られる。
濃縮した薬品の匂いが鼻につく。
「聖女の治療でも消せない傷とは、どんな相手と戦ったのですか?」
「実は」
事実をありのままに話す。
『家族や仲間に嘘は吐いても、治療術師に嘘は吐かない』
冒険者の格言だ。
小さい嘘でも、後々体の大事になるからである。
「行為の最中に別の女性の名前を、へぇ。………普通に最低ですね」
「うぐっ」
正論だ。
「先ず聖女様に失礼です。聖女様が治療のために呼び出した女神にも失礼です。全ての女性に対しても失礼です。『聖女との同衾』その価値がわかっていますか? いえ、聖女云々を抜きにしても普通に最低ですからね」
「その、聞きにくいのだが、ハティは、聖女様は………初めてだったりするのか?」
シーツが代えられていたのでわからないのだ。
同じ女性だし、体も診ているので知っているかもしれない。
「最早、全ての女性の敵ですね」
そこまで言う?
「大体ですね――――――」
それからしばらく、正論でボコボコに殴られた。
治療術師に精神的に殺されかけた。
「………………俺が全て悪かったです。生まれてきたことを世の女性に謝罪しながら残りの人生を過ごします」
もう英雄になるの諦める。
と、一瞬思ってしまった。
「とりあえず、今すぐ聖女様に謝罪しなさい」
「したいが、起きたら家にいなかった。出て行ったのかもしれない」
俺たちの関係、短かったなぁ。
「追え」
命令口調!?
「と言いたいところですが、最低でも三日間は絶対安静ですね。聖女の秘儀で助かったとはいえ、血の量が足りていません。この状態では少し歩いただけで倒れるでしょう。血肉になるものを食べて、よく寝るように」
治療術師は、器具を片して帰る準備をしだす。
治療費代わりの神蔵品は、よくわからない干した肝を買わされた。『今食え』と言われたので、我慢して食う。
カチカチでパサパサの食感。口の水分が全て奪われる。味は、恐ろしく苦い。食べる拷問に近かった。
「六日分置いていきます。一日一個食べるように。では、お大事に。お見送りは結構です」
嫌なお土産を置いて治療術師は帰って行った。
地下室に1人残された俺は、ベッドに横になる。
「きっつい女じゃなぁ。あれ絶対処女じゃぞ」
「失礼なことを言うな」
蛇が枕元に登ってきた。
「ハティはどこだ? 知ってるだろ」
「聖女なら夕飯の買出しに行ったぞ。貴様に血肉が足りんことは、治療した本人もわかっていたようじゃ」
そういうことか。
ホッとした。
逃げられていたら泣いていた。
「で、蛇。ライガンの用意した2人を倒したわけだが――――――」
「先ず聞け、色々わかったことがある。貴様のことじゃ」
「俺?」
「貴様は強さが安定せん。ほっっっっっっんとうに安定せん。しかも、実力を発揮するのが遅い。半死状態でようやく目覚めて火が付く。こういう愚鈍は一芸を極めれば強いが、余の力は器用者向きじゃ」
「今更、相性が悪いって話か?」
「現状を正しく理解しなければ、対処方法は生まれん。という話じゃ」
「で、対処方法とは?」
「思考放棄すな。貴様も考えんか」
「出たとこ勝負が大事って、お前言わなかったか?」
「そうせざるを得ない状況がある。と言っただけじゃ。考えるなとは一言も言っておらんぞ」
「俺の足りない頭で考えても、不安しか生まれないと思うが」
「不安ついでに言っておくことがある」
そんなもんをついでにするな。
「貴様、漠然と無茶をしていれば英雄になって名を残せると思っておらんか?」
「それは………そうかもな」
俺は未来を見た。
あの剣、あの炎、英雄としての力。不安でありながらも、必ず近付けると信じている。
「白い短剣があるじゃろ?」
「ん」
枕の下に隠した短剣を取り出す。
「【死蝋の短剣】。炎教の狂い子、落悦のユタの得物じゃ。悪戯で人を焼き殺す狂人でありながら、その炎は大炎術師ロブに勝るとも劣らないと謳われ、神と同等に崇められるほどの炎術師となった」
「ん?」
武具の説明が始まった。
「余の記憶違いと思って、冒険者組合の記録を盗み見てきたが間違いない。【死蝋の短剣】には、着火機能は存在せん。ユタは炎を自在に操れたのでな。この短剣は燃料に過ぎんのだ。ユタの死後、炎教に回収され祭器して展示された後も改修された記録はない。つまりじゃ、余の吐き出す武具は、“正確に元の形をなぞってはおらん”」
「………は?」
目を見開いて驚く。
「そう、貴様が盲信しておる『英雄になる未来』は、確実なものではないのじゃ。道半ばであっさり死ぬ可能性もある」
「冗談言うなよ」
「未来が確定している方が冗談ではないか?」
「それはそうだが、いや、おい」
俺の不安定な足元で、絶対唯一だったものを揺るがすな。
「運命など大きな川の流れに過ぎん。逆らうのは難しいが、逆らえんこともない。だが、心構えは変えよ。今回は幸運が二回続いただけ。次も運があると思うな」
「具体的に頼む」
「先の戦いのような、死地に飛び込んだ感覚を常時出せるようにしろ」
「………わかった。わからん」
「どっちじゃ?」
「もう一回死にかけたらわかる。気がする」
俺、不器用ですから。
「やれやれ、はっきりせんか。しかし、死にかけても心折れず平然としているのは貴様の少ない長所じゃ。褒めてつかわす」
「世事はいいから何かくれ」
蛇に褒められても大して嬉しくない。
「チョチョの羽根、ダンジョン豚の油、ドワーフニンニク、乾燥させた豆、悪魔の小指。これを煎じ、玉ねぎの搾り汁を加える」
「なんだ急に」
悪魔の小指は、確か異世界の唐辛子だ。
「媚薬の作り方じゃ。聖女に一服盛れ」
「大きなお世話だ!」
余計にこじれる。
「男性機能も向上するぞ?」
「更に大きなお世話!」
「あ、思い付いたぞ。ちょっとダンジョンに潜って死にかけてこい。で、聖女に治療させよ。感覚を掴むまでこれを繰り返せ」
「あっさり死ぬかもしれんと言った後で、そんな無茶を言うな」
いや死にかけるのはいいが、その度にハティと“いたす”とか倫理的に大問題だ。たぶん、助けてくれるだろうけど、それは聖女の勤めであって本人は内心嫌だろう、絶対。
あ~終わるな。
関係が終わる。愛想尽かされると思う。
「一回抱いた女じゃぞ? もっと堂々としたらどうだ。『俺の女』くらい言ったらどうだ?」
「言えるか! 向こうは聖女としての立場で俺を助けてくれたんだ!」
「そりゃ思い込みじゃろ。本人に聞いたか?」
駄目だ。この話は駄目だ。俺の頭が吹っ飛ぶ。
話を逸らそう。
「2人倒した今、次はライガン本人だ。どう対策する?」
「やれやれ、女にかけても小心者じゃ。そも、奴の孫娘との面通しではないのか?」
よし逸れた。
「んじゃ、それが次の敵か。あの爺の孫となったらとんでもないだろうな。女は殺したくないけど、手加減できる相手じゃないだろ………う? 花嫁?」
「どうした?」
「そういや、なんか俺を助けてくれた女がいたけど、まさかな」
「ほほう。どんな女じゃ?」
「黒髪、背中の開いた黒ドレス、巨乳、凍えるような美人。後、たぶんお付き? 神? の黒猫がいたな」
「………胸糞悪い」
「なんでだよ」
女好きの癖に、黒髪が嫌いか?
「猫、猫じゃ。嫌な記憶しかない。気を付けろよ。猫は凶兆の兆しである。というか猫は蛇の鳴き声を真似してる。余の真似をしている毛玉じゃ」
「毛玉を馬鹿にするな」
毛玉は俺の神様だぞ。
「黒い毛玉は別じゃ! かぁー! 猫とか最悪じゃ!」
「落ち着け」
蛇は尻尾をバシバシ動かしていた。
猫に追い掛け回されたことがあるのだろう。
上の階で『ただいまー』とハティの声が響く。聖女様のご帰宅のようだ。冷や汗が噴き出た。
「蛇………お前、女性経験豊富なんだよな?」
「事実であるがな」
「ならお前も経験があるはずだ。行為の最中、別の女性の名前をついうっかり言ってしまったことが。そういう時はどうした?」
「あるかボケ。許してもらえるまで謝り倒してこい」
こいつも正論か!
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