<第二章:泥と修羅> 【02】


【02】


「男には二種類ある。女を抱いて弱くなる男と、強くなる男じゃ。貴様は後者である。なんせ、死んだ女1人のために10年泥の中で戦い続けられるのだから。その時の感覚を思い出せ。異邦人の言葉でいう【シュラ】になるのじゃ」

「修羅? なんでお前がそんな言葉を知っている?」

「ふと思い出したのだ。昔の仲間に言われたことを」

 昔の仲間? 異邦人の?

 蛇の過去はともかく。

「前もした話だが、そもそも俺は苦手なんだよ。知らん人と関わるのが、特に女性が! いい加減察せよ! わかるだろうが!」

「察すもなにもあるか馬鹿もん! 娼館に行って金出すだけの簡単なことであろうが! 子供が野菜買うのと何が違うというのだ!」

「ほ、ほら、俺にも立場が」

「余が聖女に聞いてきてやる」

 咄嗟に蛇を掴む。

「待て、なんて言うつもりだ?」

「『女を買うから金をくれ』じゃ」

「言い方ッ」

 ただでさえヒモっぽい生活なのに、女の金でパチンコ行くクズになる。てか、多少の蓄えはあるぞ。

「あわよくば、聖女を抱けるよう仕組んでやろう。余は気遣い上手であるからな」

「大きなお世話過ぎる」

「どのみち、療養が必要な傷じゃ。それなりの娼館なら、優れた癒し手も在住しているだろう。ライガンが次の手を打つ前に万全の状態に持っていく必要がある」

「………………」

 急に正論を言う。

 実のところ傷云々を抜きにしても、聖女様とひとつ屋根の下にいることで色々と溜まっているのだ。男としてのどうしようもない感情が。このままだと人間として大変な間違いを起こしそうだし、発散をば。あ、いや、ちょっと娼館に行ってみたいという好奇心もある。うががが。

 目が回る。頭が回らない。

 下半身に血が行き過ぎているのか? 男って悲しい生き物だな。

「ちょっと水を被って来る」

「何故そうなる」

「頭を冷やせば、冴えた答えが出るかも」

「たかだか娼館に行くだけぞ? 前もこんなやりとりをしたが、貴様は何をビビっておるのだ? 戦うよりもビビっとるぞ」

「そりゃまあ、女体という未知に恐れてしまうのは男として当たり前かと」

「女を知らんガキでもあるまいし、わけわからん奴じゃ」

 日陰者を理解しない奴だ。

 まあ、冒険者に大事なのはコミュニケーション能力だ。色んな人間と関わり、時には疑い、時には信用して、ダンジョンに挑む仕事である。人と関わりたくない奴がやるもんじゃない。

 蛇のいう『普通』や『当たり前』ができないと、つくづく向いてない仕事をしていると実感してしまう。だからといって、他に英雄を目指す仕事は知らんのだが。

「わかった。腹を括る」

 財布を確認。

 金貨で15枚、銀貨3枚に銅貨が12枚ある。寝床に金貨25枚隠しているが、流石にそこまで必要ではないだろう。

「避けては通れぬ道ならば、挑戦しなければならない。それが冒険者。行くぞ、娼館ッッ」

「………なんで気合入れておるのかわからん」

「だが、1人で店行くの怖いからついてきてくれ」

「………知るか。アホか。娼館くらい1人で行け。アホか」

「なっ、お前が行け言うから覚悟決めたんだぞ! 作法とか明記されてないルールとかあるだろ! 教えろよ!」

「女に対する普通の態度で行け。こっちは金を出す方じゃぞ! 堂々としていればそれでいい!」

「そこがわからないって言っているんだよ!」

「わからんのは貴様じゃ! 女関係になると駄々こねる子供みたいになりおって!」

「苦手なもんは苦手なんだよ! 俺だって女は抱きたい! だが無駄に色々考えてしまう!」

「考えるな。向こうはプロであるぞ? 任せれば――――――なんじゃこの会話。似たようなことを繰り返し、繰り返し、アホか」

 確かにアホみたいだ。おかげで冷静になった。

 小さな物音を捉えた。

 近付く足音。ノックの音。声もする。知っている声だが、何故ここに?

 玄関に移動して扉を開けると、黒いワンピースを着た黒髪の猫獣人がいた。【冒険の暇亭】のシグレだ。

「お休みのところすいません。モスモスに住所を聞いて、これ昇級した常連さんに渡しているお祝い品です。保存がきく物ばっかりなので、好きな時に食べてください」

「お、あ、ありがとう」

 食べ物がみっちり詰まった木箱を受け取った。

 乾パンやチーズに、瓶詰の油煮、ピクルス、干し肉もどっちゃり。

「では」

 ニッコリ笑い去ろうとするシグレに、

「お茶でも飲んでいかないか?」

 蛇との変な会話の余波で、つい引き留めてしまう。

「………じゃ、ちょっとだけ」

 家に入れてしまった。

 世が世なら事案だ。

 シグレを居間の食卓に座らせて、急いでキッチンに行く。茶葉を探す。片っ端から戸棚を開けるが葉っぱの1枚も発見できない。

「あのーやりましょうか?」

「頼む」

 様子を見に来たシグレと交代した。俺は居間で待機、シグレはキッチンでお茶を淹れていた。

「どうぞ」

「すまん」

 しばらくして、甘くない薬草茶を2人で飲む。

 何とも言えない沈黙が流れた。

 ほら、どうだ? という目で蛇を見た。

「丁度いい。この小娘にお勧めの娼館を聞け」

 聞けるか! と俺は心で蛇に叫ぶ。

「ああいう飯屋の太客には娼婦がいる。紹介してもらえ」

 無理だ無理。

 そんなセクハラはできん。

「あの、怪我酷いですか? お店出た後、倒れたって聞いたんですけど」

 沈黙に耐えかね、シグレが聞いてきた。

「ちょっと療養が必要なだけの軽傷だ」

「ほら、自然な流れで聞けるぞ。聞け」

「空気が悪いな。窓を開ける」

 蛇を掴んで窓を開け、庭に投げ捨てた。

「聞けぇぇぇぇぇえええ!」

 一段と今日の蛇はうるさい。

 食卓に戻り、お茶を一口。

「それじゃ良いお店紹介しましょうか?」

「………………!?」

 そ、それは、何の店だ?

「エルフが営む何でも屋なんですけど、裏で怪我によく効く薬をだしてますよ。ボクも手荒れの軟膏を貰っているのですけど、本当によく効きます。フィロさんの怪我も一発で治るかと」

 エルフ、何でも屋………なんか1人思い当たるフシが。

「もしかして、そのエルフ。魔法使いで、背は小さめで、胸は大きかったりするか?」

「ええ、はい。行ったことあります?」

「できれば別の店を頼む」

 あの虫ケラを見るような氷の瞳は苦手だ。

「だと………娼館になっちゃいますけど、いいです?」

 すんなりと俺の言いにくかったワードが本人の口から出た。

「問題ない」

 俺は、キリッとした顔を作った。

 シグレは、何故か俺の背後を見てピタリと停止する。

「仲、良さそうですわね」

 聖女様の声は、驚くほど低かった。

「お、お邪魔しています」

「いえいえ、邪魔なのは私の方ですわぁ~」

 聖女様は、敷居の陰から半身だけだしてこちらを見ていた。

 どういうこと?

「ハティ、シグレ嬢は俺の昇級祝いを持ってきてくれたんだ」

「昇級祝い………私も後でする予定でしたけど何か?」

「え、何かって言われても、ありがとうございます」

「お構いなく。まだ渡していませんけど」

 何をくれるんだろうか? パン?

「あの~ボクはそろそろ帰ります。お茶ごちそうさまでした」

 やや引きつった顔でシグレは席を立つ。

 なんかすまない。

 見送ろうと俺も席を立つ。

 窓に登る蛇が視界の隅に映った。一緒に、隣家の屋根から弓を構える人影も。

「伏せろ!」

 俺の左掌を矢が貫通する。

 シグレを抱き寄せ、テーブルをひっくり返して盾にした。

「ハティ来るな! 地下に隠れてろ!」

「相手は誰ですか!」

「わからんが、狙いは俺だ!」

「この矢、どこかで見たことが」

 腕の中のシグレは、驚くほど落ち着いていた。

「すまない。なんか巻き込んだみたいだ」

「いえ、こういうの慣れているので。それよりも打って出ないのですか? 逃げられちゃいますよ」

 飯屋の娘の覚悟の決まり方じゃない。

 気になるが、今は彼女の言う通り。

「打って出る」

「フィロさん、装備を適当に持ってきましたわ!」

 聖女様が投げたマントと武器を受け取る。ロングソードと白い短剣だ。

 掌の矢を乱暴に引き抜く。左手の握力がない。使えない。ああでも、なんだか懐かしい痛み。

 ロングソードと短剣を雑にベルトに差す。シグレがマントを羽織らせてくれる。

「ご武運を」

「私もそれで!」

「夕飯までには帰って来る!」

 俺はテーブルから飛び出した。

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