<第一章:血の道> 【04】
【04】
19階層に到着。
前の階層と変わらない石造り、肌寒い温度、湿った空気。階段付近が開けた構造なのも変わらず。
モンスターは階段付近には来ないので、安全に待機や休憩をするならこの辺りだ。
先に降りたパーティは見当たらない。
ただ1人だけ、ポツンと剣士が待っていた。
「【お節介フィロ】だな! てめぇこの野郎が! おせぇんだよ! 滅茶苦茶な!」
「はぁ」
若い男だった。
小柄で幼さの残る顔立ち、ウニみたいなボサボサ頭。
しかも、上半身裸だ。一応、下半身にはスカート状の装甲を下げているが、防御力は皆無といっていい。まあ、再生点があるので鎧に金をかけない冒険者は多い。ビキニアーマーの女性もいるし。
で、腰には片刃が鞘から露出した剣。ロングソードサイズのルミル鋼の剣だ。城1個と同じ値段の得物。冗談でぶら下げる物じゃない。それ相応の実力者だろう。
「どんだけ待たせんだよ! この天才の貴重な時間を! 人生を! 無駄に!」
「へぇ」
俺が嫌いなタイプかも。
「オレの名は、エッジブレンド! あの爺が一目置く天才剣士だ! 次のライガンはこのオレで間違いない! はい決まり! だからもう一瞬も無駄にできねぇ! さっさとやるぞ! 構えろや!」
「え、何を?」
「爺から聞いてねぇのかよ! ボケが! 俺様がてめぇをぶっ倒す。それだけだ!」
「はぁ? 俺は何すりゃいいんだ?」
「倒されろ!」
言葉が不自由な奴だ。
面倒だが汲み取ると。
「つまり………俺はお前をぶっ倒せばいいのだな?」
「ねぇよ。てめぇ全然弱そうだし」
「ほー」
短剣を投げ付けた。
狙ったのは男の顔面。
が、
「ほらな」
俺の短剣が、男の剣の上で踊っていた。
どういう芸当なのか理解できない。そも、剣を抜く瞬間すら見えなかった。
「初手でぶっ殺しに来たことだけは、虫一匹分は見直してやるよ」
男が剣を振る。
恐ろしい勢いで短剣が帰ってきた。ギリで避けたが、短剣は壁に深々と突き刺さる。回収はできない。
こりゃ格上だ。正攻法じゃ絶対に勝てない相手。
となると、アレだ。
白い短剣を腰の鞘から取り出す。
これの名は、【死蝋の短剣】。
「は? お節介野郎。なんで炎教の祭器をてめぇが持っている?」
またの名は、【大炎術師の脛骨】。
俺は短剣を振るう。すると、短剣はドロッと溶けだし周囲に蝋を巻き散らした。
蛇曰く、最も炎に近付いた大魔法使いの体は、死した後も“よく燃える”そうだ。
目を庇いながら、短剣の柄を思いっきり叩く。
埋め込まれた仕掛けから失明するレベルの火花が弾け、蝋に灯り、辺りは爆炎に包まれた。
「なぁぁぁ!?」
自称天才でも、これには驚いたようだ。
俺は逃げ出した。
男の脇をすり抜け、階層の奥へ奥へ。
開けた場所では駄目だ。できれば一本道、狭ければ狭いほどいい。
「てめぇぇぇ! 逃げるなぁぁぁぁ!」
男の絶叫で空気が震える。
あの火の欠点は長続きしないこと。石材に撒いたくらいじゃ目くらましにしかならない。
静かで速い足音を捉える。
もう追ってきた。こりゃ10秒も猶予はない。
一本道を見つけた。
幅は2メートルとちょい。天井の高さも申し分ない。
懐から箱を取り出す。
正方形の金細工が施された小さい箱。
「動け」
箱が開き、中から現れたのは金の機械蜘蛛。拳大で何故か箱より大きいサイズ。
名は、【ティラキ大鐘楼の工房蜘蛛】。
「張れ」
蜘蛛は、俺の目の前に金糸で巣を張り巡らせる。
切断力の高い糸だ。安物の鉄や、人の肉なら触れるだけでバターのように切る。だが、ライガン爺には全く通用しなかった。
「更に張れ」
その経験を踏まえて、巣の数を増やす。
下がりながら五つの巣を作り、
「一つ、細く鋭く」
最後のもう一つトラップを仕掛けた。
「見つけたァァァァァ!」
うるさい。
「オレは足の速さも天才的だ! 逃げ切れるわきゃねぇだろうが! で、なんだそれ? トラップか? っはぁぁぁぁぁぁぁ」
ため息が長すぎて、気合を入れているように見える。
「児戯じゃねぇか。つまんねぇぇぇつまんねぇぇぇぇぇぇぇなぁぁぁぁてめぇぇぇぇぇ!」
「知るか」
戦いに趣味趣向なんざ入れる余裕あるかよ。
勝てばいいんだよ。何をしても。
「腰にぶら下げてるもんは飾りかよ! てめぇも剣士なら剣使えよ! 小手先の技ばっか使いやがって不愉快な野郎だな!」
「不愉快なのはお前だ」
うるせぇんだよ。
ずっと。
声が。
「あーもーやる気なくなった。爺が目付けた野郎だから、少しは遊んでやろうと思ったのに。もー知らね。――――――死ねよ」
男が、俺の目の前に瞬間移動した。
俺の動体視力じゃそうとしか見えなかった。巣は、何事もなかったかのように全て斬り払われている。
ただ、後一つ。
「っと、なんかあるじゃねぇか」
首に当たるように配置した見えない糸、それすら男は簡単に潜って避けた。
俺は背後に跳ぶ。
胸と腹に冷たいものが通り過ぎる。
斬られた。
だというのに、剣線が見えない。
着地に失敗して無様に転んだ。もう再生点はゼロだ。
「はぁ~雑魚雑魚。なんで爺は、こんなゴミカスをライガンの候補者にしたんだよ。意味わかんねぇ」
こいつ、本物の天才か。手も足もでないぞ。
「つーかさぁ、祭器もだが、この糸も他人の得物だろ。ぜっっんぜん、使いこなせてねぇ。魔法使いにも見えねぇし、爺が気になるのはそこんとこか? で、これは何だよ?」
「おまっ」
思わず腰に手を当てる。剣がない。
いつの間に、男の手には俺の剣があった。
鉄鞘に収まったロングソード。
「どーせ切り札だろ。どれオレが見てやる」
「無駄だ。抜けねぇよ」
「あん?」
あのロングソードは、悪冠クラスの敵を前にしないと抜けない。ましてや、俺以外に抜けるはずがない。
と、思っていたが――――――男は普通に抜く。
剣身を半ばまで鞘から覗かせ、
「なんじゃこりゃ」
酷く醜いものを見たかのように顔を歪めた。
厚い空気が爆ぜる音を聞いた。
鞘に収まったロングソードが床に転がる。
「なんじゃこりゃぁぁぁぁぁ!」
男の右腕が消失していた。
切断じゃない。完全に消し飛んでいる。
冷や汗を浮かべながら、男は再生点の容器を取り出す。容器には赤い液体が満たされていた。意味がわからない。なら何故、男の右腕は消えた? 傷じゃないというのか? 待て、骨や肉、血管すら見えているのに、血が一滴も流れていない。
おいおい、何をしたんだ?
「な、何をした!!」
「俺に聞かれてもなぁ」
製作者の老人は、剣を造り上げて死んだ。その死に顔は、小人族が漏らすほど鬼気迫る形相だった。
笑っていたのだ。修羅のような顔で、あるいは地獄を見たかのように。
「こ、この、この天才の利き腕をッ、冒険者百万人よりも貴重な腕を!」
片腕を失った天才剣士は、転んだ。
重心が変わったことに対応できなかったようだ。
「あ、チャンス」
俺は、転がったロングソードを拾って男に馬乗りになる。
「ちょ、待っ」
男の口に鞘に収まったロングソードを突き刺す。バキバキと掻き回す。再生点が作用して男の傷は消えた。ならば、引き抜いて顔面を執拗に突く。
あの再生点の量だ。この実力差だ。100回殺すつもりで突き続けた。次はない。ここで絶対に殺す。肉体的に殺せなくても、心を潰す。
片腕でも抵抗され、押されかける。
だが、なんとか30分近く攻撃を続け再生点をゼロにできた。陰湿だが、必死な俺の戦いだ。
「ま、負けだ。負けを認める」
「黙れ」
額を突いて割る。やっと血が流れた。やっと意識を奪えた。これで殺せる。
「はーい。そこまでですよ~」
ピンクの触手に両手を拘束される。
背後には、ピンク髪のロリ巨乳。俺の担当だ。
「邪魔するな! 殺すぞ!」
「おー怖っ。私闘は結構ですけど、そちらの方には事情を聞かなきゃなので、それが終わってからにしてもらえません? 悪いようにはしませんてば」
「今! 殺させろ!」
ここでやれなかったら、今の俺じゃ何をしても勝てない。手札もバレている。絶対に生かして帰せない。
「駄目ですってばね? 一通り見ていましたけど、悪いのはあなたじゃなくてこの方。審査担当が、いきなり殺す気で襲ったとか組合の管理問題なんです。エッジブレンドさんには、詳しく事情を聞かないと」
「聞いた後、絶対に殺すと約束できるか?」
「できませんよぉ。殺す殺すとか殺すちゃんですか、あなたは」
「なら、すっこんでろ!」
触手を振りほどこうとする。
「やだ。凄い力。男の人を呼びますよ!」
「うるせぇな! その無駄な乳を搾りあげてやろうか!」
「セクハラまで!?」
「邪魔をするな!」
右腕の拘束を解いた。
男の顔面を踏み潰そうとし、
「しょーがないにゃー」
ひょいと触手に体を持ち上げられ、俺は床に叩き付けられ意識を失った。
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