<第一章:血の道> 【03】


【03】


 自宅に戻り、聖女様にカツサンドを渡す。

 その後、地下の自室で明日の準備をしていると、蛇が帰ってきた。さっきのライガンとの話を話す。

「罠じゃな」

「そら罠だろうよ」

「邪魔な相手をダンジョンに呼び出すのはよくやることじゃ。ダンジョンで殺せば、いくらでも言い訳が効くからな」

「俺にライガン継げってのも、吹かしか?」

「存外、それは言葉通りかもしれんぞ。『自分を殺せるなら』という言葉が前にあるだろうが」

「逃げ足は認める。戦いに関しては判断できんけど」

「ま、爺と追い掛けっこするよりは有意義であろう。ライガンの後継者候補なら、貴様にとっては丁度いい獲物じゃ。喰らって血肉にしてやれ」

「そこは良いが、ライガンがお前の存在に気付いていた件はどうする?」

「まだ確信は持っていないじゃろ。余の身内辺りか、信奉者………はないか。流石に生き残ってはおらん。ま、様子見じゃな」

「あいつと因縁あるだろ? 逃げてんのもお前のせいじゃねぇのか?」

「言っておくが、余は上級冒険者の全員と因縁がある。信用した相手であっても、気安く言うでないぞ」

「お前らしいが、全員とかマジか?」

「王とはそんなもんだ」

 よくこいつの治世で反乱が起きなかったな。事前に潰していたとかか?

「つまりは………………なんだ? 出たとこ勝負かよ」

「冒険者とは、そういうもんであるぞ」

 体が少し震える。

 新しい階層、まだ見ぬモンスター、待ち構えている敵。聖女の護衛という重責、この恵まれた環境、全部。正直、怖い。

 駄目だな。

 気を抜くと、10年前の小物が戻ってこようとする。

「おい、蛇。お前が現役の時、どういう風にして気を紛らわせていた?」

「はは~ん」

 蛇が人間の姿なら、にんまりと笑っただろう。

「貴様、ビビったな」

「ビビってねぇし」

 男が簡単に怖いとか言えるかよ。

「よいよい、未知を恐れるのは人として正しい。恐怖を感じないのは人間としておかしい。そういう、おかしいのを何人も知っておるが大抵は早死にしておる。1人とんでもないのが――――――なんでもない。思い出したくもない。ありゃ悪夢じゃ。異常者じゃ。例外中の例外じゃ。相当な悪辣な神に愛されんとああはならん。さておき、恐れることは正しいし大事じゃ。恐れなくして人は成長せん」

「はい、どーも。だから、気を紛らわす方法を教えろ」

 爺は話が逸れて困る。

「そうさなぁ、酒、女、賭け事、仲間との馬鹿騒ぎ、格下に喧嘩売ってボコボコにする、盗賊を襲って貯め込んだ小銭を奪う、悪徳商人に言いがかり付けて倉庫を漁る、下手な吟遊詩人に石を投げる、盲信な神の信徒を馬鹿にする、同期の悪い噂を流す、将来性がありそうな新人冒険者に恩を押し付けて売る、寂しそうな女を見つけては寝床に連れ込む、欲求不満そうな他人の女を寝取る。まあ、こんなとこじゃな」

「お前ッ、ろくなもんじゃねぇな!」

 こいつ最低の人間だ。

 今からでもコンビ解消するか。

「普通じゃろ。普通。余の時代では普通の娯楽じゃ。女の百や、二百で細かいことを」

「経験人数は聞いてねぇよ」

 すぐ爺は自慢話を差し込む。

「貴様の場合は、さっさと女遊びを覚えろ。丁度いい女が同じ家に住んでるわけじゃし。あの体に手を出さないとか、女体を作り上げた原初の大神に対して失礼じゃ」

「やるわけねぇだろ」

 雇い主にそんな。

 最悪、今の関係がぶっ壊れる。

「一回迫ってみよ。それで蹴り入れられたら諦めて娼館に行け」

「気軽に言うな! そもそも、新米冒険者がいける娼館なんてねぇよ」

「金出せばいくらでもあるだろ」

「冒険者用じゃないならあるだろうが、体裁があるだろ」

 俺の体裁というより、聖女の護衛という体裁が。

「それ相応の高い店なら問題ない。向こうもプロぞ? 信用が第一じゃ。情報を簡単に外に出したら仕事にならん」

「だとしても、だとしてもだ」

「よくわからんなぁ、昔の女に操を立ててるのか?」

「………そうでもない」

 そんな理由で1人でいたら、あいつは怒るだろう。

 今でもあいつの肌の感触を思い出すが。

「どちらにせよ、今後冒険者として上を目指すのなら、娼婦は絶対に必要になる。考えておけ」

 いわゆる冒険者用の娼館では、全ての娼婦男娼が再生点を回復する術を持っている。確かに今後の冒険を考えたら必要だ。

 毎回、今のように余裕を持って戦えるわけじゃないし。

「結局、今できる気の紛らわしは――――――」

 俺は、地下室に並べた木箱の一つから酒瓶とコップを二つ取り出す。

「これか」

 最近まとめ買いした高めのお酒。街で流行しているラム酒ではあるが、ろ過した後に熟成して、更にろ過という手間を入れられた物。透明度の高い液体は、値段の高さを現している。

「おうおうおう! 余にもよこせ!」

「へえへえ」

 蛇の分をコップに注ぎ、自分の分も注いで、

「乾杯」

 と飲む。

 フルーティーな香りかつ爽やかな甘みは、癖が少なく飲みやすい。こりゃ、普段飲んでいたラム酒が飲めなくなるな。

「おお、まともな酒の味じゃ。これに比べたら普段飲んでたアレは廃液じゃな」

「廃液言うな。もう飲めなくなる」

「飲むな飲むな。高みを目指すなら、生活環境は上げていけ。安い生き方に慣れて得することはない。清貧なんぞ、枯れた老人のやることじゃ」

「さようか」

 コップに頭を突っ込む蛇に酒を浴びせた。

 飲みやすい酒だが、思っていたよりも酔いの回りが早く顔が熱くなる。

「次じゃ次じゃ!」

 空瓶を弾く蛇に急かされ、次の酒瓶を空けた。蛇のくだらない自慢話を肴に次も次も開けて、次も開けて家にある酒を全部開けて………………………………………………………………………………………………………………………………夜も明けた。

 外に出ると空が白い。

 二度と酒で気は紛らわさないと強く誓った早朝だった。

「行ってきます」

 とはいえ行くしかない。

 家に一礼してダンジョンに。

 聖女様はまだ夢の中だろう。飲み過ぎた蛇は、再びツチノコ状態になったので置いてきた。たまには、1人やるのもいい。



 途中、【冒険の暇亭】に行って二日分の水と食糧を購入。

 後はいつも通り、冒険者組合の受付で担当に踏破予定を提出。俺の今の担当は、ロリ巨乳のピンク髪で、頭に触手が四本あるよくわからない種族の女だ。

「フィロさん頑張ってくださいね! この調子で初級冒険者になっちゃいましょう! あ、それと。何か急に審査担当の方が病欠したので、怪しい雰囲気出てます。ガンバ!」

「あ、ッはい」

 獣人なのだろうか? 魚人なのだろうか? 底抜けに明るい声が酒の残った頭に響く。

 ポータルを潜る前に、2階層に降りて風呂に入った。

 ダンジョンの2階層は、冒険者用の無料浴場なのだ。

 布で区切られ個人スペースには、大きいバスタブとヘチマと石鹸がある。垂れ下がってる紐を引っ張ると、上にある温水菅からお湯が出る仕組み。

 お湯には、匂い消しと消毒を始め様々な薬効がある。とりあえず浴びときゃ、ある程度は体調が良くなる。

 ダンジョン帰り入る風呂だが、潜る前にも入る冒険者は多い。俺のような酒を抜くためにも。

 お湯を浴びながら、お湯を飲む。

 飲んでも効果のあるお湯だ。酒の毒素を抜くためにも使える。

 すっきり、さっぱりすると、

「やばっ」

 眠たくなってきた。

 なんで俺は、ダンジョンに潜る前に徹夜したのだろうか。自分でも馬鹿じゃないかと思う。こういう馬鹿のせいで冒険者の多くは死ぬのだろう。

 1階層に戻りポータルを潜る。

 そして15階層。

 ジメっとした湿気に石造りの狭い通路。

 見た感じは、今まで挑戦してきた階層と変わりない。だが、空気が重い気がした。俺の体が重いだけかもしれないが。

 徹夜はよくないな。次からは絶対にやめよう。もうそんな若くもないのに、ホント馬鹿なことしている。今から帰って家で寝たい。

 と、背後から声。

 物影に隠れる。

 ポータルを潜ってきたパーティが、三組もいた。リーダーらしき男女が何やら話している。

 盗み聞きすると、合同で19階層まで行くそうだ。

 しめたと彼らの後を付けた。

 楽だった。

 見てるだけで楽に進めた。

 14人も冒険者がいると、大抵のモンスターは楽に倒せる。とはいえ、通路の狭さを考えたら同時に戦えるのは3人。だから、1体か2体倒したら交代して行く。

 最初のうちは並んだ通りに交代していたのだが、背後からの襲撃で列が乱れた。後衛が襲われそうになったので、俺は彼らに混ざって戦った。

 自然と、そのまま混ざってしまった。

 彼らの中に、19階層まで進んだ人間がいるのだろう。降る階段まで一直線で進んでいる。こまめにマップを埋めさせてもらう。

 3時間ほどかけて18階層に到着。そこで休憩に入る。

 ここまで、本当に楽に進めた。パーティを組むつもりはないが楽なのは良い。

 休憩中に仮眠もでき。体調は八割回復した。

「あの、あなた誰ですか? もしかして、組合の方?」

「………俺の手助けはここまでだ。後は、君たちの力だけで頑張れ」

 リーダーの1人にバレたので、それっぽいことを言って逃げた。逃げた後、こっそり彼らの後を付けた。

 パーティたちが19階層に向かう階段を降る。

 俺は小一時間ほど待機して後に続いた。

 このやり方、有用だがどうなのだろうか? 俺の血肉になっていない。いざという時に何もできない冒険者になりそうだ。

「今回だけにしよう」

 今回だけ、色々事情があったと自分に言い訳した。

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