<第一章:血の道> 【02】
【02】
二日間ライガンを追ったが、影すら踏めなかった。
蛇の情報で先回りはできるものの、発見と同時に逃げられる。俺の身体能力じゃ到底追い付けない速度だ。今から鍛えてどうこうなるレベルじゃない。
トラップを張るも一瞬で解除された。
他の手段もあるが、大体が付け焼刃。通じるとは思えない。
「上級冒険者だなぁ」
能力の全てが格上だ。
老いてアレなのだから、現役はどんな化け物だったのやら。
「だが、人ぞ。心の臓を潰し、首を刎ねれば死ぬ」
「それが難しいってんだろ」
触れることもできないのに。
「焦るな、根気が必要じゃ。奴が街から逃げない限りチャンスは無数にある。余はまた探りを入れる。貴様は貴様で、冒険者としての務めを果たせ。英雄を目指す男が、いつまでも新米冒険者では格好がつかんだろ」
蛇と一旦別れ、俺はダンジョン――――――いや、飯屋に行く。
腹が減った。
いつもの【冒険の暇亭】である。
今の時刻は、昼飯時と夕飯時の間。あの繁盛店が空いている数少ない時間だ。
「いらっしゃいませー」
店に入ると、隻腕スーツ姿の女主人が、やる気のない声かけをしてきた。
俺が席に着くと、注文を取りに来る。
「今日は何にする?」
「今日の日替わり定食は?」
「焼きそばとレムリアスープだ」
「それ一つ。飲み物は薬草茶で。後、カツサンドを持ち帰りで一つ」
「あいよ。聖女様はどうした?」
「溜まった文を天に送っている最中だ」
「そりゃ寂しいな」
別に寂しくはない。
元から長く1人で食事してきた。最近、騒がしいから少し忘れていただけだ。
「では、儂にも同じ物を貰おうか」
ドカッと前の席に座ったのは、巨漢のアフロ。
追っかけていた男が、急に目の前に現れた。
「爺。また客に絡むなら出禁にすっぞ」
女主人に睨まれ、ライガンは両手を上げた。
「そりゃこいつ次第よ。儂から決して手はださん」
「フィロ、どうする? 叩き出してやろうか?」
「いや、いい」
「ふぅん」
女主人は、小さい尻を振ってキッチンに引っ込む。
ギュスターヴ・ライガンは、巨体を椅子に預け口を開く。
「【お節介フィロ】。少し調べたが、ちと変わった冒険者じゃな。異邦人であり、10年鳴かず飛ばずの状態から急に頭角を現す。聖女の護衛、敵対者の殺害、商家の襲撃、除名処分を受け、名を変えてからさらに成長、他の冒険者を多く助ける。不思議なことは、貴様に助けられた者たちがそれを謳わぬことじゃ。最近の若いもんは、と思ったがそうでもない。忘却か、隠匿か、もしや別人か? どうだ新米冒険者?」
肝心なこと以外は、大体調べられていた。
「俺は俺だ。で、逃げる気はなくなったのか?」
「そりゃのぅ。調べてくうちに、貴様がこういう場で剣を抜かんと確信したからじゃ。理性は結構であ~る。冒険者の良し悪しには関係はないが」
当たってはいる。
けれども、
「そう言われたら抜くしかないだろ」
「やるのか?」
「………………」
俺の威圧を余裕で返す。
自分が格上だと自覚してる態度だ。
「まあいい。やるならやるで、理由を言うのだ。“誰から”儂のことを聞いた? 何度も先回りをしていたが、ありゃ儂の古い習慣を知っておらんとできん技じゃ。貴公、儂の仲間の子か? もしや、カビの生えた遺言のことも知っているのか?」
「言うわきゃねぇだろ」
爺は、凶悪な笑顔を浮かべる。
「協力者はいるのだな」
「………………」
あ、マズ。
蛇に言われたが、こういう時は素直に答えるに限る。下手に隠すと余計なボロが出るそうだ。
「英雄を目指している。だから、てめぇを狙っている」
「英雄だと? 夢見る歳じゃあるまいに」
「夢じゃねぇよ。れっきとした目標だ」
「左右中央の大陸を巡り、英雄と呼ばれる者たちの実像を儂は見てきた。まっとうな連中は1人もおらんかったぞ」
「そうか、そうかもな」
だから何だ。
「貴公は大分普通に見える。しかし、貴公の背後にいる者はそうではない。狂気が透けて見えるのじゃ。ドデカイ狂気がな。老骨が震えるぞ」
「おいおい、見え透いているのはそっちだ。仲違いでもさせようってのか? 時間の無駄だぞ」
蛇を切ったら、俺の道も切れる。
それだけはない。
「先達の助言じゃ。ありがたく受け取らんか」
「先達というのなら俺と戦え。名声の糧になれ。爺がいつまでも居座ってんじゃねぇよ」
「ふーむ」
ライガンは、店の天井を見ながら言う。
「一理あ~る。儂、歳だと思う。最近食も細くなった。足腰も昔より弱っておる。【ライガン】の名を背負えるのも後………数十年であろう」
数年じゃないのかよ。
「できた息子がいたんじゃがな。嫁と揃って、この土地で死んでもうた。貴公くらいの歳にな」
「おい、爺。このまま関係ない話を続けるつもりか?」
「もう終わる。貴公、名声が欲しいのじゃろ? 英雄と呼ばれるほどの。儂と戦わんでも手に入るぞ」
「へぇ、聞いてやるよ」
「ライガンを継いでみよ」
「………………はぁ?」
いきなりなんだ。
養子にでもなれってのか?
「儂は今、ライガンの後継者を選定している。生き残っている候補者は2人、貴公が入るなら3人。勝ち抜き後に、儂の孫娘との面通しを行う。それが終われば、貴公は新しいライガンであ~る」
「簡単そうに聞こえるな」
だから怪しく感じる。
「簡単じゃ。勝ち残り、生き残れる者にとってはな」
「………………」
悪い話じゃない。
あの逃げ足に追い付ける手段がない以上、渡りに船な提案。だから、余計に怪しいのだ。
しかし――――――
「やるのか? やらぬのか? 儂は気まぐれじゃからな。今決めぬのなら、店を出ると同時に忘れるぞ」
――――――挑戦するのが冒険者。
「やってやる」
「英雄を目指すのなら、ライガンくらい食い破れるはずじゃ」
料理が来た。
女主人は、片腕に載せて運んでくる。
「お待ち。焼きそばとレムリアスープね。あ、お茶忘れてた。ちょい待ち」
焼きそばには目玉焼きが2つ載っている。具と麺の量は半々、ちと具沢山過ぎる。
レムリアスープとは、豚汁である。底の深いどんぶりに入った豚汁だ。量は多く、これも具沢山。今日の日替わり定食は、具沢山定食だ。
「ふむ、流行のミソとやらを使ったスープじゃな。エルフ産を入れた料理にレムリアの名を付けるとは、王女は何を考えているのやら」
ライガンは、どんぶりを片手で掴むと熱々の豚汁を具ごと一気飲みした。続いて焼きそばの皿を掴むと、大口を開けて口に流し込んだ。
食事というより、胃に食い物を捨てたようだ。
「美味し」
「味わえよ。いや、噛めよ」
「十分味わったぞ。儂ほどの冒険者になると、一瞬で味わえるのだ」
「飯は噛み締めて味わうもんだ」
「それは貴公の宗教だ」
「常識だろ」
「常識を疑ってこそ、冒険者であ~る。さておき明日、早朝の鐘が鳴ると同時に19階層に向かえ。19階層の番人は、先達の冒険者じゃ。彼らと20階層まで行くのが組合の用意した初級の試練。そこに儂の権限で候補者を送り込む。貴公は難しく考えず、そやつを倒せ。以上だ」
「了解だ」
ライガンは店から出て行った。
間近で見てわかる巨体とは思えない身のこなし。風のような動きだ。
「はい、お茶お待――――――あの爺はどこ行った?」
「食って出て行った」
女主人は、皿を片付けながら深いため息を吐いた。
「フィロ、あの爺はやめとけ。年食った冒険者なんざ、ろくなもんじゃない」
「大丈夫、爺の用意した人間をボコるだけの簡単な仕事を受けた」
ライガンの言う通り、戦って生き残れるのなら簡単だ。
「裏はないのか?」
「それはこれから」
「お前さんは真っすぐ過ぎる。人間歳とりゃ色んなとこが曲がるもんだ。若い奴の真っ直ぐさに苛立つほどにな」
「俺は若いって歳じゃないぞ」
「身の軽さの問題な。お前さんは若いよ。僕なんか店と家族の問題だけで手一杯だ。他所には小言を吐く程度しか余裕がない。いいか? ヤバいと感じたら即逃げろ。冒険者は逃げ足だ」
珍しく妙に絡んでくるなぁと思いながら、焼きそばを一口。目玉焼きを潰してトロっとした黄身を絡めて二口。
豚汁を啜ると、遠いろくでもない故郷を思い出す。
今日もここの料理は美味い。
女主人は最後に一言。
「ああそうだ。あの爺の分も料金払ってくれよ」
「マジかよ」
逃げ足ってそういう。
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