<第一章:血の道> 【01】
【01】
庭に並べた的に、短剣を投げ付ける。
意識しているのは半回転。短剣が半回転して、丁度的に当たるように投げるのだ。
使うのは安物の刃物。
刃渡りは大体20センチ、価格は一本銅貨2枚、中古で品質はまばら、そのままだとリンゴも切れないものもあるため、自分で研いで使っている。
最初は3メートルの距離から、的に当てることだけを考えて投げた。的に刺さるようになったら、1メートル的から離れる。
「10投げて、8当たれば二歩離れよ。10投げて、5外したら二歩近付け」
そう蛇に言われたからだ。
最近は、ずっとこれの連中をしている。
5メートルから10投げて、9当たるようになり、ようやく短剣を持ち歩くことを許された。
両手首の鞘に一本ずつ。もう少し持ち歩きたいが、他の武器との兼ね合いと重量を考えたらこんなもんだ。
それにこれは、小手先の技。
ダンジョンのモンスターには、威嚇にもならない。
何故、こんな技を蛇は真っ先に教えたのか疑問だったが、『英雄を狩る』という言葉を聞いてなんとなく理解する。
対人用の技術だ。
現在の的との距離は7メートル。3本連続で命中したところ、蛇は意外な名前を言う。
「ライガンじゃ」
「ギュスターヴ・ライガンのことか?」
「そうじゃ。まだ生きているか?」
「生きてる。現役冒険者の最高齢を更新してる」
ギュスターヴ・ライガン。
上級冒険者かつ、ヒーム最高齢の冒険者、生きる伝説の冒険者である。
一時期この街から離れていたそうだが、5年前に帰還してから様々な伝説を量産している。
別名は、【悪冠狩り】。
「今の連中は知らんだろうが、“ライガン”は裏切者の代名詞なのじゃ。諸王の格言にも『裏切者を見たらライガンと思え、ライガンを見たら裏切者と思え』とある」
「なんかやったのか?」
酷い言われようだ。
短剣の5本目を投げた。連続で命中している。
「初代ライガンは、エリュシオンの騎士の位を捨て、諸王と組みし、だがその仕えた王の全てを裏切り、莫大な財を成した。その後、左大陸から逃げ延び、この右大陸で冒険者として名を上げた」
言われて当然だな。
6本目は、慎重に狙って投げる。当てる。
「して、その初代ライガンの遺言がこうだ。『我が名、我が財を継ぐは血にあらず。ただ力ある者のみ』。残されたライガンの子は、内と外の敵と50年近く争ったそうだ」
「初めて聞くぞ。本当なら、今のライガンを名声欲しさに襲う連中がいるはずだ」
7本目も当てた。
調子がいい。
「ギュスターヴが原因じゃ。あやつがライガンになってから、ライガンを狙う者はいなくなった。いいや、狙う者がいなくなるまで倒し尽くした」
豪気な話だ。
「で、俺に殺せと? それ悪名が上がるだけだろ」
「悪名など、殺した後に幾らでもそそげる。ギュスターヴ・ライガンが、明るい道だけを歩んできたと思うか? あやつは曲者も曲者。【悪冠狩り】などと呼ばれていたが、奴の狩った無数の悪冠はどこから来たと思う? 余の時代には証拠は掴めなんだが、裏がある。間違いなくな」
自作自演の上級冒険者か。
少し、ライガンに興味と憎しみが湧いた。
「一番の問題、俺は勝てるのか?」
「勝算はある。どのような強者も老いには勝てん。それに付け入る隙もある。貴様は相変わらず小者のまま、しかし強さだけは中の下程度はあるからな」
「つまり、不意打ちか………」
英雄っぽくない。
まあ、殺しの時点でどうかと思うが、いや、それはそれで結局のところ英雄らしいのか。
8本目。
「手は使うな。足を使え」
蛇に言われ、短剣を放り投げる。
短剣の柄を前蹴りで突く。飛び、的を貫いた。当たるとは思わなかったので驚いた。
「こんなので勝てるのか?」
「“これだけで勝てる”。などという手段は存在せん。あらゆる手段を用いよ。短剣はその初歩の初歩じゃ」
「どうせなら、剣を教えてくれよ」
「剣技なら持っているであろうが、余の教えることはない」
「素人の我流だぞ?」
「10年染み付いた我流は取れん。それに、劣った人間が尖った芸で競うな。多芸で横から殴り倒すのじゃ」
「なるほどねぇ」
蛇の吐き出す武器はランダムなのだ。
元の持ち主の能力を少しばかり借りているが、真価を引き出すには俺の性能が高くないと駄目なのだ。
様々な武器を使えなくては、英雄には遠く及ばない。
「的を変え、繰り返せ。余はギュスターヴを探る。心当たりは沢山あるのでな」
サっと蛇は塀の下に消えた。
代わりに、家から女性が出てくる。
「あら、悪巧みは終わりまして?」
「終わった」
麦の穂を思わせる長く緩やかな金髪、空気を穏やかにする優しく柔和な顔立ち、神に祝福されたような豊かな体。
だが、格好は変わっていた。
下半身に、えぐいスリットのある白いドレスを着ている。生足を惜しげもなく晒しているのだ。角度によっては最早尻が見えていた。
反して、たおやかな胸元はしっかり隠していた。ただ、体に巻いたベルトによって形がはっきりと見えている。
こんなエロい恰好の女が、聖女とは誰も思うまい。しかし、一度見たら忘れない聖女でもある。
この格好は、あるエルフの助言が原因だ。
聖女様の仕事、『文折』は、送られなかった文を回収することにある。街に来てからしばらくは、知り合った人間のおかげで文の回収は順調だったが、すぐ閑古鳥が鳴く。
街に立てども立てども、誰も文を持ってこない。
まあ、識字率を考えたら当たり前だ。
しかし、文がないわけではない。あるところにはある。なので、人を呼ぶ方法がないか模索していたところ、
『足よ。あなたは足を見せなさい。その栄養価の高い野菜のような足は、人を惹き付けるわ』
エロいエルフに言われて今の格好に。
言われた通り、人は増えた。文も増えた。
言われた通り、彼女の足は人を惹き付けた。この魔性の足を讃える歌を作りたいと吟遊詩人に言われ、裏に連れて行って丁重に断った。
そんな聖女様である。
俺の大事な雇用主だ。
彼女のおかげで倉庫下の隙間から、この庭付きの一軒家に移れた。
ここの立地は街の北西。ダンジョンからは少し遠いが、ひいきにしてる飯屋は近い。
古いが頑丈な木と石の家は、こじんまりした二階建てである。
広い庭は一番気に入っている。冒険や訓練の暇を見つけては、元からある謎の植木と芝生の手入れをしていた。
「フィロさん、護衛と冒険お疲れ様です。お給料ですわ」
「ありがとうございます」
今日は、30日に一度の給料日だった。
土下座したい気分でお給料の小袋を頂く。
早速、中身を確認。今回も金貨が20枚。この安定収入は本当に助かる。
所詮、俺は新米冒険者。収入は不安定で微々たるもの。先の悪冠退治も気前よく折半にしてしまったし、金勘定がそもそも苦手なのだ。
「では、私は文と共に瞑想に入りますわ。今日は夕飯いりませんので、フィロさんは蛇さんと適当に食べてくださいね」
「了解した」
聖女様は家に戻って行った。
つい、揺れる尻をガン見してしまった。
「いかん」
雇用主をエロい目で見るとか、いかんでしょ。さっきのパーティの言葉で変に意識していたようだ。
あくまでも、仕事仲間。
節度は守らないと、頭がチンコじゃあるまいし。蛇じゃあるまいし。
短剣の練習を再開。
全部外す。
最初からやり直して、日が暮れるまで短剣を投げ続けた。
その後、戸締りをしっかりして、いつもの【冒険の暇亭】で夕飯。
店主と世間話という情報収集をして、今日は何の収穫もなしに店を出た。
「掴んだぞ」
店の前で蛇と出くわす。
「早いな」
「馴染の店が変わっていなかった。爺の生活圏は狭いものよ」
蛇を首に巻いて夜の街を行く。
「丁度良い路地裏を見つけた。そこで待ち伏せじゃ」
西の正門近く、蛇に言われた路地裏で足を止めた。
いつでも投げられるように手首の短剣を用意、それと今日出した白い短剣も取り出す。
「“箱”も出しておけ」
「了解」
トラップも用意。
物陰に隠れ、待ち伏せの準備は完了。
腰の剣が使えりゃ楽なのだが仕方ない。俺の強さが、まだその程度だと諦めている。
路地一杯の人影が現れた。
身長は2メートル半、腕も足も胸板も冗談のような太さと厚さだ。年齢を全く感じさせない筋骨隆々の化け物じみた体格である。
頭部が目立つ。本当に目立つ。俺がこいつを覚えていた理由の大半がこれ。鳥の巣のような灰色のアフロだ。
ギュスターヴ・ライガンで間違いない。間違えようのない髪型である。
鷹のような目が、夜闇を睨み付けていた。
唯一、年齢を感じさせるのは顔の年輪。だが、人というより頑丈な大木を思わせる皺。
装備はシンプルで、黒い革鎧と背負った大剣のみ。
その大剣は、片刃が鞘から露出している。ルミル鋼で作られた剣の特徴だ。
冒険者の神の一人、【荒れ狂うルミル】の名を冠する鋼。
別名、『鞘切り鋼』。
それで作られた刃物は、あまりの切れ味の良さに鞘が役に立たないという。故に、片刃で作り、刃は鞘から露出させるのだ。
ルミル鋼で作られたロングソードは、小さい城を買える価格が付く。大剣サイズとなると、幾らになるのか想像できない。
上級冒険者、御用達の剣である。
そう、相手は上級冒険者なのだ。それを新米冒険者が殺そうとしているのだ。並大抵の手段では届くまい。
賢明な人間なら退く。英雄を目指すのなら、この程度の挑戦は日常にしなければならない。
呼吸を止める。
一呼吸すら感知されるだろう。
やるなら一瞬、やられるのも一瞬、煩わしい思考も止めた。後は機械のように冷静に動くだけ。駄目ならそれだけのこと。眠りが深くなるだけ。
ギュスターヴが進む。
冒険者らしい短い歩幅。用心深い歩み。
彼我の距離は10メートルまで縮む。7メートルから仕掛けると決めた。
ギュスターヴの歩みに隙はない。音すらない。影が歩いているかのよう。
長年ずっとそうやって歩んで生きていたのだろう。
後、ほんの数センチで7メートル。そこで、ギュスターヴは片足を浮かせたまま止まる。
「誰ぞ、いるな」
あっさり気付かれた。
(逃げるか?)
(ここで背を向けたら、背中を斬られるだけじゃ)
蛇と言葉を交わし、ギュスターヴの前に俺は姿を現した。
短剣は、いつでもノーモーションで投げ付けられる。
「知らん顔だなぁ~誰ぞ? 恨みか? 妬みか? もしや名を上げるためか? それとも誰ぞの子か? もしや儂の子ではあるまいな?」
「ちげぇよ。強いていうなら名声だな」
「実に懐かしい。40年ぶりの馬鹿者であ~る」
ギュスターヴは大剣の柄を握る。
が、何かに気付いたように動きを止めた。
「貴公………呪いの匂いがするぞ。騎士か? 騎士狩りか? やはり、別のライガンではないのか?」
「なんでもねぇよ。誰でもねぇ。さっさと殺し合おう」
「ふむ、ふ~む。貴公から懐かしくも恐ろしい匂いがする。奴と同じ匂いがするのじゃ。簒奪者、覇王、百名。フハハハハッ! 面白い。間違いない。あの小僧のガキだな!」
「誰って?」
この爺、ボケてんのか?
異邦人なんで、こっちの世界に親がいるわけがない。
「よし、決めた! 儂、決めた! ――――――逃げる!」
ギュスターヴの足元が爆発した。
踏み込みだけで石畳を粉砕したのだ。
巨体が信じられない敏捷性で、路地の壁を蹴り上げて屋根に上がる。
「フハハハハハハッ! 面白い夜だ! 久々に腹が冷えたぞ!」
高笑いは、即遠いところから響く。恐らくもう、追い付けない距離だ。
なんという、
「見事な逃げ足」
同じ冒険者として感心してしまった。
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