死と呪いの花嫁
<序章>
悪にかけても善にかけても英雄がいる。
フランソワ・ド・ラ・ロシュフコー
<序章>
「ここは俺に任せて逃げろ!」
「ッ、すまん!」
怪我人を背負った若いリーダーを逃がす。恐らく、こいつで最後。
俺は周囲を見回す。
広く長い一本道の通路だ。床には砕けた剣や盾、折れた矢、杖、血溜まり、そして奥には深い闇。
ダンジョン、々の尖塔14階層。通称、【天命の回廊】。
足が地鳴りを捉えた。
同時に、腰に帯びた剣が震える。
ホォォオオオオオオン!
やかましい足音と奇声が鳴り響く。
闇から突進してきたのは、巨大で細長い肉の塊。似ている物を上げるなら、四足歩行のトウモロコシ。
だが、近付けば近付くほど異形に気付く。
粒に見えるものは全てが人面、歩行に使用している手足は、人間の手足を束ねて纏めたもの。一番嫌悪感を覚えたのは、体の至る所から冒険者の死体を生やしていること。いや、“食事中”と言った方がいい。
このモンスターは、死体を食うことで強さを取り込むのだ。
発見当初、こいつは人間サイズの歪な肉塊に過ぎなかった。二日後、再発見された時には、ダンジョン豚と同サイズにまでに成長していた。
そこからは、遭遇するパーティ全てを貪り、階層の番人すら捕食し、並の冒険者では歯が立たないモンスターに育つ。
異常な捕食方法、異常な成長スピード、今まで発見されたことのないモンスター。
犠牲者の数が36人を超えた時点で、冒険者組合はこのモンスターを【悪冠】に認定、懸賞金をかけた。
付けられた名は、【肉牢のアケロン】。
そこから更に、犠牲者は51人に増える。
大半が、新米冒険者の前衛だが、中には金目当ての中級冒険者もいた。
最早、14階層という浅層にいていいモンスターではない。
ここで退くのが賢明な冒険者で、ここで挑戦するのが本物の冒険者だ。
そして今日も、二つのパーティが戦い――――――敗北した。
だが彼らは、割って入ってきたお節介により逃げ出せた。
「誰もいないな?」
「うむ、全員逃げたようだな」
俺の肩にいる蛇も、残った生存者がいないか確認。いや違う。目撃者だ。
異音が響く。
ガタガタガタガタ、ギギギギギギギギ、音の原因は、悪冠ではない。俺の剣だ。刃が震え、鉄鞘を擦り、不快な歯ぎしりに似た音色を奏でる。
ホォォォォオオオオオオオオオオオオオン!
迫る悪冠が激しく吠えた。
毛色の違う声だ。
気付いたのか? それとも欲しいのか? この力を。
肉薄する。
奴は隠していた大口を開いた。アイアンメイデンに似た棘の並んだ口内。中心に、首の捻じ曲がった乾いた死体がある。朽ちたマントと錆びた鎧。帯びた剣は折れている。かろうじてわかる騎士の様相。
ギョロっと動く死体の目に、俺は刺すような視線をぶつける。
実に醜悪な姿。悲惨な末路。同情と共に怒りが湧く。
剣が抜ける。
鞘を滑る刃は、秋の夜に響くような清涼な音色。白刃が暗い輝きを放つ。辺りの闇が濃くなり、押し潰すような重力の変化を感じた。
風が吹く。
その一撃は静かで、ほんの一瞬世界を沈黙させる。反して、やかましい金属音を奏でて剣は鞘に収まった。
悪冠は――――――四分割でズレて崩れた。
肉が咲き、デロッと内臓と死体を床にぶちまける。完全に停止した。いいや、まだ肉片がピクピクしている。
念のためにもう一度斬ろうとするも、剣は抜けない。
「チッ、気分屋が」
背後に物音。
袖から短剣を取り出し、後ろ手で投げ付ける。
「お見事」
振り返ると、脳天を短剣で貫かれた人形がいた。
30センチくらいのズタ袋で作られた人形。背に小さい羽根があり、杖を持っている。
「誰だ?」
「冒険者組合、組合長のソルシアだ」
「組合長? なんでそんなのがわざわざ出てくる?」
人形を短剣を抜いて言った。
「悪冠の監視だ。組合が公正に監視せねば、トラブルの元になる」
「なるほどねぇ」
知らなかった。
なんせ、悪冠と戦うのも討伐するの初めてなので。
「確認する。スズ………ん? 前の名義か。除名処分をくらっているのだな。まあいい。政治とダンジョン内のことは別だ。フィロ、【お節介フィロ】で間違いないな?」
その響きは気に入らないけど。
「間違いない」
「悪冠討伐、実に見事だった。しかも、1人で倒すとは」
「1人じゃない」
「ん?」
「ほら、逃げたパーティがいただろ。あいつらが上手い具合に弱らせてくれた。俺は、止めを刺しただけだ。懸賞金もあいつらと折半で頼む」
「そうは見えなかったが?」
「事実だ」
「討伐した本人が言うのなら、そういうことにしておこう。金はともかく、名声は折半とはいかないぞ。1人と大勢では、価値は大きく違ってくる」
「構わない」
「名声を望まないとは、変わった冒険者だ」
「望んでないわけじゃないさ」
その程度、今は必要ないってだけだ。
「他の冒険者や組合に迷惑をかけないなら、自由にやるがよい。15階層のポータルまで後少しだ。最後まで気を抜かず冒険に努めよ、“新米”冒険者」
人形は、ぽてぽて歩いて消えた。
嫌味だろうか? 嫌味だろうな。
俺は、かれこれ10年冒険者をやっている。
この地域の冒険者の等級というのは、踏破した階層で決まる。
20階層に到達して、初級冒険者。
35階層に到達して、中級冒険者。
45階層に到達して、上級冒険者。
俺のような20階層以下は、新米冒険者だ。
初級冒険者で初めて冒険者と名乗っていいレベルであり、新米冒険者なんてのはまだ冒険者として認められていないのと同じ。
どんな仕事も7年続けばベテランと言われることから、10年続けても冒険者の域でない俺は、とことん向いていないのだろう。
だがそれも、一ヶ月前までのことだ。
今の俺は違う。
単純な殺し合いだけなら、中級レベルだと自負している。他の部分は、まだまだ精進が必要だけど、そのうち追い付かせる。
「ぼさっとするな、進め」
「へぇへぇ」
蛇に急かされ先に進む。
15階層も、見飽きるほど見飽きた石造りのダンジョンだ。
かび臭さと、嫌な湿気、肌寒さも同じ。現れたモンスターすらも馴染みで、そいつらと戦い倒す。他には何もなく拍子抜けするほど問題なく、15階層のポータル前に到着。
輝くゲートの端に手をかざすと、登録音が鳴る。
これで、ポータルによるショートカットが開通された。次からの冒険は、この15階層から開始できる。
上手く行く時は、こんなものなのか。
9階層で10年立ち止まっていたと思うと、このあっさり具合は心中穏やかではいられない。もっと苦労したい。実際はしたくないけど、苦労した風にでもなりたい。
「ほれ、さっさと帰れ。時間をこれ以上無駄にするな」
最近、蛇は先生気取りである。
喜びを分かち合う相手もおらず、サラッと俺は15階層から帰還。ポータルの並ぶ、ダンジョンの1階層、冒険者組合の前に到着。
「先ずは風呂じゃ。装備の洗浄も忘れぬな。終わったら治療寺院に行け、いつもの“行き遅れ”に体に異常がないか隅々まで診てもらえ。で、余に酒じゃ。良い酒を献上するのじゃ」
へぇへぇ。
だが、予定は少し変更だ。
「風呂と装備の洗浄は了解だ。その後は酒場だな」
「飲むのは締めじゃぞ?」
「ちげぇよ。別の締めだ」
「………ああ、あれか」
「あれだ」
この国に酒場は数多くあれど、有名な店を一つあげるなら【猛牛と銀の狐亭】だろう。
高名な冒険者だった【ラスタ・オル・ラズヴァ】が営む店。
この店の特徴は『安酒を飲むならここ!』である。
俺は、一度だけ行ったことがある。
値段の割には安くて良い。酒はね。
だが、飯が不味いのだ。
例えば肉。
どこの店でも食えるレムリア名産のダンジョン豚のステーキ。
ここのは風味は野生で、味は濃い塩のみ。どういう処理を失敗したらこうなるのか、食感はゴムのように硬く。無駄にぶ厚い。しかも、油がベタベタギトギトに湧く。食えなくて持ち帰ったところ、火を点けたらランプになった。
俺が常連の【冒険の暇亭】は違う。
きちんと下茹でして嫌な油と野生の風味は落とし、塩加減は的確で肉に上品に滲み渡っている。食感もきちんと肉である。
ま、こんな文句言うのは俺くらいだろう。
基本、冒険者なんてタンパク質に塩と油と酒があれば喜ぶ単純な生き物なのだ。
時刻は昼を少し過ぎた辺り、酒場は大繁盛していた。大きなテーブルは、全て冒険者パーティで埋まっている。
「お一人様? カウンター席にどうぞー!」
通りがかった給仕に案内されるも、
「待った待った。この人はおれらの席だよ」
横から入ってきた男に、俺は手を取られる。
若い剣士だ。
装備は、よくある革鎧とロングソード。盾だけは、よくある丸盾ではなく菱形の変わった盾である。
新米冒険者が、箔をつけるために一点だけ高い装備を買うのは、たまによくあることだ。
「いやぁ、探してたから丁度良かったよ。悪冠の件は、ありがとなぁ。しかも、懸賞金を折半とか」
「気にするな。お前らが弱らせたおかげで、俺が止めを刺せた」
「ん~そうか? そうなのかなぁ………おれはそうは思えないけど、あんたが言うのなら信じるよ」
人の好さそうな顔で剣士は笑う。
案内され、剣士のパーティの席に着いた。
リーダーの剣士を含め、前衛2人。後衛2人。弩を持った斥候が1人。武器を持たない雑用が1人。いや、よく見るとスクロールの束とペンを持っている。マッパーか記録用の1人か? となると、よくできたパーティだ。
蛇曰く。
『記録というのはかなり大事な仕事であるが、死ぬまで気付かぬ冒険者が多い。かの冒険者の神の中にも記録係がおったというのに、やれやれ最近の若いもんは、余の頃は――――――』
よくある愚痴はカット。
「この人だ! 【お節介フィロ】さん! この人のおかげで助かった! みんなお礼を」
『ありがとうございまーす』
揃ってお礼を言われた。
むずがゆい。
慣れない。
「ところで! 失礼とは存じますが、あの悪冠をどうやって倒したのですか? お聞かせください!」
片メガネをクイクイしながら、記録係に詰め寄られる。
小さくした、どこかの聖女様のようだ。
「斬った。君らが弱らせていたから、割と簡単にいけた」
「ほほう。その腰の得物で?」
「まあな」
「誰の攻撃が要因で敵は弱っていたのですか?」
「そりゃまあ、色々だ。色々。全体的に」
「色々全体的にまんべんなくっと」
記録された。
「して! あんた強いんだよな! 手合わせ頼む!」
記録係を担いでどかし、リーダーと同じ年くらいの剣士が前に出る。
体格の良い獣人である。
「無理だ」
「何でですか!」
「手加減できるほどの腕がない。殺してしまう」
「面白れぇ」
舌なめずりする剣士を、魔法使いが蹴飛ばしてどかす。
「あなた、どこかで見たことが………あ! 聖女様の護衛でしょ! マントの色で何となく覚えてたんだ。そりゃ強いはずよねぇ」
「なんて聖女だ?」
リーダーが聞くと、
『文折の聖女』
全員が答えた。
いつの間に、こんな有名に。
ワイワイと、談笑をしながらパーティは酒と肴を楽しむ。俺の分の酒と肴も、知らない間に前にあった。
「聖女様って、あの良い体の人だよ。リーダーもガン見してたでしょ」
「え? あの体で聖女はないだろ」
「あの体で聖女なのよ。立派な。そういうの他の人の前で言っちゃ駄目だぞ」
「反省する。人は見た目によらないなぁ」
「確かに、エッチだったよねぇ」
「リーダーが見惚れるのもわかる。実にわかる。付き合いたい。付き合えると思いますかね? もしかして付き合っていますか?」
聞かれたので、
「いや、特に男の影はない」
「ウッソだー」
「一緒に暮らしているから間違いない」
『あ~』
何故か、全員に頷かれる。
「やっぱアレすか? 聖女様は大変なんすね。わかるわかる」
「聖女様だもんねぇ」
「大変なのは男の方だろ」
「後学のため、聖女様との暮らしを教えて欲しいです!」
「駄目よ。そういう人のプライベートをズケズケ聞いちゃ」
「君ら」
俺は、パーティの顔を見回し、溜めて言った。
「良いパーティだな」
全員様々な顔で照れていた。
リーダーが席を立って言う。
「不躾なのは理解している。しかも酒の席だ。けれども、こういうのは勢いも大事だと思っている。だから言いたい。フィロさん! おれらのパーティに入ってくれ!」
期待はしていたけど、来る時は割とこういうもんだ。
「他の連中の意見は?」
『お願いします』
意見が揃っている。
反対者がいないのは、リーダーの人徳なんだろう。
「ありがたい」
「本当ですか!?」
呟く俺に、リーダーは歓喜の声を上げた。
「君らみたいなパーティと組めたら、俺の冒険者としての人生は変わるだろう。今後のダンジョン探索も劇的に楽になる」
木製のジョッキからラム酒を一口飲む。
焦がした砂糖のような苦味と舌に纏わりつく甘い味。強いアルコールで喉が熱くなる。
俺の手を伝い、見えない蛇が彼らに向かって口を開けた。
「ただ、違うんだ。俺が目指すのは英雄の道だ。おてて繋いで目指せる高みじゃない。1人で冒険者の高みを目指す。それくらいやらないと、英雄の中の英雄とは呼ばれないからな」
ばくん、と蛇が口を閉じた。
俺は席を立つ。
「悪冠退治、実に見事だった。君らの幸運を祈る。ここの払いは俺がやっておく」
「あ、ありがとうございます」
呆けた顔でリーダーが言った。他の連中も頭の疑問符を浮かべている。
給仕にパーティの酒代として金貨を握らせ店の外に出た。
「あれ、今の誰だっけ?」
そんな声を背中に受けて、目抜き通りを駆ける。
「う、うごご、もう耐えられん」
蛇の喉が3倍近くに膨らんでいた。
路地裏に滑り込むと同時に、蛇が“二つ”吐き出した。
一つは、白い短剣。
もう一つは、絨毯? 旗?
そんな二つだ。
そんな二つのために、さっきのパーティとの『可能性』を蛇に食わせた。
「良いパーティだったよな」
「そうさな。良すぎるパーティであった」
どこか不満そうな蛇だ。
「何か問題が?」
「パーティとは、痛んだ部分をすげ替える生き物じゃ。ああも息があった連中だと、誰かが欠けた時の交代は難しかろう。リーダーの奴は、それを理解してるからこそ貴様という異物に目を付けたのじゃ。慣らしには丁度よかろう」
「なるほどねぇ」
白い短剣を弄ぶ。
蝋のような材質だ。刃渡りは30センチほどで、普段使いしてる短剣よりも10センチほど長い。刃と柄は一体の構造。切れ味は悪そうだ。蛇が出すってことは、普通の刃物じゃないのだろうが。
「何回も言うが、貴様このまま1人でやるつもりなのか?」
「そうだが?」
「1人でダンジョンに挑むというのが、どれほど無謀なことなのか理解しているか? 今さっき言ったじゃろ。“パーティとは生き物と”。貴様の場合、急所を丸出しで頭だけが歩いている状態なのじゃ」
「気持ち悪っ」
化け物を想像してしまった。
「そう、気持ち悪い状態じゃ。武器なら、ある程度は揃ったであろう。そろそろパーティ加入を頭に入れよ。まったく、その腰の剣がまともに使えるなら楽な話だろうに」
剣の柄を指で弾く。
「言うな。剣も俺も、まだまだ成長途中ってことだ」
「成長とか口にできる歳か?」
「歳のことは言うな」
気にしてるのに。
「余が貴様くらいの歳には、もう王位が目の前にあったぞ」
「それじゃ、そこらの若い奴に憑き纏え」
「行けたら行っとるわ」
「大体な、パーティが“すげ替える生き物”なら、歳な俺が一番に切り捨てられるだろ」
「“頭に”すげ替われば良かろうが」
こいつはホント、考え方が悪そのものだ。
生きている時に会っていたら殺し合いになっていた。
「何度も何度も俺は言っているが、パーティは組まない。お前の力が他の冒険者にバレたら大事になる。人との『可能性』を喰う化け物なんざ、悪冠と言われて討伐されても文句言えんぞ。使ってる俺も一緒にな」
「バレなきゃよかろうが、小心者め」
「はいはい、小心者ですよ。………おい、蛇。そろそろ次に行こう」
「ほう。やるのか? 準備はこれで十分と?」
「十分だ」
70日かけて23のパーティと、12人のソロ冒険者を助け、蛇が吐き出した武器はたったの五つ。しかも、一つは戦闘で壊れた。今回二つ出たから良いものの、今のやり方には限界を感じている。
今ある四つの武器と、一つの切り札で次に進む。
蛇の言う、英雄の道へ。
「ギリギリ及第点ではあるな。だが余なら、やはり人を使う。1人で動く時は、敵を詰ませた時だけじゃ」
「そこが、俺とお前の決定的な違いだ」
「馬鹿なとこか?」
「ちげぇよ。保身だ」
「なるほどなぁ、自分の名すら捨てた男が言うと違う」
「お前がそれを言うか?」
「余は好き好んでこうなったのではない」
「俺は好き好んでやっている。この違いは大きいぞ」
「やる気の違いだけで勝てるのなら、誰しもが英雄であるぞ。最後の最後に気迫の違いが出てくるのは認めるが」
「認めとけ。ほら、さっさと情報をよこせ」
「余の提案する英雄の道。英雄になるための最も簡単かつ、最短の道、それはな。英雄を狩ることじゃ」
薄々気付いていた。
俺の行く道は、血の道だと。
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