<終章>
<終章>
腹一杯、大満足で店を出た直後、城の衛兵に囲まれた。
一人が前に出て、スクロールを広げて言う。
「聖女の護衛………ん? おい、記入忘れだ。誰かこいつの名前を知らないか?」
聞かれた衛兵たちは首を振る。
「まあいい。不敬に始まり、脱獄、衛兵への暴行、海運商会長エリゴール・ヨハン・ヴァイマッフェッ・クルトルヒ・ローオーメンの殺害、並びに、ザヴァ商会から損害賠償の請求も来ている。相違ないな?」
「ない」
捕縛された。
今回は、殴られなかった。
再び城の牢に。
「おかえりなさいっ!」
「ただいま」
牢の先住民に、すっげぇ剣幕で胸倉を掴まれる。
何故、わざわざ聖女様と一緒にするのか。てか、出してもらってないのか。
「【巨人殺し】様! 他に何か言うことは!」
「色々すんませんでした」
「謝罪ということは、考え直してくれたのですわね」
「いや、全部決着付けてきた」
「………話し合いで?」
「ぶっ殺してきた」
「何かの比喩ですわよね?」
「いや、頭を踏み潰してきた。物理的に。確実に殺した。護衛も皆殺しにしてきた」
「あ、あああ」
よよよっと聖女様は崩れ落ちる。
「止められませんでした」
「止まる気なかったしなぁ」
「やってしまったことは仕方ありません。免罪を請いましょう」
「復讐だぞ? 何で許しを請わないといけない?」
「復讐をするにしても、国に則ったやり方をするとか、バレないようにコッソリとするとか、バレた時の替え玉なんかも用意して、周到に立ち回らねばなりませんわよ」
そっちの方が黒い気がするが、聖女的にオーケーなのか?
「直情的で、考え無しだったのは認める。だが、自分らしい最後のやり方だった。悔いも後悔もない」
「待ってくださいまし。大事なことを忘れていましたわ。「【巨人殺し】様、あの力は使ってないですわよね? 蛇さんの代償支払う危ない呪いのやつ」
「使った。商人は雑魚だったけど、護衛に一人やべぇのがいて否応なく」
「だーかーらー! やり方! やり方ですわ! ご自愛ください! 冒険者も護衛も、体が資本ですのよ!」
もしかして、本当に俺のことを心配しているのか? 変わった女だなぁ。聖女ってそんなもんなのか?
聖女様は急に蒼ざめる。
「待って、待って待って待って、【巨人殺し】様。代償は何を支払ったのです? まさか、私!? あ、でも、特に変わった気は」
「いやいや、俺だよ俺。自分を代償に使った」
「え!? か、体は!? 心は!? 無事でございますか!?」
「どっちもすこぶる快調」
心身共に、前よりも精強である。
そうでなくては、目指せない目標がある。
「では結局、代償とは何だったのですか?」
「ああ、それは――――――」
自ら代償を支払ったからこそ理解できる。
「『可能性』だ」
未来とも言えるか。
「………え?」
「人間の『可能性』を代償に、蛇は“名を残す冒険者の武器”を吐き出せる」
「………………」
「前に二回、力の代償を払った時、あれは恐らく、後輩とパーティを組んで冒険者をやる可能性と、後輩と冒険者を“引退”する可能性だったのだろう」
もしくは、蛇の言った通り。
………止めておこう。流石にそれは、俺でもキツイ。考えたくない。
「さらっと大変なことを言いましたけど………………それでは、自分を代償に使ったあなたは、消えるってことですか?」
「物理的ではないと思うが、まあ消えるだろうな。人々の記憶から消えるのか、運命的な何かに消されるのか、まだわからないが実のところ自分の名前が思い出せない」
「ッ、お馬鹿!」
聖女様は俺の頬を叩いた。
母親のような怒り方だった。
「怒ってくれるのはありがたいが、もう終わったことだ。それに俺は、顔のない冒険者。消えたところで誰も気にしない。君だって、俺を肩書以外で呼んだことはないだろ?」
「あなたが名乗らないからですわ! 事情があると思って聞かないでいたのに!」
涙を流された。
とてもとても胸が痛い。
「悪かったよ。訂正する」
「どうするのですか? これから………」
「英雄を目指そうと思う」
それと、聖女様には絶対言えない目標が一つ。
「ああ、なるほど。全然わからないですわ。急激に何をおっしゃっているので?」
「実は名を」
「よろしいかしら?」
急な声に驚く。
牢に王女様がいた。相変わらず、ヴェールを被って目元を隠している。気配に全く気が付かなかった。しかも一人だ。
王女様は、無造作に牢のカギを開ける。
「出なさい。護衛の方はともかく、聖女を牢に入れていたら問題になるの。それが、フフッ、いつの間にか自分で牢に入っていた物好きでも」
王女様は、ロイヤルな嘲笑を浮かべた。
「こ、このっ」
「まあまあ」
怒る聖女様を宥めた。
牢に入れたのは俺だが、それ説明したら爆笑されそうだ。
「護衛も一緒でなければ、私は出ませんわ」
「いいわよ。一緒に出なさい」
意外と簡単に俺も無罪放免――――――
「ただし、除名よ。あなたの冒険者としての記録は、全て抹消するわ」
とはいかなかった。
ああ、そう来るのか。
「王が最も守らなければならないのは体面。あなたが、わたしの前で働いた狼藉は、本来なら死罪よ。この程度で済ませてあげるのは、知人の口利きが合ったことと、目障りだったエリュシオンの騎士を狩ったから。不服なら、二人揃って生きたまま豚の餌にしてやるわ。どう?」
この王女、物言いがあのエルフに似てる。胸はあのエルフの方がデカイけど。身長は高いし、ウェストも太い。変装魔法?
「目がイヤらしい」
聖女様に後頭部を叩かれた。
「すまん」
「ランシール王女。その処分は納得できません。崇秘院を通して正式に抗議しまっ、もが」
聖女様の口を手で塞ぐ。
「俺は、除名処分でいい。聖女様に一切責任を負わせない。そういうことでいいよな?」
「ええ、そうよ」
むがー! と聖女様が暴れるので、抱き締める形で押さえると大人しくなった。
そのまま牢を出る。
「ではこれで」
「待ちなさい。最後に一つ、ハティ」
王女様が聖女様の名を呼ぶので、俺は手を放す。
「むぐ、何かまだありまして?」
「レムリアの子を名乗り、この街に居座るのなら、わたしに対して言うことがあるでしょ?」
聖女的にアウトな、苦虫を嚙み潰して吐き気を堪えるような顔をしながら、聖女様は言った。
「寛大な措置、ありがとうございます。“お姉さま”」
「よろしい」
王女様は姉のように微笑む。
俺たちは城を出た。
「これから、どうするのですか?」
「冒険者組合に行く」
「え?」
ダンジョンの一階、冒険者組合の受付に移動。
「冒険者をやりたい」
と、“新規”の冒険者登録をして、研修の日程を聞いて外に出た。
「よし」
「え?」
「研修は二日後。また最初からだが、大して進んでなかったから問題ない」
「………え? え?」
聖女様は、ずっとポカンとした顔で疑問符を浮かべていた。
「問題ない」
「いえ、問題あると思いますわ」
「除名とはいえ、追放はしなかった。だから、新規で冒険者やる。問題なし」
俺は両手の親指を立てる。
聖女様は、その親指を握る。たぶん意味がわかっていない。
「あの性悪王女が許すとは思えません」
「許すさ。許さないなら、許させるまでだ。もし、もしもの話だけど、不幸な事故で玉座が空になったら君に上げよう」
「いけません! いけませんわ。そんな………あ、素敵かも」
プロポーズみたいな雰囲気になった。
その支配欲、聖女的に大丈夫?
「ところで、私の護衛の仕事はどうなさいます?」
「やらせてくれ。これから色々入用になる」
またチョチョ狩りから始める冒険じゃ、英雄になるまで100年はかかるだろう。
「良かったですわ。どうやって契約延長させようか考えていましたのよ。最悪の場合は、体とか薬とか使って、私から離れられないようにと」
笑顔で話すことではない。
さておき、改めて挨拶だ。
「今後ともよろしく頼む。聖女の護衛として、恥ずかしくない人間になるよ。ハティ」
「こちらこそ、よろしくお願い致しますわ。【巨人殺し】様―――は、もう使えませんよね。あなたをどう呼べば?」
「フィロと呼んでくれ」
聖女様は、何も答えず。
一瞬だけ泣き笑いのような顔を浮かべた。
三日後の朝、俺は住まいを片付けていた。
引っ越しをするのだ。聖女様と同居するため。
適当に掃除し、かび臭い家具とゴミを外に出した。しかしまあ、狭いながらも侘びしい我が家だった。
それ以上は何の感想もないし、感慨もない。
空の酒樽に座って、小人を待つ。
空は、今日も青く広く澄んでいて高い。けれども、いつか掴めそうな気がした。
握り締めた拳には、前にはなかった力がある。剣を振るえば、ダンジョン豚くらいなら両断できるだろう。10年戦った巨人も一撃で屠れる。だがそれでも、足りない。
残り火だ。
この力は、あの剣の残り火に過ぎない。あの夜見た炎に届くには、育つには、まだまだ先の道の後、道の先、途方もなく、何もわからないが、短く楽ではないことだけが確か。
折れた剣を引き抜く。
とりあえず、これを完全に修復しないといけない。となると、趣味の領域の修理になる。当然、お高い。聖女様に護衛代を前借しても足りるだろうか?
シャンシャンシャンと、鈴の音が聞こえた。
小人たちがやってくる。
今日は、馬車に老人を載せていた。ヒョロヒョロで骨と皮しかない腰の曲がった小さい爺さんだ。
こいつら、とうとう人間まで引き取りやがった。
「お前らなぁ、流石にそれは断れよ。直しても売れんだろ」
「直すのは、あんたの剣や」
「何?」
二人の小人に担がれ、老人が俺の前に来る。
老人は俺の剣をかっさらうと、早業で柄と鍔と刃をバラし、一つ一つを小人に持たせて目を近付けて舐めるように見る。
「折れた刃」
「ここに」
鞘をひっくり返して、折れた刃を取り出す。
そっちも老人は舐めるように見つめた。
「剣精が宿っとる。折れた無銘の雑剣に。こいつぁ鍛冶の腕で宿ったもんじゃねぇな。剣士が戦いの中で宿らせたもんだ。おう、どうしたい?」
「直せるのか?」
「愚問」
気迫のこもった返事である。
「元通り、いや元より強く、英雄に相応しいほどの剣にしてくれ」
爺さん爆笑した。
嫌味の全くない、驚くほど力強い笑い方だった。
「ドワーフ共に名声も店も客も奪われ、ゴミ漁りにまで落ちた爺に、無銘の剣を英雄の剣にあつらえろたぁ、面白れぇこと言うな。………いいぞ。お前と神に感謝してやる。我が最後の鉄火を担い、史上最強の無銘の剣を作り上げてやる」
小人族は、バラバラになった剣と爺を回収して馬車に載せた。ついでに、俺の出した家具とゴミも馬車に載せる。
爺を載せた馬車は進み、残った小人に俺は聞く。
「幾らだ?」
「金いらぬ」
「おいおい、悪いもんでも食ったのか?」
ケチな小人族の癖に。
「お前、また獣殺す。新しい剣で沢山、獣を殺す。我ら喜び歌う。だから、金はいらぬ」
小人は親指を立てた。
「アレを見てたのか。だが、あんなもん沢山いてたまるかよ」
「いるよ。いるいる。街の中に、ダンジョンの中に、人混みに紛れて沢山いる。あれよくない、文明の邪魔。繁栄の邪魔。だから、頑張れ。超頑張れ。草葉の陰から我らは応援する」
ゾッとする話を聞かされた。
あんな化け物が沢山とか、よくこの国滅びなかったな。
「剣でけたら持ってくる~んじゃぱ、しーゆー」
小人は去って行った。
家具とゴミの代金貰ってないが、まあ剣の件でまけておこう。英雄がケチはよくない。
(おい)
「ん?」
遠くから蛇の声がした。
掃除中に消えたので、女風呂の覗きに出かけたと思ったが。
(こっちじゃ来い)
「なんだよ………」
面倒だなぁ、と声の方向に足を進める。
「ここじゃ、ここ~」
暗く細い路地から蛇の声がした。
こんなところあったか?
入ると、崩れかけの屋根が空を邪魔している。夜かと思うほどの闇。腰のカンテラを点けて奥に進む。
「おい、どこだ!」
「ここじゃ~」
人一人やっと通れる狭さ。ダンジョンより進みにくい。
壁にマントをこすりながら、思っていたよりもかなり長く進み。一本道に出た。そこを抜けると、広間に出る。
家の近所にこんな場所があるとは思わなかった。
ドーム状の空間だ。
更に暗く、濃い闇が佇んでいる。屋根にはよくわからないデザインの壁画。吐く息が白く、妙に寒い。別世界に感じるほどの急激な気温の変化だ。
「遅いぞ」
男が一人佇んでいた。
50か、60代の中年の男だ。
堂々とした体躯に、煌びやかなマント。だが、覗く鎧は実用的で武骨。帯びた剣には一切の飾りも華やかさもない。
整えられた短いアゴヒゲ、狩猟者を思わせる鋭い目つき、そして禿げ頭には『王冠』が載っていた。
「正装か?」
「貴様の力と共に、余も少しだけ力を取り戻した。だが、まだまだ儚いものよ」
「さいで」
流石に馬鹿な俺でも、蛇の正体はわかった。
名乗らないのは、【冒険者の王】ともあろう者が、血縁でも何でもない俺としか契約を結べなかった理由にあるのだろう。
「冒険者よ。夢ができたようだな。語ってみよ」
「二つできた。一つは、フィロの名を英雄として世に響き渡らせる。もう一つは、“神を殺す”。奴の名は、ミテラ。奴隷を罰する神だ」
「英雄と神殺し、その二つとも余は経験済みじゃ。大いに力となってやろう。だが先ず、冒険者なら思うがままにやってみよ。躓いた時は、笑いながら助言をくれてやる」
「やるさ。俺は、俺が思うがまま、英雄と成るように戦ってやる」
「やれ。運命が貴様を英雄にするだろう。否、だからこそ肝に銘じよ。運命に潰されるな。運命に愛されようとも、神を味方に付けようとも、悪魔すら味方に取り込んでも尚、最後に勝つのは人の――――――」
緑光が輝き、王の姿は消えた。
ポツンと蛇が一匹いる。
「ぐあああああああ! いいところで時間切れじゃぁぁぁぁぁ!」
「いい感じだったのになぁ」
「だろ!? 余もそう思っていたのに! ちょっと待つのじゃ、何とか頭だけでも構成してみるぞ」
「止めろ、ハゲ。気持ち悪い」
夢に出る。
「誰がハゲじゃ!」
「事実じゃねぇか!」
「眷属とは神をなぞる者。将来、貴様もハゲる可能性があるぞ? あ~だから余の声が届いたのじゃな」
「お前とは縁を切る。髪とは縁は切れない」
「髪くらいなんじゃ! 余は髪がなくともモテモテじゃぞ!」
「ってことは、髪がある俺は更にモテモテになるのか?」
「鏡を見よ」
シンプルに強い悪口止めろ。
「ぐ、ぐお。そういえば、ここ寒いのじゃ。凄い眠気が」
「冬眠かよ」
口喧嘩で少し温まったが、以前寒いまま。このままだと俺も骨まで冷える。
蛇を拾って肩に乗せた。
こいつが悪魔でも神でも英雄でも奸雄でも構わない。フィロ以外で、唯一俺に力を貸した存在だ。感謝しているし、最後まで付き合ってやろう。だから、お前も付き合えよ。
と、口に出したら調子に乗りそうなので言わない。
「行くぞ、オールドキング」
「ふん、顔のない冒険者め」
俺たちは、つまらない口喧嘩を続けて闇から出た。
陽の下、白い尖塔の更なる深い闇に潜るため。
英雄と神殺しの道に向かって進む。
捨てたものの怨嗟を背に受けながら、俺は進み続ける。いつか、砕けて歩けなくなるまで、進み続けるだろう。
これが、どうしようもない俺の私小説だ。
<了>
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