<第三章:オールドキング> 【07】


【07】


 宿に戻って、メイスを回収。

 鎧を捨て、マントを羽織る。

 街の北に足を運んだ。

 今日は、月のない夜だ。白い建物が闇夜に栄える。

 街の建造物の大半は石と木なのだが、北の住居だけは違う。白いコンクリートに似た材質で作られている。一説によると、ダンジョンの外壁を加工して作られたものだとか。

 今の技術では新たに作ることも加工もできない故に、ここに住むことは一種のステータスになっていた。

 土地勘のない場所だ。加えて深い闇。場所を知っていると言っても文字でだけ。敵の住処を探すのは一苦労だろう。

 いや、杞憂だった。

 敵の住居は遠目からでも発見できた。

 松明と翔光石の明かりに照らされた一際明るい建物だ。

 二階建ての大きな白い屋敷。

 高い塀に囲まれ、広い庭もある。正面の門には護衛が6人。庭には20人ちょい。この調子じゃ屋敷の中にもぞろぞろいるだろう。

 見る限りでは、再生点の容器は見当たらない。だが装備は良い。上等な剣に槍や大楯、あまり見ない鎖帷子、不格好だが頑丈そうなバケツっぽい兜。クロスボウなんかもある。

「傭兵か?」

「違うぞ。傭兵はもっと身軽である。ありゃ、金をかけた私兵じゃな」

 肩の蛇がそう言う。

「ちょっとした軍隊だな」

「王女はアホなのか? 一介の商人にこの数の私兵を許すとは。完全に目論見が外れた。屋敷の見取り図を手に入れるところからやり直しじゃ。今日は退くぞ」

「わかった」

 俺は無造作に堂々と進む。

「おい、何を考えている?」

「え? 何も」

 高く跳んだ。

 着地点にいた私兵踏み潰して、残りをメイスの一振りでジャムに変える。鼻が馬鹿になるほどの血と臓物の匂いがまき散らされた。

 門を蹴り破ってから、大声を張り上げる。


「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ッ!」


 奇声が夜の全てに響き渡る。

「馬鹿の極みじゃ。こいつ馬鹿の極みじゃ」

「もう褒め言葉だな」

 蜂の巣を突いたかのように私兵が集まり出す。

 メイスを肩で担いで俺は待った。

 しばらくすると、屋敷の入り口に護衛に囲まれた商人が現れる。

「き、貴様! 何を!」

「よう。殺しに来たぞ。えと………なんて名前だっけ? まあ、いいか」

「王女は何を!? いや、それよりもお前は、大きな勘違いをしているぞ!」

 よく通る声だ。

 聞いてやろう。

「おれは、貴様の奴隷を殺してなどいない! 逃げ出した奴隷に対し、罰を与えてくれと神に祈っただけだ! それがどうして恨まれる理由になるのだ! 貴様とて神に祈ったことくらいあるだろう!?」

「あ? ねぇよ」

 何を言っているんだ? こいつ。

「何を言っているんだ? 貴様は」

 どうやら、俺と商人の思考は平行線のようだ。

 欠片も理解し合うことはない。

「だ、だからなぁ! 恨むならなぁ、あの女の奴隷としての境遇を恨め! 我が神ミテラを恨め! おれは関係ないだろ!」

「なら、神も殺す。だが先ずお前を殺す。もういいか? 言い残すことはないな? 行くぞ」

 落ちていたロングソードを足で拾って投げ付ける。

 が、

「ちっ」

 商人には当たらず隣の私兵の胸を貫いた。

 慌てふためいて商人は、家の奥に逃げ出す。

 私兵が一斉に動き出した。

「数が数じゃ。再生点を節約しながら戦え」

「やばくなったら教えろ」

 斬りかかってきた7人を、メイスの一撃で吹き飛ばした。返すメイスで、更に4人を吹き飛ばす。槍で突撃してきた5人は、メイスの突きで弾き飛ばした。

 ある者は屋敷の壁に叩き付けられ、ある者は短い空の旅を終え、全員が全員、手足や背骨が曲がらない角度で折れ曲がり、血と悲鳴をまき散らしながら泣きわめいている。

 あえて多少の手加減を加えた。

 相手は冒険者じゃない。骨が折られたら当分は動けないし、豚みたいな悲鳴を上げれば他の奴らの戦意を削げる。

「引けッ! クロスボウ構えッ」

 私兵の一人が叫ぶ。

 戦意を削いだ結果、飛び道具が出てきた。

 5人がクロスボウを構え、俺に向かって一斉にボルトが放つ。

 メイスを盾にして防ぐも、一本だけ防ぎ損ねた。顔面にボルトを受けた。いいや、噛み付いて止めた。噛み砕いて吐き捨てた。

「モンスターかよ」

 本物を見たことない奴らが笑える。

 俺は、メイスに巻き付いたワイヤーを解く。解いたワイヤーを手にメイスを振り回した。つむじ風を生みながらメイスが回る。

 クロスボウの装填をギリギリまで待ってやり、一瞬だけワイヤーを手放す。

 遠心力と重量により、メイスは砲弾よりも高い威力で私兵にぶつかる。屋敷の壁に大穴が開いた。

 ワイヤーを引いてメイスを手にすると、べったりと赤い色んなモノが纏わりついていた。

 あれ?

 周りが静かになった。戦意のある無事な私兵が、もう見当たらない。

 蛇は、俺の顔を覗き込んでくる。

「おい、再生点が残り目盛3じゃ。節約しろと言ったろうが」

「大分節約したぞ」

「いいや、無駄が多い。多すぎる。今からでも退くことを考えよ」

「冗談言うな。敵は粗方片付いたぞ」

「こんな雑魚共に再生点を削りおって、まだ本命の――――――」

 夜よりも黒い者が二階から降ってきた。

 超重量を思わせる重たい着地音と土埃。

 黒い騎士だ。

 騎士は、槍のような長剣を抜いて、身を低く腰を落として突きの構えを取る。

 俺は、ワイヤーを渾身の力で引いた。激烈な回転を始めるメイスの槌頭、何であろうが、これは触れるもの全てを“磨り潰す”。

「楽しんだか? 小僧」

「うるせぇよ」

 こいつ、さっきまでの雑魚とは違うな。

 人間か? モンスターと同じような威圧感だ。

 蛇が言う。

「一撃で決めよ。ここで再生点を使い切っても構わん。それで駄目なら逃げるのだ。わかったな!?」

「了解」

 メイスを両手で担ぐ。

 狙うのは頭。そこから全部――――――最悪でも上半身を消す。

 呼吸を止める。

 張り詰めた空気が時間を遅くした。

 俺の感覚が時間よりも早く走り出す。

 騎士が地面を蹴る。

 俺は、まだ動かない。

 突き出された剣の切っ先がゆっくりと迫る。避けなければ額を貫く角度。

 まだだ。

 視界一杯に騎士が迫る。白刃の輝きを眼前で感じる。

 まだッ。

 剣が俺の額に触れた。

 まだ!

 刃が皮膚を刺す、骨に刺さる。血があまく飛沫。

 ――――――今。

 騎士を叩き潰した。

 全身の細胞を爆発させた。それに近しいエネルギーで体を動かした。この一瞬、俺は世界で誰よりも速かった。

 槌頭の回転に巻き込み、騎士の剣と右上半身を磨り潰す。

「なッ!」

 兜の半分を削り、そこで回転がピタリと“止まる”。

 メイスが微動だにしない。

「逃げよ! 今すぐに!」

 蛇の警告と同時、俺は横殴りの衝撃で吹っ飛ばされた。

 景色が何回も回る。水切り石のように地面を跳ねて、屋敷の塀に叩き付けられてようやく止まった。

「ぐ、うげっ」

 大量の血反吐を吐いた。

「へ、蛇。再生点は?」

「んなもんとっくにない! 立て! 立って逃げよ! あれには勝てん!」

 立てるもんなら立ってやりたいが、痛みで足が動かない。ジワリと濡れる左の脇腹から、折れたあばら骨が肉を裂いて飛び出ていた。これじゃ内臓もぐちゃぐちゃだろう。

「あの売女の前で見せた動き。私兵をものともしない強さ。もしや、待ち望んだ英雄かと思ったが、違うのだな。まだ終わりは来ないのだな」

 つまらなそうに騎士は言った。

 半壊した体がメイスを飲み込むように砕いた。磨り潰した右上半身から新たな肉と骨が生まれる。そして、新たな腕が4本も生える。黒い獣毛に覆われ、鋭い爪の付いた腕。不格好で不揃い。

 兜の半面から覗く顔は、完全に獣だ。

 だがしかし、四角い瞳孔に、裂けた口と牙。羽毛があり、鱗も見え、捻じれた角もある。獣だとして、一体なんの獣なのか? 故が何もわからない滅茶苦茶な獣。

「人間に擬態したモンスターか」

「いいや、あれこそが【エリュシオンの獣】。人類の支配者が、支配者で在れた呪いじゃ」

 蛇が獣を見る目は、憎しみで満ち満ちている。

「だが、滅んだ。殺せる方法はあるはずだ」

 異形と化した騎士は、まだ人のように喋る。

「ああ、そうだ。我らの王国は滅んだ。残った騎士たちは、ただ英雄による滅びを待っている」

「死にたきゃ自分で死ねよ! 俺の邪魔を………するなッ」

 血を吐きながら立ち上がる。

 騎士は、もう俺を見ていなかった。己の運命だけを嘆いて吐き捨てる。

「それができれば死んでいる。さあ………夜も更けた。さっさと眠れ、何者でもないただの冒険者。奴隷の走狗にしては、多少やれた方だぞ」

 獣が腕を振り上げて歩いてくる。

 ゆっくりと、退屈そうに、だが確実な死をもたらすために。

「蛇! 武器を出せ!」

「馬鹿を言うな! 逃げるのじゃ! 余には貴様しかおらんのだぞ! こんなとこで死ぬな!」

「だから戦うんだろ!」

「代償もなしに武器は出せん! そんなことも忘れたのか!」

「あるだろ! 一つ! ここに!」

 俺は、止まりかけの心臓を叩く。

「馬鹿な。意味がない。何も起こらんぞ」

「起こる」

 俺の10年も、

 あいつの死も、

 蛇との出会いも、

 この夜も、

 全てに意味があったのなら、全てに意味を持たせるのなら、奇跡が起こるはずだ。

 獣が英雄を求めるというのなら、英雄を呼び出してやる。

「やれ。“俺”を代償に武器を呼び出せ!」

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