<第三章:オールドキング> 【06】
【06】
「状況がわからん。説明せよ」
「ヴァ」
毛玉と蛇に、牢に入った経緯を話す。
「はぁ~? 王の前で暗殺未遂じゃと? なんで貴様は生きとるんじゃ? フツーその場で首刎ねじゃろ? その王女、ぬるすぎるぞ」
「ヴァ! ヴァ~♪」
「とりあえず、外に出してくれ」
「仕方ないのぅ。なんか、細く尖った金属の棒を出せ」
「ちょっと待て」
何かないか探る。
装備は何も取り上げられていなかった。折れた剣すら腰にある。価値も脅威もないと思われたのだろう。
そして、
「ない」
何もなかった。
「ヴォエ!」
毛玉が、錆びた釘を吐き出してくれた。
「助かる。これで」
釘を蛇に渡す。
「貴様らは、ほんと、どこまでも、おい」
心底嫌そうな顔で、蛇は釘を咥えた。何故か表情がよくわかった。
蛇は格子の鍵口にまで登り、釘を差し込んでガチャガチャと動かす。ガチャガチャと五分くらい動かし続けて………やっと開いた。
「ふぅ、こんなもんじゃ」
「おお」
こいつ前は盗賊だろ?
毛玉と蛇を肩にのせて牢の外へ。
他の牢は空だった。ここに収監される人間は稀なのだろう。通常、冒険者が罪を侵したら、冒険者組合が罰を下す。ダンジョンの牢獄に収監され、死と隣り合わせの奉仕作業をやらされるのだ。
牢の衛兵は気が緩んでいた。
ここから出る階段の傍で、椅子に座りアクビを噛み殺して水を飲んでいる。いや、酒か?
「信じられん怠けぶりじゃ。余なら死刑する。とはいえ、殺すなよ。間抜けな兵士連中でも死人が出るとやる気が違う」
「そか」
蛇に言われて、鞘ごと剣を抜いた。
ダルダルに気を抜いていても城の衛兵だ。殺さないで倒すのは難しいだろう。何か気を逸らす手段があれば――――――
「ヴァ?」
毛玉を掴んで、兵士の前に放り投げた。
「はっ? ………なんだ毛玉か」
注意が毛玉に向いた瞬間、俺は跳び出して衛兵を鞘で強かに打った。衛兵の体が椅子から崩れ落ちる。
だが、追い打ちをする。不安なので更にもう一撃加えた。いやまだ不安。
「やめんか。死ぬぞ」
「加減がわからん」
「小心者め。装備を奪え」
衛兵の身ぐるみを剥いで、一番奥の牢に入れた。
上等な鎧を苦労しながら装備した。マントを畳んで背中に隠し、兜を被ればどこから見ても衛兵である。
「衛兵だよな?」
「………お、おう」
「ヴァー?」
毛玉と蛇の反応が微妙だ。
衛兵の剣は、手を付けないで放置した。
「いつまでも折れた剣では格好つかんぞ」
「二本もぶら下げたら目立つだろ。戦闘じゃメイス使うし問題ない」
「そうかのぅ」
さ、逃げよう。
いや、駄目だ。逃げる前に、
「聖女様は、どうなる?」
「護衛のやらかしであるからな、無罪とはいかんだろ。だが、聖女を公に死刑や収監などできん。貴様の話で確信したが、聖女を攫った連中は貴様狙いで間違いない」
「ああ、まあ」
大方、蛇の予想通りだった。
「小物と捨て置いた貴様が、急激に力を付けて『聖女の護衛』という立場を手にした。なので、焦って襲撃をかまし失敗。しかも、街の魔法使い共に噂が流れだしたので、王女を使って金でカタを付けようとした。予想通り、貴様を下回る小物であるな」
「助けは必要ないってことか?」
「今宵の内に殴り込みをかますんじゃろ? なら、これ以上は絡まん方がよい。王女の甘さを鑑みるに、今のままなら悪いことにはならんじゃろ。ただ一つ、【竜眼症】だけが今回の件のどこにもハマらん。それを無視するのならば、さっさと進むのが良いぞ」
目について考えたが、俺にわかるはずがない。
ならば、答えは一つ。
「彼女とは、ここでお別れだな」
短い付き合いだったが濃かった。寂しくはあるが、悲しんでいる暇はない。
敵の根城は、さっき破り捨てた羊皮紙に書いてあった。
街の北区。
富裕層の住む地区だ。今夜中に襲撃しないと、金の力で護衛は幾らでも増えるだろう。数には勝てない。油断しているであろう今夜だけが、唯一勝機が望める。
「ヴァ? ヴァ!? ヴァ!」
毛玉が鳴く。
警告だ。
階段を降りてくる足音がした。
「ちっ」
足音が止まった。
耳が小さな風鳴を捉える。フワッと衛兵が階段を飛び降りてきた。女の衛兵だ。スカートをなびかせ、立派な足を振り上げてカカトを落としてくる。
「黒?」
―――の紐パン。
ギリギリ避けるが、カスって兜がズレ落ちた。
「あれ? 【巨人殺し】様?」
「は?」
衛兵が兜を脱ぐと、長い金髪がこぼれた。
中身は聖女様だった。
「まさか脱出済みとは、流石ですわ」
「君こそ、どうした?」
「どうと言われましても、衛兵の方が隙を見せましたので『えい』とキックを」
あの蹴りで聖女はないだろ。
「あの蹴りで聖女はないじゃろ」
「ヴァヴァ」
こいつらと同じレベルか、俺。
「ささ、逃げましょう。王女の前であんなことをしたのですから、【巨人殺し】様は死罪の可能性もありますわよ」
「確かにそうだ。聖女様、実は牢の中で抜け道を見つけた」
「あらあら、牢に抜け道とは面白いですわ。王族の逃げ道かしら? どれですの?」
「そこの牢だ。入って奥の右隅にスイッチがある」
「どれどれ」
牢に入った聖女様は、隅を足で突く。
俺は牢を閉めて、衛兵から奪った鍵を差し込む。念のため、開かないか確認。しっかり施錠できている。
「………は?」
「すまん」
「はぁ?」
格子越しに詰め寄られた。
「あはは、面白い冗談ですわね。笑ったので出してくださいな」
「護衛の仕事はここまでだ」
「はぁぁぁぁぁぁぁぁん!?」
「人が来る、声を抑えてくれ」
あと、その声は聖女的にマズいと思う。
「護衛対象を牢にぶち込んで、仕事終了とか納得できませんけど!?」
「だから謝ってるだろ」
「あ、お金! お金はどうするのですか!? こんなのでは、報酬の支払いできませんわよ!」
「うん、いらね」
今更金なんか。どうだっていい。
「【巨人殺し】様、その顔止めてください。死にに行く人間の顔ですわよ」
「死なねぇよ。死んだら復讐ができない」
「復讐ができたら、死んでもいいみたいじゃないですか」
「そうだ」
「ッ、駄目ですわ! 絶対に駄目! 復讐は止めません! 死んだ人間の気持ちも語りません! けれども、復讐を後追い自殺の動機にしては命の無駄ですわ!」
一歩下がって聖女様の手を躱す。
「わかった。肝に銘じる。………巻き込んで悪かったな」
「私はそんなこと欠片も思っていません! 私も一緒に行きます! 隠していましたけど、私結構強いですわ!」
「俺の復讐だ」
背を向けて階段を登り出す。
「待って! 待ってください! 最後に一つだけ言わせて!」
少しだけ足を止めた。
本当に少しだけのつもりで。
「フィロさんのことです。本当に彼女は、あの奴隷商人が原因で死んだのですか? ただの事故、或いは別の――――――」
「奴がやった。他に何がある?」
「恐れが誤解を生む場合は多いですわ。もう一度、考えてくださいまし。真実を知るためには様々な可能性を!」
「どうでもいい。あいつを殺してそれで終わりだ。全部」
階段を上がる。
悲鳴のような聖女様の声はすぐ聞こえなくなった。
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