<第三章:オールドキング> 【04】


【04】


 近くに停められていた馬車に乗って王城へ。

 馬車の周囲は衛兵で固められ、アリの子一匹逃げる隙が無い。

「ど、どうしましょう?」

「うーん、どうしようか」

 聖女様と一緒に俺は頭を悩ませる。

 こういう時こそ蛇が必要なのに、あいつはさっき星になった。それは冗談だが、宿付近の屋根に落ちてるだろう。

「蛇さんを呼びましょう。呼んでくださいまし。あの方の悪知恵が、役に立つかもしれませんわ」

「呼ぶって、呼んでくるかなぁ?」

「神を自称するなら、契約者の呼び声に応えるのは当たり前かと」

「わかった。やってみる」

 目を閉じ、心の中で蛇を思い浮かべる。思い出すと、あいつとの思い出は全部腹が立つ内容だった。

「来い、蛇ッ」

「………………」

「………………」

『………………』

 沈黙だけが流れた。

「来ないな」

「来ませんわね」

 よし、蛇はあてにしない。

「そもそも、王女の目的がわかっていない。君を殺すにしても、わざわざ召喚して王城で殺るか? 強い刺客放てばいいだろうに、こんな無駄に目立つことを」

 馬車の窓を小突く。

 衛兵に囲まれた馬車だ。すれ違う人々全ての目に留まっていた。当然、俺と聖女様の顔も見られている。

「一理ありますわ」

「どっちに転がるにしても、君は大丈夫だよ」

「自信ありますわね? 何か妙案が?」

「案はないけど、予感はある」

「どんな?」

「王女様の目的は、君じゃない」

「となると………もっと厄介なのでは?」

「だなぁ」



 ほどなく王城に到着した。

 武器を取られると思ったがスルーされる。メイスは宿に置いてきたので、俺の武器といったら折れた剣しかないが、見透かされたのか?

 もやもやと考えながら、広間に案内された。いや、王の間と言うべきか。

 四隅に近衛兵が立っていた。

 正面に玉座があった。

 玉座には、白銀のドレスを来た王女が座っている。大胆に開いた胸元からは熟れた体が見て取れた。狐のような獣耳が見えるが、顔はヴェールで隠されていた。

 俺と聖女様は、王女の左手側に立たされる。

 右手側には、大柄な黒い騎士と、目の下にクマを作った痩せた神経質そうな男、身なりが良いことから商人だろう。二人とも全く見たことがない。

 なのに、どうしてか、動悸が早くなり血が沸く。殺意とも呼べる黒い感情が湧く。

「ランシール王女、拝謁賜り――――――」

 聖女様が頭を下げようとすると、王女は『止めろ』と手で制す。

「ハティ。此度の召喚は、貴女に用があるのではなく、貴女の護衛に話があるのよ―――そちらの者が………名乗りなさい」

 苛立ちの混じった口調で王女が言い、痩せた男が口を開く。

「レムリア海運商の商会長を務める、エリゴール・ヨハン・ヴァイマッフェッ・クルトルヒ・ローオーメンだ」

 この世界では、名前の長さと身分の高さは同義とされる。騙りじゃなければ、王族並の名前の長さだ。

「………あんたが、なん、だ?」

 わけのわからない怒りで口が震えた。

 それが伝わったのか、男は顔をしかめて言う。

「聖女の護衛、いや冒険者。貴様には、随分昔のことになるが………おれの“持ち物”が迷惑をかけた。最近になりそれがわかった故、賠償金を払う。おい、ダーケスト」

 騎士が進み、俺の前に立つ。

 デカイ。2メートル近い。髑髏の模した悪趣味な兜、フルプレートの黒い鎧、腰に帯びた剣は槍のような長さ。

 騎士は、俺に小袋を突き出して言う。

「金貨で200ある。納められよ」

「受け取る理由がない」

「チッ、愚図が」

 騎士の小声はよく響いた。

「受け取って欲しければ説明しろ。王女と聖女の前で」

 痩せた男は、床を見ながら理由を話す。

「貴様と組んでいた女は、おれが購入した奴隷だ。船が座礁した時に、他の奴隷と共に逃げ出したのだ。レムリアは、先王からの慣例で奴隷は禁じられている。だから、放置していた。貴様もそれくらいわかっていたのだろ?」

「………わかっていた? わかっていただと?」

「落ち着いてくださいまし、王の前ですよッ」

 聖女様に腕を掴まれなかったら、殴りかかっていた。

「そうだ、落ち着け。王女の前で不敬を働けば、その場で首を刎ねられても文句は言えんぞ。よく考えて動け、冒険者。いいや、聖女の護衛」

 噛み締めた奥歯が鳴る。

 耐えられなかった。

「あいつが、奴隷だから、お前が俺に金を渡す? 違うだろ? お前は、冒険中のあいつを妨害した。あいつを殺した。それが、バレそうなんで金で済まそうとしてるだけだ! それこそ不敬じゃないのか! 冒険者の王の前で!」

「落ち着いてくれないか、それは被害妄想だ。こちらは立場がある人間なのでな、変な言いがかりで世間を騒がせたくはないという話なのだ。大体、貴様の仲間が死んだのは、貴様の―――――いや、失礼。あの女のせいだ。冒険者の死因は、常に自業自得ではないか、恨むのは筋違いだろ?」

 痩せた男は、打って変わって余裕たっぷりで話し出した。ああそうか、話してみれば俺が小物で安心したのか。

 あまりの怒りで立ち眩みを起こす。

 聖女様は、俺に肩を貸して叫ぶ。

「ランシール王女! 私たちは今、証拠を集めている最中ですわ! 後日、もう一度この場を開いてくださいませんか!?」

 王女は淡々を返す。

「今回の件は、かん口令を敷きました」

「え?」

「あなた方も他言無用ですよ」

「………何故だ?」

 俺は、馬鹿みたいな質問をした。

「一つに、事の起こりが10年も昔であること。一つに、あなたが事件として訴えなかったこと。一つに、エリゴールは替えの難しい人材であること。最後に、被害者である【フィロ】と呼ばれた冒険者が、何の名声もない冒険者であること」

 ふざけるな、という言葉が舌先まで来た。

 王女は、声音に感情を表さず続ける。

「酷なのは理解しています。ですが、国益のためです耐えなさい。冒険者にとって名声とは唯一無二の評価。それがない者を、冒険者の王女としては、これ以上守ることはできません」

 ああそうか、所詮は顔のない冒険者か。

 騎士が更に一歩前に出て、金の入った袋を押し付ける。

 騎士の背後に隠れ、男が吐き捨てる。

「王女に感謝するんだな。奴隷一匹が金貨200枚になったのだ。補償としては破格だろうが」

 蒼ざめるほど血が冷えた。

 袋を受け取り、放り捨てた。

 金貨が床に散らばり、皆の注意をそこ一点に向く。

 剣を抜く。

 俺は風よりも速く、騎士をすり抜け背後の男の首を刎ねた。

「しまった」

「は? はぁ?」

 男は自分の首を確かめた。傷一つない首に触れていた。


 ――――――折れた剣では、首に届かなかった。


 何たる間抜け。

「お、王女の前で剣を抜いたぞ! こいつ!」

 漏らしそうな声で男が絶叫する。

 しかめっ面が見えるような声で王女が命令する。

「………狼藉よ、捕らえなさい」

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