<第三章:オールドキング> 【03】


【03】


 メイスは宿に置いてきた。

 あの重量は、背負って移動するだけでも再生点を削られるからだ。俺の基礎体力と筋肉量の問題だろう。

 メイスがなくとも、素手で付けてきた三人の男を倒せた。人気の少ない路地に誘い込んで、剣を抜かれる前に順に殴り倒したのだ。

 膂力自体は上がっている。ただ、メイスを完璧に扱うには至っていない。

 男たちは冒険者ではなかった。だが、チンピラにしては装備が良い。

「傭兵か」

「殺すなよ。言伝を残して返せ。そうさな」

 蛇の言葉を、男たちに伝える。

「お前らの雇い主はわかった。近々、直接会いに行ってやる。おら、いけ。殺すぞ」

 落ちていた剣を踏み砕くと、男たちは慌てて逃げ出した。

「冒険者相手に再生点もない傭兵とか、舐めてんのか」

「ふーむ、思ったよりも思った以下であるか」

「あ?」

「刺客の質が下がるというのは、相手が追い詰められてる証じゃ」

「追い詰めるって、俺ら何かしたか?」

 今日一日、店を回っただけだ。

 成果が出るのは先だと思っていた。

「取るに足らない雑魚が、急激に力と権力を得たら恐怖じゃろ。こりゃ、相手は小物の可能性が出てきたな」

「小者か」

 まだ見えない敵を、自然と大きなものと想像していた。大きくないと困ると思っていた。

「終わりまして? 私、お腹が空きましたわ。そういえば、レムリアの名物をまだ食べていません。豚でしたわよね? 塩漬けですか? 香草焼きですか? 煮込み? パンも美味しいと聞きましたけど!」

「色々あるけど、お勧めは揚げたのかな」

「揚げ物ですか。それは楽しみですわ。ささ、【巨人殺し】様。美味しい店を案内してくださいまし」

「わかったわかった」

 こっちは大物だ。




 それから三日間、何も動きはなかった。

 その間、俺は久々に体を鍛えた。宿の小さい庭で、腹筋やら、スクワットやら、素振りやら、メイスに合った体を作るためだ。

 冒険者のトレーニングというのは結構厄介で、一度再生点をゼロにしてから、体を酷使して、やっと基礎能力が上がる。てか、筋トレになる。再生点の復元能力を超えないと、能力は据え置きのままなのだ。

 一般的な冒険者のトレーニングは、ダンジョンに潜ってモンスターと限界まで戦うこと。激しい冒険こそが、冒険者を鍛える最短の道だ。

 それやれよ、と言われるだろうが、やりたくてもできない。聖女様を一人にできないし、そもそものそも、このメイスの燃費が滅茶苦茶悪い。

 メイスの影響で、膂力は上がり再生点も増えた。

 赤い液体は、目盛一杯の10に達している。

 けれども、メイスを一度振るだけで目盛は1減る。担いで飛び跳ねれば3は減る。背負って軽くランニングするだけでも2減った。

 メイスを使って一戦したら、再生点はすぐゼロになるだろう。ゼロ状態でメイスを振るおうものなら骨が歪み、体は深刻なダメージを負う。

 使い勝手が悪すぎる。

 とてもだが、今の状態じゃダンジョンに持っていけない。

「本来の貴様には、鉄槌を担ぐことすら不可能じゃぞ。限界を超えてやっと扱える。デメリットがあって当たり前であろうが」

「普通の武器だせよ」

「贅沢言うな! 余にも何が出るかわからん!」

「はぁ~」

 愚痴りながらスクワットをした。

 汗がこぼれ、息が上がり、腿の肉が吊りそうになる。

 明日は大変だろう。筋肉痛は、再生点じゃどうにもならないのだ。

「って、なんで筋肉痛は再生点でどうにかならないのか? いや、なったらなったで、困るというか、筋肉痛って筋肉が千切れて太くなるための痛みだし、そこ復元されたら意味がないというか、発動時点からの復元なら痛みはずっと続くような、あれ?」

 考えたら疑問が湧く。

「再生点は、自然活動は復元できん。常識じゃぞ。冒険者やっとれば体感でわかろうが」

「自然活動?」

 ホルモンか何かか? 性欲?

「例えば、成長と老化じゃ。走れば長く走れるようになるのは自然。そのための成長の痛みも自然。関節の錆び付きや、足腰の弱りも自然。自然活動とは、大河と思え。再生点の復元とは、その大河でぶつかった運命を少し弾いたに過ぎん。だが、大河をさかのぼることは不可能なのじゃ」

「へぇー」

 たまに賢いことを言う。

「再生点自体を、邪法と呼ぶ方も多いですけどね」

 と、聖女様。

 彼女は、庭の椅子に腰かけ、治療術師から預かった手紙や、スクロールを整理している。

「邪法?」

「再生点を生み出した【法魔ガルヴィング】。三大魔術師の一人であり、冒険者の物語<ヴィンドオブニクル>に記される冒険者ですが、何かと悪評の多い方で。人体実験や、国崩し、誘拐、窃盗、虐殺、簒奪、環境破壊、神殺し、世の悪行の全てを行ったと言っても、過言ではない人物ですわ」

「冒険者に善悪を説いても無駄じゃ」

 俺はそこまで悪くはならない。なれないと思う。

 聖女様は静かに言う。

「邪悪が生み出したものは邪悪、というのは早急だと思いますけど、世の中はそういう偏見に満ちていますわ。冒険者も街の外に出れば、そういう目で見られることをお忘れなく」

「安心せよ。こんな雑魚が街の外で生きられるものか」

 ケラケラと蛇は笑う。

 腹は立ったが、街の外にいる自分が想像できなかった。

 ここでやらなきゃいけないこともある。

 全てが片付いたとしても、離れられるか? 冒険者以外のことを今更やれるのか? 何もわからない。わからないまま、無心で体を動かした。動かなくなるまで動かして倒れた。

「ぐ、ぐるしい」

 普段からもっと鍛えておけばよかった。明日の筋肉痛を味わう頃には、もっともっと後悔するだろう。

 中途半端に諦めつつ、諦めきれなかった自分が悪い。

「軟弱者め。何年冒険者やっとる? あ、10年か」

「う、うるさい」

 立ち上がると、足が産まれたての小鹿状態になった。震えが止まらない。

 聖女様は、手紙やスクロールをローブに巻き付けたベルトに挟む。【文折の聖女】らしい姿。こうやって祝福された文は、二日後に焼かれ天に届けられる。

 届くと信じられている。

「さて、【巨人殺し】様。お昼にしましょ。昨日のウドンは、新しい食感かつ美味でしたわ。今日は何を食べさせてくださいます?」

「ああまあ、【冒険の暇亭】行くか。あそこの方が、大体の店よりも美味い」

 そろそろ、建て直ってる頃だろう。

 忘れていたが、店主に護衛に付いても色々聞かないと。

「はれ? 【冒険の暇亭】? どこかで聞いた気が………」

「知る人ぞ知る有名店だからな。知っていてもおかしくはない」

「いえ、街とは別の………ごめんなさい。ど忘れですわ」

「やれやれ、聖女よ。胸に脳の栄養を取られたか? 余が揉みしだいて思い出させてやろう」

 蛇が聖女様の体を伝って登ると、胸に到達する寸前で空に投げ捨てられた。

「のぉぉぉぉぉぉん!」

 蛇は星になった。

「絶対、邪神ですわよ。封印しましょ?」

「いやぁ、ただのエロ親父だろ」

 十分死に値するけど。

 庭にある井戸で顔を洗い。汗を拭き。干したマントを被って飯に行こうとすると。

 気配を感じた。

 多い。

 10、15、20はいないか。タイミングが悪い。

 再生点はゼロだ。骨折覚悟でメイスを使うか? 頑張って素手でやるか? 聖女様を担いで逃げるという選択肢もあるか。

 規則正しい足音が聞こえた。

 おかしいな。

 刺客が、こんな足音上げて襲ってくるか? バレバレだぞ。

 ともあれ、聖女様の近くに寄る。

 メイスは放棄だ。後で回収すればいい。

 庭から鎧の集団が見えた。

 牡牛の角が付いた兜、白銀のフルプレート。鈍く輝く翔光石の槍。

 城の衛兵だった。

 一人が前に出て、スクロールを広げて言う。

「崇秘院第十九聖女、ハティ・ヘルズ・ミストランド。並びに、その護衛。ランシール王女の召喚状である。疾く応えられよ」

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