<第四章:オールドキング> 【02】
【02】
色々と街を回る予定が、一軒目で終わってしまった。
エルフの店を出て、歩きながら今日はどうするかと考えていると、
「さ、次の店に行きますわよ」
「ん? あのエルフに任せて、内密に進める話だったが」
聖女様の言葉に軽く驚いた。
学友の母だぞ? 約束を反故にしていいのか?
「信用できませんわ」
「君もか」
エルフと何があったし。
「いいえ、エルフがどうのというより、あの方が信用できないだけです。ハルナは大切な学友ですけど、その母と名乗る者を簡単に信用はできませんわ」
「騙りの可能性があると」
確かに、偶然にしては出来過ぎだ。
「本当に母でも信じませんけど? だって、親は親、子は子ですので」
「それもそうだな」
納得した。
納得した上で一言。
「あのエルフが言ったように、街を騒がせることになるかもだぞ」
「実は騒がせたいですわ」
「おいおい」
それでいいのか、聖女様。
「ちょいちょいお耳を拝借」
「?」
聖女様に耳打ちをされた。
(実は私、この国が嫌いなのです)
小声で、とんでもないことを言われた。
歴史を記する人間が言っていいことではない。聖女という字面で俺は判断していたが、この世界の聖女はこうなのか?
「そもそも、父が嫌いですのよ。一国の王の癖に無責任極まりない甲斐性なしで、母の実家に銅貨1枚も落とさないドケチ。そして、遺産の欠片も寄越さないで死にやがりましたわ。当然ながら父の国も、歴史も嫌いということで………………思えば、王女にはこれが、見透かされていたのかもですわ」
「君の組織は、それで大丈夫なのか?」
人選ミスな気がする。
「承知の上ですわよ。憎しみで書かれる歴史もあると。後でもう一人送るそうなので、その方と清濁併せて年代記とするのでしょう」
「そんな大事を俺に話すとは」
外に漏らしたら、拳や剣、魔法が降って来るだろう。国の悪口とはそういうもんだ。
「共有した秘密の数こそ、信頼の証ですわ」
「………かもな」
俺が過去の話をしたから、彼女もこれを話したのだろう。
「さておき、約束したのは【巨人殺し】様なので、私が勝手に調べる分には問題ありませんわね? ね?」
さておいていい気はしない。
「うむうむ、余もそう思う」
蛇も頷いた。
多数決だ。
「次の店に行こう」
次の店へ。
大通りの有名店三つと、裏通りの怪しい店を七つ、目に入った店を手あたり次第に十八。全店舗で“聖女様”が、10年前のことを話した。蛇の提案で、フィロの名前だけは隠した。
目立った成果はなし。
だが、蛇の策通り話題にはなるはずだ。
「ところで、それ必要あったのか?」
俺は、両手で抱えた荷物を見て言う。
魔法使いの店で、聖女様が購入した品々だ。入る店、入る店、全てで何かしらを購入していた。聖女は儲かるのか、彼女の実家が太いのか、経費で落ちるのか、羨ましい限りである。
「荷物を持ってくれる方がいると買い物が捗りますわ~」
「さいですか」
買い物したかっただけのようだ。
手伝ってもらってる俺に文句を言う資格はない。
「して、大体の店は回りましたよね?」
「そうだな」
「うむ、あれだけの数に話せば会合の話題になるのは間違いない。懸念があるとすれば、あのエルフじゃ」
「そうか?」
「そうじゃ。愚鈍な貴様でも、これだけの数を回ればエルフの違和感に気付くであろう」
「………………」
体格の割に胸がデカかったとか?
もしや、詰め物?
「くっだらないことを考えておるなぁ。あのエルフ以上の魔法使いはおらんかったということじゃ」
「魔法使いの違いなんかわかるかよ」
店にいた女性の魔法使いは、総じて巨乳だった。甲乙つけがたい豊かさだ。いや、豊かさは比べるもんじゃないな。
「蛇さんの言う通りですわ。あのエルフだけは、佇まいに隙がありませんでした。まるで猛獣といいますか、狂犬、魔獣? 本当に魔法使い? という感想ですわ」
魔法関係ないじゃん。
「聖女よ、貴様見る目があるのじゃ」
「それほどでもありまして」
聖女様は嬉しそうである。
「あのエルフは、魔法以外の才も突出しておる。杖や知識がなくとも、剣を持てば剣で一角の伝説を残したであろう。もしや、姿や名を変えて残しているのか? 魔法使いの姿は偽装か? ううむ、現役の冒険者の可能性もあるな」
「つまり何だ?」
老人は話が回りくどくて困る。
「竜は、蛇の巣を作らん」
「?」
わからん。
「馬鹿に説明するのは面倒じゃな。店の規模や、流行り具合に反して、人物が大きすぎるのじゃ。あれほどの人物を、統治者が放置しておくわけがない」
「冒険者って、そういうもんだろ?」
国崩しレベルの人間が、食いっぱぐれて馬小屋で寝てるもんだ。
「余なら、強い獣を飢えさせはせん」
「うん、なるほど。何が言いたいのかわからん」
誰か翻訳してくれ。
「【巨人殺し】様、蛇さんはこう言いたいのでしょう。あのエルフの背後には、それ相応の権力があると。私の学友、ハルナのことですが、彼女は王女と縁のある者の娘でしょう。冒険者の街で託宣を受けた聖女とあれば、そういう血筋が相応しい。あのエルフの『娘』という言葉が本当だとしたら、色々背後がわかりますわね?」
「………うっわ」
蛇の言っていたことが、ようやく理解できた。
「俺らは最初に、王女の配下に相談したと」
「ですわ」
「気付くのが遅いのぅ」
確かに、不運の神に憑かれている。
ふとした疑問が過った。
「結局のところ、聖女様を狙ったのは王女で間違いないのか?」
もしそうなら、そのハルナという学友に相談したら何とかならないか?
「半々になってきましたわ」
「半々?」
「私を攫った方々なのですが、思い返すと怪しいところがありまして」
「ほほう、どこがじゃ?」
蛇が興味を向ける。
「男性と女性が物凄く揉めていましたわ。それで“処理”できる人間に任せるということで、私は移送されました。私を攫ったこと自体が予定外だったのでは?」
思い出して怖くなったのか、聖女様は少し震えた。
「確かにおかしいのぅ」
「下っ端を雇うのに、正確な情報は伝えないだろ」
単純に支払いで揉めた可能性も高い。
「うむ、伝えん。だが、伝えんでも仕事する人間を雇う。権力がある人間ならばな」
「権力がないと」
王女様が?
「感覚的な話である。勘は大事じゃぞ? 貴様がメイスで粉微塵にした男、あれはプロフェッショナルで間違いない。王女の手の者か、それに雇われた者と思っていたが、小さくとも違和感を覚えた時は、考えを逆転するに限る」
「逆?」
つまり?
「王女は全く関係ない。狙いは聖女ではなく貴様の方、とかどうじゃ?」
「それはない」
俺は一度、気絶させられた。
俺が狙いなら、その時殺せばいい。
「簡単に否定するのは馬鹿の証じゃ。貴様を背後からどつき倒した獣人女、余の影響で貴様のことを忘れておったが、貴様への情が残っており自然と手加減した。女を攫っておけば、貴様が追って来ると考えたが、聖女様と知って雇い主は驚いて揉めた、とかどうじゃ?」
「………なくは、ないか?」
マニは、俺のことを忘れておかしくなっていた。
だから雇い主と揉め、いや、忘れたからこそ、そんな仕事を受け――――――
「って、お前のせいじゃねぇか」
「うむ、それはそうじゃな。しかし、力を欲したのは貴様じゃぞ?」
「【巨人殺し】様、蛇さんを封じるならいつでも力を貸しますわよ。手頃な鉄箱も購入したので、入れて海に捨てましょう」
なんという物理的な封印。
この蛇一応は神? 的なもんだろ。それで封じられるのか?
「いいのか~? 余を封じてもいいのか~? 馬鹿と世間知らずで、この困難を乗り切れるのかぁ~?」
蛇は、俺の頭の上で踊りくねって調子に乗っていた。
封じたい。今すぐ。だがまあ、力は必要だ。
「封じるのは待ってやるから、妙案を寄越せ」
「妙案? 妙案というほどではないが、そうさな。付けられているぞ」
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