<第四章:オールドキング> 【01】
【01】
「追跡というものには幾つかの手段がある。基本は、己の足で探す。次点が、信用できる人間を雇う。まあ、今回は無理じゃな。時間が経ち過ぎている」
「で? どうする」
翌日、俺と蛇は、聖女様を共だって街に繰り出した。
俺の体は完全回復した。あの拷問じみた治療は効果があったようだ。
「相手に貴様を探させるのだ」
「探させるか」
正直、半信半疑だ。あいつの死に他人が絡んでいるとか。
いいや、自分の10年が無駄と気付きたくないだけか。それに、実際のところ、本当の敵というものに遭遇したら俺は………………止めておこう。その時に考えればいい。
「まずは、街中の魔法使いの店を回るぞ」
「それ、足で探してねぇか?」
「くだらん茶々を入れるな。冒険者は歩くのが仕事じゃ」
「私も歩くのは得意ですわ。世界中、旅してましたので」
聖女様は、ずっと乗る気である。
巻き込んでいいのだろうか?
「組合に加入している魔法使いを当たれよ。個人で細々やっているとこは除け」
「当たれって、どのくらいだ?」
街にある魔法使いの店といったら、かなりの数になるだろう。しかも取り扱っている商品は様々だ。
「名のある魔法使いの店を三つか四つ。ある程度、数をこなすことが重要である」
「何故に?」
「組合の会合は、一般的に四日か五日ごとに行われる。その時、話題になればよい。会合で話題になれば、魔法使い以外にも話は漏れる。なーに難しいことではない。今の貴様は目立つからな。隣にいる女のせいで」
街を歩く中、よく他人の視線を感じた。
十中八九、聖女様を連れているせいだろう。改めて見ると、美人で色っぽい。蛇のような金色の瞳も、他人を引き付ける要素の一つである。そりゃ、べらぼうに目立つな。
「後学のため、良い魔法使いの見分け方を教えてやろう」
俺の肩で、蛇は語る。
「巨乳の女じゃ」
「お前は馬鹿か?」
「馬鹿は貴様じゃ。古来より、胸の大きさと魔法の強さは比例してきた。歴史が証明している事実である」
「全世界の貧乳魔法使いに謝れッ」
「安心せよ、余は薄い胸とて平等に愛す」
「そういうことではない」
先行きが不安になってきた。
この蛇、馬鹿だよな?
「【巨人殺し】様。蛇さんの話は、あながち間違いでもないですわ。世の女神の大半が豊満な方々ですし、魔法とは神の物語の再現と言われていますので、神の姿に近ければ近いほど強さが増すのは当然。………男性の欲望が原因な気もしますけど、欲望も転じれば信仰心ですので」
「凄く納得した」
巨乳の聖女様が言うと、説得力が段違いだ。
「貴様、胸見て言ったな?」
「言ってねぇよ」
言ったけど。
話を逸らすために俺は言う。
「巨乳って、それ女の魔法使い限定だろ? 男はどうなんだ?」
『さぁ?』
蛇と聖女が声をハモらせた。
「男が女の後ろでコソコソ魔法とかあり得んじゃろ。男たるもの体を張ってなんぼじゃぞ」
「確かに、男性には前に出て欲しいですわね。殿方たるもの、背中で語って欲しいですわ」
似た偏見をお持ちのようで。
つらつら話していると、目的の店に着いた。
街の水路沿い。【冒険の暇亭】と同じ通りにある小さい店だ。何度か前を通って、店主らしきエルフが外で掃除しているのを見かけたことがある。
彼女が杖を抱えていたので、魔法使いの店ということは知っていた。ただ、それ以外は何もわからない。
中に入ると、随分と懐かしいピコピコした電子音が聞こえた。
狭い店だ。しかも、棚が敷き詰められて大人一人ギリギリ歩ける隙間しかない。
棚には、素人では理解できない工芸品? シンボル? 小動物のミイラ? 瓶詰の臓器、得体の知れない卵や、空の虫かご、半分しかない本、錆びたハサミ、革製の小物入れ、ビニール傘………え、ビニール傘?
うん、何の店か全くわからない。
帳場では、来客にも気付かず一人のエルフが、携帯ゲーム機で遊んでいた。ゲームボーイミクロだった。思いっきり、俺の世界の物だ。
「あの」
「え、はい。いらっしゃいませ」
やっと俺に気付いて、ゲーム機を胸にしまう。
童顔で小柄、それなのに胸の大きなエルフだった。
エルフといえば長身痩躯で金髪色白スレンダーが常である。もしかしたら、目の前のエルフはハーフエルフかもしれない。
念のため、確認で周囲を見た。
帳場の机にかけられた大きな杖、巨乳エルフの服装はローブ、魔法使いで間違いない。ないよな?
「あの、聞きたいことがあって、魔法について」
「はあ? 売り物は棚にある物だけですが、聞くだけは聞きます」
可愛らしい顔に似合わず愛想がない。
聞いてはくれるようなので言う。
「10年前、仲間が死んだ原因を探していて――――――」
事細かに、10年前のあいつが死んだ状況を話す。
これも蛇の助言だ。包み隠さず話せと言われた。
「ふむ、はい………」
エルフは俺の話を聞いた後、指を三本立てる。
「魔法が原因と言うのならば、『不運』か『罠』、もう一つは『躾け』に関連する魔法です。そういう小ズルい魔法は、ホーエンス学派ではなく、ジュミクラ学派の御業でしょう」
初っ端から色々わかった気がする。
「………………」
エルフは急に黙る。
というより、何かを待って停止している。
聖女様に背中を突かれ、黙って金貨を1枚渡される。
助かる。後で返す。
俺は、机に金貨を置いた。
だがエルフは、
「ホーエンス学派【終炎の導き手】から情報を得るのに、たかが金貨1枚ですか? 侮辱と受け取っても?」
聖女様に視線でヘルプを送る。
彼女は何かに気付いた様子で、棚にあったビニール傘を手に取り机に置いた。
「これ、買いますわ」
「その傘は、世に一つとない異邦の逸品。金貨50枚の価――――――」
「ただのビニール傘だろ」
フッかけられた金額が金額だけに、素でツッコミを入れてしまった。
「あなた、もしや異邦人?」
「ええ、まあ」
エルフに半目で観察された。
「まあ、どうでもいいですね」
何故に観察したし。
「それよりも、あなた」
「へ? 私ですか?」
エルフは聖女様を指す。
小さいのにふんぞり返った横柄な態度である。護衛として一喝した方がいいか?
「もしや、崇秘院の【文折の聖女】?」
「はい、そうですわ」
「同じ崇秘院の【黒き神の白き福音】はご存じ?」
「え? 黒き神の白、え? それは、え?」
「またの名を………はらぺこ聖女」
何だ、その愉快な聖女は。
「ハルナのことですわね。もちろん、知っていますわ。学舎では同室でしたし、中央大陸ではしばらく旅を共にしましたの」
「娘が世話になりました」
エルフが頭を下げる。
なんという偶然。
「は、母!? でも彼女は獣人でしてよ?」
「腹違いの母です。その辺りは、やや複雑な問題なので気にしないで」
「な、なるほどぉ」
この偶然は幸運か?
「傘は無料で差し上げます。娘の友人からお金は貰えませんわ」
「ですけど、逸品なのでは?」
「いいのよ、奥に沢山あるから」
あるのかよ。
「して、娘の友人の男?」
「護衛だ」
エルフに関係を問われ、そう答えた。
「娘の友人の護衛が、10年前の仲間の死因について調べている。調べて、どうするつもりなのかしら?」
「殺す」
自然と口にして、顔をしかめてしまった。
「い、いや、今のはなしで」
「10年前となると、犯人が死んでいる場合もあるけど。その場合はどうするの?」
「関係者に何が何でも責任を取らせ………今のもなし。何かこう妥協点を見つける感じで話を進めたいかと」
冷静にしてるつもりだったが、割とキレてるな。当たり前か。
エルフは淡々と続ける。
「10年前に活動していた冒険者、関連した魔法を使うジュミクラ学派の魔法使い、これを調べればいいのかしら?」
「調べられるのか?」
「調べられるわ。後、あなたの死んだ仲間の名前も教えて」
少し迷ってから、あいつの名前を言う。
「フィロだ」
「フィロね。性別、年齢、種族、身体的特徴も教えて」
言われるまま、あいつの特徴をエルフに教えた。
「調べておきます。三日後、また店に来なさい」
渡りに船な感じで話が進んだ。しかし、
「ついでに一つ頼みたいことがある。組合の会合で、今日のことを話してくれないか?」
「あなた、街を不用意に騒がしたいの? 聖女の護衛という立場がありながら、復讐のために錯綜するとか、崇秘院から問題視されるわよ」
「問題ありませんわ」
いや、問題あるだろ。
俺の考えが浅かった。俺の復讐に聖女様を巻き込むわけにはいかない。
「では、内密で頼む」
「なら、任せなさい。三日後よ。忘れないように」
「了解した」
店の外に出てため息を吐く。
あのエルフ、なんか苦手だ。魔法使いとは思えない圧があった。
聖女様がビニール傘をいじっていたので、使い方を教えてあげた。
「【巨人殺し】様! これバッって広がりますわよ! バッ! やはり貴重なものでは!」
「かもね」
楽しそうに聖女様は、傘を広げては閉じていた。
黙っていた蛇が声を低くして言う。
「やれやれ、貴様とんでもない奴に話を振ったな。しかも最初から。やはり、不運の神でも憑いているのではないか?」
「お前の策から外れたが、手掛かりありそうだぞ?」
「余の経験則を一つ教えてやる。胸が大きくとも、エルフは信用するな。決してな」
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