<第三章:顔のない冒険者たち> 【06】


【06】


「君さぁ、ボクが見てないとすぐ死にかけるよね?」

「………………」

「まず、最初に会った時でしょ、次は冒険者やるの断った後、次が最初にダンジョン潜った時、綺麗に豚にはねられたよね。ダンジョン内でボクが用足し行った時も、戻ってきたらチョチョに群がられていた。飯屋の喧嘩に巻き込まれて、飛んできた机に潰されたこともあったね。はい、そして今日よ。帰りが遅いから探しに行ってみれば、水路で沈んでたって親切な魚人に引きずられていた。君さぁ、なんか呪いでもかけられてるんじゃないの?」

「………………じゃねぇよ」

「ん?」

「呪いじゃねぇよ。飲み過ぎて水路に落ちただけだ」

「いや、呪いだって。不運すぎるよ? 幸運を貰える神様でも探さない?」

「そんな余裕ないだろ」

「そんなことないよ。預かったお金見たけど、結構貯まっていたし。少し休むくらいは」

「色々と出費を………考え………………いや、服着ろよ!」

 さっきから俺は、薄い胸の乳首と話してる。

「ダメでしょ。死ぬでしょ。君、骨の髄まで冷え切ってたんだけど?」

「確かに寒い。手足の指の感覚がほぼない。だが、ちょっと他に」

「うわっホントだ。火貰ってこなきゃダメかな」

 ギュッと両手の指を絡ませてきた。

 足の絡み付きも強くなる。

「しがみつき………」

「え、何? 今更照れてんの? 君が熱だした時も、こうやって看病したじゃないか」

「あの時は服着てただろ! それに女って知らなかった!」

「………は?」

「は?」

 体をちょっと離される。

 今更だが、赤毛から覗く瞳を見た。吸い込まれるような青い瞳だった。

 彼女は、邪魔くさそうに髪をかき上げる。思っていたよりも、幼く感じる顔立ちだ。

「周囲には隠してたけど、フツー君は気付くでしょ? 治療した時とか、添い寝した時とか、トイレとか、お風呂の長さとか、ダンジョンの冒険中とか、他にも色々ッ」

「今、気付いた」

 ベシッと顔を叩かれる。

「に、ニブチン。君、ニブチンだぁ。ボクより頭は良い癖に、なんでそんなニブチンなのかなぁ?」

「しゅ、しゅんません」

 頬を両手で挟まれ、こねられた。

「もしかして、君って女がダメな人?」

「ダメだと思うか?」

 俺は、視線を自分の下半身に移す。彼女も釣られて同じ所を見た。

「男の子の反応だね」

「だろ?」

 自分でもビックリだ。人として枯れたと思っていたから。

「………どうする? イヤ?」

「イヤって、ナニが?」

 彼女の顔は、完全に女だった。

 意識した途端、色んな感情が煮え立ってくる。自然と彼女の腰に手を回していた。冷えて渋れた指先は、汗ばむほど温められていた。

「こんな状態で、誤魔化すのはないでしょ」

「俺みたいなので良いのかよ?」

「他に男いないから………ってウソウソ。こういうのズルいかもだけど。君って時々、私から去ろうとしてる気がするんだよね」

 わぁい、バレてた。

「そういう場合は、体で繋ぎ止めるのが一番。と思う」

「お前はさ、もっと上を目指せる器がある。と思う。俺は弱いし、邪魔になるだけだ。役に立てるのも、お前の長い冒険の序盤だけ。体よく捨ててくれよ」

「はぁ~やっぱり。そんなこと考えてたんだ。私が上に行ける器って言うのならさ、君一人くらい養ってあげるわよ。こっちは君に、君が思う以上に、色々感謝しているんだからさぁ。ちょっとくらい私に甘えてみてよ。ほら」

 わざわざ体を放して、胸に飛び込んで来いと両手を広げる。

 強靭とは思えない細くしなやかな体が、とてつもなく魅力的に感じ――――――抗えなくなって胸に飛び込む。

「よくできました」

 抱き締められて背中をさすられる。

 躾けられた犬の気分だ。悪い気はしない。

「じゃ、しちゃおう」

 俺も準備バッチリだ。

 が、


「うるせぇぞ! イチャ付くなら他所でやれ!」


 隣の馬房から怒声が響いた。

 忘れていた。

 ここは馬小屋である。壁とかあってないようなもん。普通に話せば隣に聞こえるのは当たり前だ。

「ちょっとぶっ飛ばしてくるね」

「止めろ止めろ。―――ぃっくしッ」

 裸で喧嘩しに行こうとする彼女を止めると、くしゃみが出た。体が震えた。ちょい風邪気味かもしれない。

「宿代あるよね。うん、ある。ここじゃ治るものも治らないよね、うん」

「そうだな。一理ある」

 二人して急いで服を着た。

 少ない荷物を抱え宿へ。


「で、四日後に――――――」


『ぶぅー! ぶぅー! ヴァァァァ!』

「うっせぇな!」

 ブーイングを上げる聖女と毛玉と蛇に怒鳴る。

「貴様は大事なシーンを飛ばした! やり直しを要求するのじゃ!」

「そこは一番大事なシーンですわ! 一番筆が進むとこですのに!」

 聖女様は、物凄いスピードでメモを取っていた。

 今のを書いてどうすんだよ? 誰に見せるつもりだ?

「ヴァァァァッッッ!」

 人の頭くらいに膨れた毛玉が怒りの声を上げる。何故に、あんたが一番怒っている?

「そういうこと話す趣味はない」

『ぶぅぅぅぅぅううう!』

「言わねぇ。絶対に言わねぇ」

 俺はブーイングに負けねぇ。

「チッ、つまらん奴じゃのぅ。仕方ない我慢してやる。おら、さっさと続きを話すのじゃ」

 面倒の極地になってきた。

 まあいい、どうせもう話は終わりだ。

「四日後、俺とあいつは、9階層の番人と対峙した。俺の情報に間違いはなかった。敵は、巨大な骨の怪物。あいつに話せることは全部話したし、デカイ敵と戦う予行練習もした。思い付く限り、やれることはやった。………戦いは一瞬で終わった。あいつは――――――」

 10年間、忘れられない記憶。

 脳に焼き付いて離れない光景。

 一瞬で、何もかもが終わった冒険。

「――――――巨人の剣に叩き潰された。即死だった。残ったのは剣だけだ。そっから10年、俺はあいつの形見で戦い続けた。敵討ちたかった。自分の力で討ちたかった………いや違うか。違わないか。よくわからねぇや。あいつと一緒に、俺の中にあった大事なもんは一緒に死んだと思う」

 死という気概すらも死んだ。

 そして、彼女の死と同時に、俺には再生点が灯った。彼女と比べたら下の下だが、剣士として10年戦い続けられた。

「確かなのは、呪いでも何でも力が欲しいことだ。力さえあれば、世界は開けるはず。あいつの名前を――――――」

「待て。待つのじゃ」

 蛇が話を遮る。

「その剣士が死ぬところを仔細に語れ」

「………話したくない」

「ダメじゃ話せ。貴様の言う通り、貴様の見立て通りの腕ならば、巨人相手にやられるのはおかしい。原因があるはずじゃ」

 この蛇は、人の嫌なところを突いてくる。

「あいつは、土壇場で“転んだ”んだ。それで巨人の一撃をモロにくらった。まるで俺の不運が移ったみたいにな。間抜けとか言ったら殺すぞ」

「何かに、つまずいたのか?」

「つまずく? 違う。何かで、いいや急に、片足を滑らせてバランスを崩した」

「何かを踏んで足を滑らせたのか?」

「何も踏んではいない、はずだ。あの時、あの階層でそういうゴミはなかった………はず」

 過去の記憶を必死に思い出す。

 だが、彼女の足元は、真っ赤に塗り潰されて思い出せない。

「ふむ、愚か者め。馬鹿者め。無能でグズでノロマ、勤勉でもなければ、やることなすこと全てが遅い。救いようのない雑魚冒険者じゃ、貴様は」

「あ?」

 いきなり罵詈雑言をぶつけられる。

「ちょっと蛇さん、失礼ですわよ」

 聖女様を無視して蛇は言う。

「貴様は、大罪を犯した。仲間を信用しなかったことじゃ」

「何言ってんだ、俺はあいつを心底信用していた」

 あれで信用していなかったら、この世界で誰を信用するのだ?

「いいやしていない。その結果が、何の成果もない10年である」

「何が言いたい?」

 あいつを棚に上げて俺を責めたいだけなら、へし折ってやろうか。

「何故に貴様は、仲間の失敗を仲間のせいだと思い込んだ? まず疑うは自分、その可能性もないなら他を責めよ、あらゆる可能性で疑え、それもせず、ダンジョンの装置に過ぎない存在と戦い続けていたとは、どこまで愚かなのか」

「ッ、待て! 待て待て! お前、それじゃ、まるで」

 心臓が大きな音を上げて脈打った。

「貴様の仲間は、“殺された”のだ。そんなことにも気付かず、やりおおせた気分になっておったとは、笑い話にもならんな。しかし、地獄の底に落ちた貴様だが、余という幸運を掴んだ。10日じゃ。10日以内に、貴様に本当の敵を見つけさせてやる」

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