<第三章:顔のない冒険者たち> 【05】


【05】


 冒険の日々が過ぎ、衣食住の“住”以外は安定しだした。

 街を回って色んな値段を調べたが、宿代と借家代が一番お高いのだ。無料の馬小屋は物凄く大きい。

 怪我や、装備の破損なんかを考えたら、ある程度の蓄えは絶対必要だし。節約できるとこは確実にする。

 だが、飯だけは別だと気付いた。

 一日パン一個の時より、肉や野菜やら果物やら甘味やら、飯屋で食いたいもんを食ってる今の方が、体力の限界が倍は違う。あいつの剣の冴えも、目に見えて違っていた。

 体が資本の職業で、食い物をケチったら駄目だと痛感したのだ。

 まぁ、出費は増えたが、その分稼いでいるので問題はなし。

 生活は安定した。

 したかに思えた。

 ダンジョン豚の発情期が過ぎると、チョチョを始め他のモンスターを狩ることは簡単になる。と思っていたのだが、甘かった。

 危険が過ぎれば人が多くなる。当然、狩りやすく金になるモンスターは取り合いになった。

 今思えば、その当時は新規の冒険者が異常に多かった。

 大国の滅亡が原因らしく、大量の人材がこの国に流れてきたのだ。そんな者の中、才と財はなく、夢だけはある連中が、無謀にも冒険者と成り果てた。

 彼らの全てが失敗した冒険者ではなかったが、数が多ければ落伍者が増えるのも現実。

 多くは、レムリアの名産品を太らせる栄養となった。

 運良く生き延びた者も、大半は浅い層で日々の糧を手に入れるため醜い争いを繰り広げていた。


 俺たちは、チョチョ一匹の取り合いで、殺し合う冒険者と遭遇した。


 彼の装備はみすぼらしく、剣の刃は欠け、盾は歪み、目はモンスターと同じように血走っていた。

 床には、ボロ雑巾のようになったチョチョの死骸と、それよりも酷い状態の人間の死体。

 冒険者同士の殺し合いは禁止されている。

 そんな言葉など、襲い掛かって来る人間の前では何の意味もない。意味があるのは、剣と血だけだ。

 彼は一撃で両断された。

 俺の同伴者は、相変わらず見事な腕前だった。

「あ、マズ」

「いや、問題ない」

 人間じゃない。人間は言葉なく人を襲ったりしない。

「でも、叱られるよ?」

「ふふっ、かもな」

 ちょっと笑ってしまった。

 どういう風に叱られるんだろうな? 襲ってきたモンスターを殺した程度で。

「どちらにせよ。バレはしないさ」

 ズンッと重い足跡が響く。

 通路一杯の巨体を震わせ、ダンジョン豚が現れた。

 慣れた俺たちは驚かない。何回もこの豚を追いかけっこするうちに、大体の習性がわかってしまった。

 こいつは、死体を好む。

 食いやすいという理由なのか、動き回る生物より転がってる死体に食い付くのだ。

 バリバリと頭から食われる冒険者の顔が、一瞬自分のものに見えた。

 なんだろう。覚悟が甘かったといえばその通りだが、俺は始めて死にたくないと思った。こんな死に方だけは嫌だと思った。

「なあ、先に進まないか?」

「そうだね。今日はちょっと人が多すぎるし、次の階層で亀でも探そっか?」

「違う。もっと、もっと深い階層に進もう。こんな奴らと同じ場所にいちゃ駄目だ」

 魂が腐る。

 豚に腐臭を嗅ぎ付けられる。

「冒険者として、上を目指すってこと?」

「だな」

「やるやる!」

「もうちょい考えて返事くれよ。ここで他の連中ぶっ飛ばしながら小銭稼いでも、生活はできるんだぞ?」

「………………やるやる!」

 ちょっと間が開いてから、返事がきた。

「しっかり考えたか? 何をしようにも、結局は体張るのお前なんだぞ」

「信用してるってば」

「そういうんじゃなくて」

 困るだろうが、信用されすぎんのも。

 豚の食事が終わりそうだ。何もかも綺麗に全て豚の胃の中、証拠は残っていない。

「移動しよう」

「了解ッ」

 その後は、いつも通り6から8階層を回るが、本日の収穫は、半壊した岩亀の甲羅一個。銅貨7枚の収入。食費は、銀貨1枚と銅貨2枚で赤字。

 日が暮れ始めた帰り道。

「ちょっと飲みに行ってくる」

「ボク、お酒苦手なんだけど」

「俺一人で行く。情報収集だよ。なんやかんやと、お前は目立つ」

 何でも、赤い髪かつ剣士として有名な冒険者がいたらしく。こいつは、そいつの息子とか兄弟とか囁かれている。今だけは別だが、目立つのは良いことだ。

「え~? 留守番んんんん~」

 くっそ不満そうである。

「用心して寝とけよ。明日も早いし。それとこれ」

 財布と全財産を縫い付けた鎧を脱いで、あいつに預けた。銅貨8枚を握り締めて一旦の別れとする。

 街を歩き回り、適当に目についた騒がしい酒場に入った。

 隅の席に座って、一番安い酒を頼む。

 苦い液体をチビチビ飲む振りしながら、他の客の話に耳を向けた。

 俺の研修を担当した冒険者曰く、『ダンジョンの情報を、仲間以外に漏らした奴は殺す』だそうだ。

 攻略の情報漏らしはご法度なのである。

 秘密主義といえば聞こえはいいが、後進のことを考えていない老害的な考えだ。楽させろよ、若いもんに。

 だがしかし、人の口には戸が立てられない。

 どんな硬い口でも、酒が合わさるとボロボロと情報は漏れる。

 そら見ろと、酒場では大声での自慢話が始まった。


 やれ巨大な虫を倒した。

 やれ角の生えた奴らは強い。

 やれ骨の巨人は強敵だった。

 やれ極寒の階層で熊を倒した。

 やれ鏡から現れた影を倒した。

 そんな話を聞く中、


「お前、聞いてただろ? 酒全然飲んでねぇじゃないか」

「いえ、違います」


 急に一人に絡まれ、飲めない酒を一気に飲んで、金を払って一軒目は逃げた。

 二軒目は、絡まれこそしなかったが、乱闘に巻き込まれて聞くどころじゃなくなった。

 三軒目では、色々話は聞けたが、酒で絡まれ無理して飲んで外で吐いた。

 四軒目では、色々聞いた気がするが酔って何も覚えていない。何故か、知らない財布を手にしておりそれで五軒目に。

 次々と酒場を回る。

 夜も更け、明け方になるまで酒場を回り続けた。

 十二軒目、最後にしようと思っていた店で幸運に恵まれる。

 酒が回り過ぎて、ほぼ潰れている冒険者の話を聞いた。大して若くもなく、それでいて羽振りがよさそうでもない男の話。

 巨人の、骨の巨人の話。

 強敵だったが、即席で集まった冒険者総出で倒したと言う。

 彼が若い頃の話だそうな。

 沢山の犠牲を出したが、その敵の、王冠を彼が破壊した話だった。

 骨の巨人については、他の店でも小耳に挟んだ。個人で戦った話じゃない。多くの冒険者と倒した話だ。

 思い返せば、こんな冒険者たちが話していた。

 そこそこ歳は食っているが、パッとしない装備と人相、うだつの上がらない人間。

 つまりは恐らく、10階層は越えたが、その後は続かなかった冒険者。話せる栄光が、この骨しかない奴ら。

 骨の巨人、俺たちが戦い越えなくちゃいけない敵で間違いないと思う。酒でかなり判断が鈍っているが、これで間違いない。

 眩暈と吐き気を堪えながら、酒場を後にした。

 間違いない。

 酒で脳が膿んでいるけど、間違いない。敵の情報を手にした。我ながらよくやった。なんか初めて自分を褒めてやりたい仕事をした。酔っ払ってそう思っているだけかもしれんが、俺もやればでき――――――足がもつれた。

 こけて、水路に落ちた。

 深く沈み、大量の水を飲みながら暗闇に落ちる。

 苦しい。

 苦しいな。

 今は死んでる場合じゃねぇのに、ああ、ついてねぇなぁ。



 再び目を開けると、見慣れた馬房の天井だった。藁のベッドで横になっていた。

 冷えた体が温かさを感じる。白い肌と艶めかしい肢体が目に入った。

 俺は、服を着ていなかった。

 そして、赤い髪の少女に抱かれていた。




「よし! 抱いた! はい、抱いた!」

 蛇が大喜びで声を上げた。

「黙ってろ」

 このエロハゲドブ蛇ネズミが。

「そうですわよ! 蛇さん、ちょっとお黙りになって。して、【巨人殺し】様。お抱きになったのですわね! ね!」

 聖女様も同じ思考かよ。

 って、

「君ら、あいつが女だったことに驚きはないのか?」

『全然』

 声を揃える蛇と聖女。

「最初から女についての話し方であった。で、抱いたな?」

 と蛇。

「私も最初から疑っていました。【巨人殺し】様の顔がニヤけていたので」

 と聖女。

「俺って………そんな顔に出るタイプだったのか」

 なんか落ち込む。話したくなくなる。

「おら、さっさと続きを話すのじゃ」

「ヴァ」

 蛇と一緒に毛玉まで急かしてきたので、渋々の渋で続きを話す。

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