<第三章:顔のない冒険者たち> 【04】


【04】


 俺の購入した装備は三つ。

 革製の鎧と、護身用の短剣、大きなバックパック、以上だ。

 あいつが最初に言った通り、荷物持ちの装備である。

 正直、鎧と短剣はいらなかったが、冒険者はメンツが大事と聞いた。体面とやらを一番に気にしなきゃ舐められて終わる職業らしい。

 真っ当な仕事じゃない。

 しみじみ思いながら、ダンジョンに潜った。


「待つのだ」

「あん?」


 蛇が早々と腰を折って来る。

「貴様、何の神と契約した? ダンジョンに潜る以上、何かしらの神と契約せねばならぬ。これは今も昔も変わりようのない仕組みじゃ。そして、貴様のような異邦人は、神選びに躓くのが常である」

「いや、バーンヴァーゲンだけど?」

 あいつが呼び出した毛玉と契約した。してた。

 歯を大量に食わせたり、生やしたりした時に契約扱いになっていたのだ。

「あんな貧者の神と契約したのか? そりゃ、生活があんな程度になるわけじゃ」

「歯の神様だろ」

「歯の治療くらい他の神でもできる。しかも、そっちの方が痛くない。バーンヴァーゲンは、激痛を伴う歯の治療しか目立った成果のない神じゃ。行き場のない貧者くらいしか契約せん神である」

 そういうもんなのね。

 思い返せば、あの歯痛を超える痛みは、冒険の日々でも味わったことはなかった。

「ちょっと蛇さん。聞いていれば、俗説をつらつら自慢気に話しますわね」

 聖女様が蛇を睨んで言う。

「【喰らう者バーンヴァーゲン】は、まつろわぬ民や、棄民、貧者、奴隷などが契約する神と言われています。ですがそれは、どのような者でも、神を信じ、神に祈れば、神は現れるという、この世界の信仰そのものを現しています。その神を貧しいなどと揶揄するのは、己の心の狭さを証明するのと同じですヴぁ」

 語る聖女様の背後には、揺れ動く毛玉がいた。

 いつの間に、呼んでないのに。

 ちょっと怖いのだが?

「バーンヴァーゲンの歴史を少し話しましょう。かの神は、元はウサギの姿をしていたのです。けれどもある日、お腹を空かせた信者のために体を食べさせたのです。足を、胴体を、耳を、目を、頭を、骨を、皮を。そして唯一残ったのが、食べられない歯と尻尾。こうして、バーンヴァー………………」

「後で聞くから、ちょっと今は」

「ヴァ!」

 毛玉を追い払うと、聖女様がほけっと天を見る。

「あれ? 私何を?」

 この聖女様、神に憑りつかれやすいのか? そういう体質の人間がいるとは聞いたことがある。

「まっ、どのみち。バーンヴァーゲンなら、余の方が確実に格上であるな。間違いない」

 知らんわ。てめぇの名前もわからん癖に。

 話を戻す。



 ダンジョンに潜り始め、俺とあいつは、ダンジョン豚から逃げる日々を過ごしていた。

「ぎゃー! ぎゃー!」

「悲鳴上げんな! 追って来る!」

「むりぃいぃぃい! 食われるぅぅ!」

「全力で走れば追い付かれない! ………あ、俺。体力の限界」

「いひぃいいいいいい!」

 倒れた俺を、あいつは肩に背負って疾走する。

 こいつ、俺より背丈は小さいのに、俺の三倍は力がある。スタミナとか体力も同じくらい倍だろう。いや、俺が特別弱いだけかもしれない。

「いよいよの時は、俺を撒き餌にして逃げてくれ」

「するわけないでしょ!」


 とまあ、毎日バタバタ、体力の限界まで足腰を酷使した。


「お前らついてないなぁ。今はダンジョン豚の発情期でな。浅い層でも超危険だ。新人は大人しくしてた方がいいぞ」

 中堅冒険者にそんなアドバイスを受けたが、俺らは大人しくできるほど生活に余裕がない。金貨3枚も、俺の装備を購入し、あいつの盾と防具を新調したら銅貨1枚も残らなかった。

 それに、ただ逃げ回っていたわけではない。

「今日の収穫は、傷なしのチョチョが五匹、岩亀の甲羅二つ、白骨化していた死体の指輪が一つ、以上」

 ダンジョンから帰還後、馬小屋に帰って戦利品を広げた。

「で? で!? 今日は幾らになるのかな!」

「チョチョは【冒険の暇亭】に売るから、銅貨15枚だろ。岩亀の甲羅は――――――」

 俺はバックパックからメモ帳を取り出し、朝一に調べた商会の相場表を見る。

「これ高いな。一つ銀貨1枚だ。加工して盾にでもすんのか? あと指輪は、しっかりしたとこで鑑定してもらわないと。もしかしたら、金貨まで行く可能性だってある、かもしれない」

「なるほど、つまり?」

「本日の稼ぎは、銀貨3枚と銅貨5枚プラス指輪ってとこだ」

「すっっご!」

 半日野草集めてパン一個(銅貨1枚以下)に比べたら、破格の収入だ。

「えーと、銀貨1枚は君の治療に使うとして」

「いいよ。明日には治ってる」

「無理無理、それ治療寺院行かないと治らないって」

 俺は、豚から逃げる時に足を挫いていた。

 少々の激痛で腫れているが、走れなくもない。

「明日には治っていると思う。たぶん」

「無理だってば、絶対に治療費には使う。体は大事!」

「そこまで言うなら仕方ない」

 銀貨1枚マイナスだ。

(今日の合わせて、幾ら貯まったの?)

 あいつは急に小声で囁く。

 鍵もない馬小屋じゃ仕方ないことだ。どこで誰が聞いてるかわかったもんじゃない。

 俺は、鎧を脱いで裏側に張り付けた財布から全財産を取り出す。

 しめて、銀貨20枚と銅貨38枚。

(銀貨10枚で金貨1枚、銅貨10枚で銀貨1枚、だっけ?)

(うむ)

 そんなレートである。

(えーとそれじゃぁ~君の盾と剣を買うから金貨1枚は使うとして)

(いやいや、使えないって。お前の装備をもっと良くしろ)

(教えるから!)

(もうちょい後でな。まだ再生点ってやつも、体に馴染んでないらしいし)

 ここの冒険者たちが授かる魔法、再生点というものが俺には発現しなかった。

 首にぶら下げた容器は、本来なら赤や青の液体が満ちるはずなのだが、四日経った今も透明なまま。

 あいつの首にある容器は、なみなみと赤い液体で満たされているというのに、つくづく俺は足手まといである。

 まあ、もうちょいだ。

 もうちょい稼ぎを貯めて、こいつの装備や見た目を綺麗にしたら、他所のパーティから声がかかるだろう。

 ひいき目で見ても、こいつの剣の腕は確かだ。ダンジョン豚以外の敵は瞬殺してる。しかも、チョチョなんて血も流さず殺す。

 こいつが同レベルの人間と組めば、今みたいな豚から逃げる生活もすぐ終わる。冒険者らしいというか、時々聞こえてくる英雄のような活躍ができるであろう。

 パーティの見極めまではしっかり手伝って、俺は消えよう。

 それで終わり。

 パンの借りはなし。

 路地裏に戻って、飢えたら野草でも食べて死ぬまで虫のように生きる。時々、こいつの活躍が聞けたら人生万々歳。

 終わってた俺の人生の花だよ、こいつは。

 この世界に落ちてきて、心から良かったと言える。

(確かに、再生点が発現しないのは問題だよね。何が原因なんだろ? どんな生物でも大なり小なり必ずある復元力なのに)

 俺が、心底生きようとしていない。それが原因かもしれない。

「あ、わかっちゃった。君に再生点がない理由」

「え、マジ?」

 バレた?

「美味しい物を食べてないからだよ。間違いない」

 間違いだと思う。

「チョチョ売るついでに、【冒険の暇亭】でなんか食べようよ」

「俺、あそこの店主が嫌いなんだが」

 会う度、会う度、ネチネチと俺に説教しやがる。

 如何にも『自分はできる男です~』って感じが鼻につく。娘も可愛いし、奥さんも美人だし、それになんか奥さん二人くらいいたぞ? 許されんのか?

 金の付き合いじゃない限り、見たくもない。

「あの人、なんか君にはうるさいよね。でも、心配してくれてるだけだって。それにッ、あそこのご飯は美味しいって評判なんだ!」

「そういう………」

 キラキラした目で見られたら、言葉に詰まる。

 俺がどうこうというより、こいつこそ美味しい物を食べる必要がある。体が資本なのだし。

「んじゃ、【冒険の暇亭】でパーッと食うか」

「君の治療した後でね!」

 全財産を鎧に隠し、財布に銀貨3枚と銅貨20枚を入れ、馬小屋を後にした。


 無理やり治療寺院で治療を受けさせられ、その後はいつも通り、【冒険の暇亭】の裏口でチョチョを売り、普段は帰ってパンを食うところ、くるっと店の表に行き入口へ。

「なんだ、忘れ物か?」

 と言う店主に、

「客だ。飯食わせろ」

「だったら裏口で言えよ。わざわざ表に回らんで――――――」

「はーい、パパは厨房へ。今日も接客態度がバツ! ハルナがお客様のお相手をしまする!」

「へぇへぇ」

 娘に追いやられ店主は厨房に消えた。健やかな空気が流れる。

 運良く客は俺たち二人だけだった。普段は繁盛しているのに珍しい。

「お客様、カウンター席でいいですか?」

「テーブルでお願いします」

 カウンターだと店主の顔が見える。絶対、説教が始まる。

「それじゃここに」

 入口近くのテーブル席に案内され席に着く。

 と、

「どうした? お前」

「い、いや、いい、こここ、こういうお店初めててで」

 あいつは、油切れのロボットのようにギクシャクしていた。娘さんに椅子を引かれて席に着く。

 席に置かれたメニューを手に取る。こっちの文字は、ダンジョンのモンスターくらいしかわからない。

 だがメニューには、料理の絵と、わかりやすく硬貨の枚数が並べられていた。

「何ともまぁ」

 元の世界の料理ばっかりだ。異世界感のあるものがほぼない。カレーとか、カツ丼とか、お茶漬けに、うどんやパスタ、グラタン、目玉焼き載せの焼きそばなんかもある。

 そして、思ったよりもリーズナブルな価格だ。

 大体、料理一つ銅貨3枚。高くても銀貨相当はない。

 普段の食事が、一日パン一個、銅貨1枚なので、高いといえば高いのだが、この程度出せない冒険者はこの先食っていけないのだろう。

「何か食べたいものあるか?」

「全然わからない。決めて」

「お勧めあります?」

 娘さんに聞くと、

「今日は、『竜心』の新鮮なのが入ったので、そのパスタがお勧めかと。サラダとスープ付きですよ」

 やたら格好のいい名前の果物? 野菜? である。

 パスタなら、食えない物が出てくることもないかな。

「じゃ、それ二人前」

「了解しました。少々お待ちくださいね」

 極上のスマイルを残して、娘さんは厨房へ。

「パパー! パスタ! 二人前! すぐ!」

「あいよ~」

 大きい声とやる気のない声が交差した。

「す、凄い」

「何が?」

 変なところを感心される。

「注文できて凄い」

「どうも」

 そんな褒められ方されたの初めてなんだが。

 あと、

「お前、落ち着け。ダンジョンにいる時より緊張してるだろ」

 今にでも敵を斬り殺しかねない緊張状態である。

「こういうお店にいていいのか不安で」

「不安も何も金あるし、問題ないだろ」

 パスタの値段は聞き忘れたけど、メニューを見た感じ銀貨1枚もいかないはず。

「お金の問題じゃなくて、お金の問題もあるけど、身分というか、その」

「冒険者相手にしてる店だぞ。俺らが利用して当たり前じゃないか」

「う、うん。そうだね。そうかも」

 スープとサラダが来た。

 スープは、ポトフだった。ゴロゴロした野菜と分厚いベーコンが入っている。優しい味だ。おふくろの味っぽい。

 サラダは、山盛りの千切りキャベツに白いドレッシングがかかっていた。チーズ風味の胡麻ドレッシングだ。割と止まらない味。

 なんか、これだけでもう一食分の量と栄養な気がする。

「美味しい!」

 あいつは、頬を膨らませてポトフとサラダを食べる。

 世界一美味そうにポトフとサラダを食べる奴である。俺のを少し分けてやろうかと考えていると、すぐにパスタも来た。

 赤くてオイリーなパスタだ。

 美味そうなので早速一口。

 どうやら、『竜心』とはトマトのようである。

 酸味が消え、旨味が引き出されたトマトが、オイルと共にパスタとよく絡んでいる。塩加減も絶妙。具材はシンプルにトマトだけのようだ。それで、こんなに深い味が出るとは驚きだ。隠し味でもあるのか?

「ん、どした?」

 あいつが、パスタを食いながら泣いていた。

 ボロボロに涙をこぼしながら、パスタをズルズル食べている。

「おい、おいしっ、美味しい!」

「え、そこまで?」

「こんな美味しいものッ、食べられるなんてッッ………冒険者やってて、良かっだ。良かっだよぉぉぉぅぅぅ!」

 大泣きしながら、あいつはパスタをガツガツ食べてゆく。

 俺はこっそり、自分の分のパスタをあいつの皿に分けた。単純に量が多いからだ。

 心配する娘さんに『大丈夫です』とボディサインを送る。

「ま、また、また食べに来ようね! これ!」

「そうだな。また、食べに来よう」

「約束だからね!」

「そだな」

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