<第三章:顔のない冒険者たち> 【03】


【03】


 冒険者としての最初の仕事。

 それは、野草の採取だった。

「君の欠点は明確だ。生活力がない!」

「当たり前だろ」

「当たり前じゃないって、死ぬよ? ボクがパンやらなかったら死んでたよね?」

「うん、死んでた」

「死んじゃダメでしょ~が、一番ダメでしょうーが」

「あんま生きるつもりがない」

「そこはわかる! だから生きよう!」

「面倒くさいなぁ」

 心底面倒くさい。

「面倒なの嫌いなの? ボクのために歯抜いて剣買ってきたのに?」

「あれはパンのお礼だ」

「よくわからんよね、君。過去になんかあったの?」

「過去のことは一切喋らん。顔つきで判断してくれ」

「うーん………わかった!」

「わかってないだろ?」

「わかってないのが、わかったよ!」

 俺たち二人は、空の籠を背負って草原にいた。俺が目覚めた草原だ。

 穏やかな風が、どこまでも続く緑色の絨毯を撫でる。視線を落とすと、大地の恵みがそこかしこに実っていた。

「はい、これ。食べられるやつ」

 差し出されたのは、タンポポに似た植物。

「太陽草。葉の部分は、そこそこ食べられるよ」

 言われるまま食す。

 強い苦みと歯に引っかかる筋っぽさ。お世辞にも美味しいとは言えない。あの黒パンの方が食える。

「はい、これも」

 次に差し出されたのは、白い花のある丸い葉が並んだ野草。タンポポよりは、サラダっぽく見える野草だ。

「エルフの歯磨き草。お肉と一緒だと美味しいよ。お肉食べたいねぇ~。この国って豚肉が名産なんだってさ」

「へぇー」

 今度も苦かった。タンポポよりは苦くないが、ピリッと辛くて苦い。

 これ、何の処理もなく生で食うものなの?

「これは………なんだっけ? 小道草? 名前忘れちゃったなぁ」

 次は、小さい花と小さい葉のある草。ただの雑草にしか見えない。食すと、青臭い草そのものの味が広がる。頑張って飲み込むと、軽い嘔吐感を覚えた。

「これは、なかなか美味しい」

 大きめの葉っぱを渡される。

 完全に葉っぱだった。

 しかし、癖のない味とシャキシャキとした食感で割と食えた。

 その後も、色々と食える草を教えてもらったが、俺の出した答えは一つ。青臭さと筋っぽい食感を我慢すれば、大抵の草は食える。

「忘れるところだった。これも食えるよ。流石に焼かないとツラいけど」

 バッタだった。

 そっと逃がしてやった。

「ウサギも美味しいんだけど、捕まえるのが難しいからなぁ」

 空には翼のあるウサギが群れをなして飛んでいた。確かに、あれを捕まえるのは骨だ。

 そういえば、鳥は見ない。

「んじゃ、さっき見せた野草を籠一杯に集めて、売るから」

「売るのか」

「直で食べるもんじゃないし」

「………………」

 先に言え、と思いながら野草を籠に入れていった。

 体感、半日くらいで籠の中を野草で満たす。

 かなりの重労働だった。腰が痛い。土で汚れた。意識したら、自分が臭いことに気付く。大分臭い。洗ってない犬の臭い。そりゃ、こっちきてまともに体洗ってないし当たり前か。

「なあ、そこの川で体洗っていいか?」

 少し離れた場所に川が流れていた。街にまで続いている川だ。

「魚人の縄張りだから止めといた方がいいよ」

「魚人?」

「連中怖いよ~川に引きずり込まれたらなんもできないし」

「………やめとく」

 よくわからんが怖いらしい。

「でも君、汚いね。臭うし。公衆浴場は、今の時間開いてないかなぁ~寝床も紹介しないとだし、井戸水でいい?」

「問題ない」

 街に戻り、寝床と言われて期待していた宿は、馬小屋だった。

 馬の見当たらない馬小屋に、冒険者らしき者たちが寝泊まりしている。

「ここ無料で泊まれるから、ボクの隣使って」

 馬房の一つを指される。

 藁と桶があるだけの空間。まあ、路地裏よりはマシか。雨風しのげるし。

「洗うからこっちきて」

 続いて隅にある井戸に案内された。そこで水をぶっかけられ、よくわからん草を擦りつけられ、服と一緒に洗われる。

 ビショビショになった俺に、

「はいこれ」

 布で包まれた白い石を渡してきた。手に取ると熱い、めっちゃ熱い。

「乾かすのに使う」

「はい」

 クソ熱い石で服や髪を乾かした。アイロンで乾かすようなもんだ。すぐ乾いたが、ちょっと手を火傷した。

 臭いは消えた。擦りつけられた独特の草の匂いがする。元の世界の匂いが消えて、少しだけこちら側に近付いた気がする。

「ささっ、野草売ってご飯にしよう」

 籠を背負って街に繰り出す。

 この薬草稼ぎ、他の冒険者もやっているものだと思っていたが、馬小屋の連中や、街ですれ違う人間も含め、誰もやっていない。

 小さい疑問を覚えながら、あいつの背中を追う。

 水路沿いの道を歩く途中、一つの飯屋が目に留まった。こじゃれた小さい店。軒先の看板は読めないが、その隣に並んだ『氷』というかき氷の旗。どう見ても漢字だ。

「おいてくぞ~」

「はいはい」

 気になるが、今は野草売りが優先。

 しばらく進むと周囲が薄暗くなる。路地裏と同じ暗さだ。

 建物が高いというより、密集しているのが原因だ。しかも、全体的にボロい。焼け焦げて朽ちた建物まである。

 スラムか?

 となると、あんまり良い人間が住んでるとは思えないが。

「ここ、この店、野草とかなんでも買ってくれる。覚えておくといいよ」

 足を止めたのは、ギリギリ店っぽく見える小屋。

 厳つい用心棒が二人立っており、太った店主が店先の椅子に座って干し肉を食っていた。

 あいつは、店先にいる店主に籠を渡す。

 店主は面倒くさそうに、

「二つでパン一個だ」

 と言った。

 はぁ? 野草こんだけ集めてパン一個はないだろ。

「え? え? おかしいですよね。前は籠一つでパン一個だったはずじゃ」

 籠一つでパン一個も大分おかしい。

「文句あるなら他所に行け」

「ちょっと、おい」

「え? なに?」

 あいつの肩を突いて言う。

「こないだの毛玉出してくれ。あんたもカミサマ出せ。交渉の見届け人になってもらう」

「はぁ~!?」

 店主に思いっ切り威嚇された。

「こんッな、雑草の売買程度にッッ商売の神呼べるわきゃねぇだろうが、冒険者くずれの田舎もんがッ! 文句あるなら他所にいけやッ!」

 脅し屋さんの方言だった。

 こういう輩って、世界変わっても同じなんだな。

「ほら、毛玉呼んでくれ」

「ああ、うん。ちょっと待っ――――――」

 あいつが毛玉を呼ぼうと屈む。

 その動作の何を勘違いしたのか、用心棒の二人が剣を抜いて迫ってきた。

 あ、死んだ。

 と、思った時、用心棒の手と剣が空を舞った。

「わぁ~ビックリした。いきなり剣抜くのはダメでしょ~が。うん、斬られても文句ないよね」

 あいつは、俺が買ったロングソードを抜いていた。

 いつ抜いたのか見えなかった。どうやって二人の男の腕を斬り飛ばしたのか、想像すらできない。

 鮮血が悲鳴を呼ぶ。

 用心棒は倒れて泣き。

 店主は慌てて店に奥に逃げる。

 声を聞き付けた周囲の人間が集まりだした。

「逃げよ」

「だな」

 俺たちは逃げ出した。

 スラムから逃げ延びて、街の明るい場所についてから、俺は詫びた。

「すまん。出しゃばった」

「あ~うん、これどうしよっか?」

 籠と野草はそのまんまである。

「他に売れないか?」

「無理でしょ。所詮は草だよ」

「無理かぁ」

 やっちまったなぁ。

 あんな重労働の対価がパン一個と腹を立てたが、こっちではそれでもマシなのかもしれない。

 しかし、

「そんなパンを俺にくれたのか」

「ん?」

「なんでも」

 なってしまったものは仕方ない。用心棒の腕とか落ちてたけど、異世界だし治療魔法くらいあるだろう。そも、荒事で雇われてるなら覚悟くらいあるはずだ。

 そういえば、

「お前、強いのな」

「強いよ! 強いから! この剣も良いやつだし!」

 嬉しそうである。

「そんだけ強いなら、野草集め以外の仕事あるだろ」

「あるよ! 探せばね! って、今日は君の生活のために野草集めたんだけど?」

「ああ、そうだった」

 してから、野草をどうするべきか………………ふと思い付いた。

「飛び込みで売ってみるか」



 さっき見かけた飯屋の裏手に来た。

 裏口を叩くと『はーい』と子供が戸を開ける。

 驚くほど愛らしい顔立ち、フワフワの長い銀髪を持った少女だ。狐のような獣耳が頭頂部から覗いている。

 エプロンドレスを着ていることから、店の従業員だろう。

「あの、野草を買ってもらえないだろうか?」

「野草? ………ちょっと待ってくださいね」

 少女は後ろを向いて、『パパー!』と叫ぶ。

 呼ばれて少女と代わったのは、目付きの悪い長身痩躯の男。眼鏡で白髪、年齢不詳。スーツ姿でエプロンをかけていた。さっきの店主が子犬に見えるほど人相が悪い。

 こいつ、マジもんだ。

 関わっちゃいけない。

「野草だって?」

「あ、はい。買ってください!」

 あいつが俺を押し退けて籠を見せる。

「結構な量だな。鮮度もいい。サラダと炒め物に使えなくもないか………そうだな、野草全部と、その籠二つで、金貨3枚だしてやる」

「え゛!?」

 あいつが滅茶苦茶驚いて固まった。

 俺は耳打ちして聞く。

(価値がわからんのだが、パン何個分だ?)

(大体、300個くらい!)

 そりゃ高い。

「ただし、一つ条件付きな」

 男は指を立てて言う。

「今後、こういう仕事は一切するな。うちが買い取るのも今回だけだ。お前ら冒険者だろ? こういう仕事は商会の下働きや、世捨て人の老人、孤児院の子供がすることだ。若い冒険者がする仕事じゃない。冒険者ならメンツに命と金を賭けろ。安い仕事なんかやるな。一度舐められたら、骨の髄までしゃぶりつくされるぞ。わかったな?」

 こくこくと、二人して頭を下げた。

 物凄い正論で怒られた気がする。

 同時に腹も立つ。正論でもなんでも、怒られたら腹が立つものだ。

「じゃ、金。無駄遣いすんなよ。大事に考えて使え」

 金色に光る硬貨を三枚貰う。あいつに渡そうとしたが、驚いて受け取らない。

 交換で野草と籠を男に渡す。

「後、お前」

「俺?」

 男に睨まれた。

 服装をジロジロと観察された。

「冒険者の恰好じゃない。大通りに、ザヴァ夜梟商会って店がある。フクロウの看板が特徴だ。【冒険の暇亭】の店主から紹介されたって言えば、必要な装備一式を安く買える。行け、今すぐ。ほら、しっしっ」

「ど、どうも」

 手を振って追い払われた。

 が、

「待て、忘れてた。ダンジョンに潜ったなら、『チョチョ』を狩ってこい。人間の頭部に羽根あるようなモンスターだ。見りゃすぐわかる。あれなら買ってやるぞ」

「幾らで?」

「形の良いものなら、一匹銅貨3枚。半壊してたり、中身がないなら値引きするぞ」

 再び俺は、あいつに耳打ちする。

(銅貨1枚で、パン何個買える?)

(一個、大きいの!)

 なるほど、まともな取引のようだ。

 裏があるかもしれないけど。

「わかった。覚えてたら狩って来る」

「じゃ行け、二度と冒険者らしくない仕事はすんなよ」

 その後俺たちは、男の行った店に行き装備を買い揃え、様々な手続きを経て、初めてダンジョンに………………………………


「ちょっといいか?」

「え? なんですの?」

「なんじゃ?」

 俺は話を止めて、一人と一匹に言う。

「これ面白いか?」

「私は、10年前のレムリアの様子が垣間見えて、面白いですわ」

「余は、くっそつまらんな。さっさと女を抱いた話でもしろ」

 両極端な意見である。

「あれ?」

「どうなされました?」

「いや、ちょっと思い違いというか、思い出し違い?」

 そういえば、あの男、知らないうちにいなくなっていたな。そして自然と、あの女が店の主人やってた。

 あの男って旦那か何か? で、死んだ? うーん? まあいいか。

「続けるぞ」

 と言っても、ここからはもう話すことは少ない。

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