<第三章:顔のない冒険者たち> 【01】
【01】
「ぎょぶぇ!」
聖女様に握り締められた蛇が、大変愉快な声を上げる。
「見た目は蛇ですわね。普通の?」
「き、貴様もっと優しく扱わんか!」
聖女様の手付きは、虫を掴む子供の如く乱暴だった。もう少しでポキッと折ってしまいそう。
「あ~聖女様、一応もっと優しく頼む。死なれても困る」
「は~? で、【巨人殺し】様。これは誰で? 何で?」
「蛇だ。名前は覚えてないらしい。色々あって俺に力を貸してくれている」
「どんな力を?」
「その前に聞きたいことがある。いつから、そいつが見えていた?」
「“見えた”のは、今しがたですわ。視力が戻りましたので。【巨人殺し】様の顔も見えますわよ」
じーっと見られた。
気恥ずかしい。大した顔じゃなくてすまない。
あれ?
「“見えたのは”ってことは?」
「はい、声は聞こえていましたわよ」
「ど、どこから?」
聞かれたらマズいことが沢山あるぞ。
「確か、『この体で聖女はないじゃろ』からですわ」
最初! それ思いっきり最初から!?
聖女様は目を閉じて笑う。その笑顔で俺に顔を寄せてきた。
「最初は、【巨人殺し】様が二人組かと思ったのですが、気配は一人分でしたし、紹介もしてくれないので『おかしいですわぁ~』と思っていましたの。契約した神にしても、全く神気を感じませんし、助言も到底神とは思えないものでしたから、さらに『おかしいですわぁ~』と思いまして、でも【巨人殺し】様にも言えない事情があるのだろうと黙っていたところ、何やら物騒な言葉がでましたので制止した次第ですわ~」
よく見たら薄目だった。
しかもかなり圧を感じる。
「お聞かせくださいまし、『さっさと次の武器としようぞ』とは?」
「………………」
俺の額から、ダラダラと冷や汗が流れる。
眼前まで聖女様が迫ってきた。笑ってない目が見えた。
体はまだ動かない。まな板の鯉状態。い、言うしかないか? 言わなかったら何をされるか、わかったもんじゃない。
「こ、この蛇が、武器を出してくれるので、強いやつを」
「ほほ~う。どんなですの?」
「名のある冒険者の武器………だ。ついでに持ち主の力も不完全だが使える」
完璧なら、俺の背骨は曲がったりしない。
「過去の再現ということです? あのメイスもですの?」
「そうだ」
「ちょっと失礼しますわ」
聖女様はベッドから降りてメイスに触れる。
蛇は片手に持ったまま。しかも時々シェイクしてた。
「一般的な魔法の『再現』ではないですわよ。安定し過ぎている。それでいて力を保持しているとは、まるで歴史の切り取り? もしくは盗み? 一体何をしたらこんなことが――――――【巨人殺し】様。これ、何を代償に作りましたの?」
一番答えにくい質問がきた。
「俺には冒険者の後輩がいた………その………………」
代わりに蛇が答える。
「武器を出した時、こやつの後輩は、こやつのことを忘れていた。恐らく、こやつとの絆と言うべきものを代償にしたのだろう」
「【巨人殺し】様は、その後輩さんのこと覚えているのですよね?」
「ああ、覚えている」
出会った時のこと、飲みに行ったこと、あいつとの記憶に歯抜けはない。
忘れてはいないはずだ。
「それ絆じゃありませんよ。絆なら双方が失わなければならない。しかも契約の外にいる人物に影響を及ぼすとは、神の所業ではありませんわ」
「おぎゅえ!」
聖女様は強く蛇を絞る。
「力を付ける前に封じましょう」
「待ってくれ。それは困る」
何とか力を振り絞って、上半身を起こした。
「真っ当な神ではありませんよ?」
「真っ当な神とやらは、俺に力を貸してくれなかった! そいつだけだ。俺に力を貸したのは」
「そうじゃそうじゃ、余が消えたら力も消える。こやつは元の、何者でもない冒険者に成り下がるぞ」
聖女様が顔をしかめた。
聖女らしからぬ苛立った顔だ。
「悪魔とは、そうやって弱者から命を啜るのです!」
「その悪魔のおこぼれで、あんたは助かった!」
詭弁を吐いた。
力を手にしなければ、聖女様の護衛にすら選ばれなかった。その程度の雑魚冒険者なのは俺がよくわかっている。
だがこれは、俺の力だ。
借り物でも、身を壊すものであっても、何を犠牲にしても、俺の力だ。今更何もない元の冒険者に戻れるものか。
「助けて頂いたことは感謝していますわ。けれども、破滅が見えてる方を助けない理由はありません。これでも聖女ですから」
「助けたのは仕事だからだ。でも、恩を覚えたのなら見逃してくれ。それに破滅だって? 俺はとっくに終わっていた人間だ。何を恐れることがある」
「そ、それは………」
蛇が、聖女を嘲笑する。
「聖女よ。貴様は冒険者というものを理解していない。我らは夜を明かす酒と肴があれば、明日世界が滅びるとも笑って過ごす度し難い人種であるぞ。そんな者たちに破滅を説くとは、ハッハッハッ! これも酒の肴じゃ! ぶげぇぇぇえ」
聖女様は、捻じ切る勢いで蛇を締めた。
「だとしても、納得できませんわ! だから納得させてください!」
「納得?」
聖女様は、蛇を投げ捨て脱ぎだす。
「そういう納得!?」
「違いますわ!」
彼女は、解いたローブの胸元からメモ帳とインクとペンを取り出した。
どういう収納術なんだ。
「納得できないのなら、納得できるまで知れば良いのです。教えてくださいな。【巨人殺し】様が、この悪魔と契約に至るまでの歴史を」
「路地裏で倒れたら、こいつがいて………」
「違いますわ。最初からです。最初から」
「最初って、俺が冒険者になるところからか?」
「はい」
「一応、10年やってるんだが」
「時間はありますし、聞きますわ」
「俺の過去なんてつまらないぞ?」
「私、そういう判断基準で話を聞きませんの。ささ、どうぞどうぞ、さあさあ」
ズイズイと聖女様が迫る。
俺は思わず、目の前に迫ってきた開いた胸を閉じる。
「あ、す、すみません。見苦しかったですか?」
「いや、なんか俺もすまない」
聖女様は頬を赤らめて服を整えた。
こういうテレはズルいなぁと目を逸らす。その視線の先には、ベッドに戻ってきた蛇がいた。
「余にも聞かせよ。どうにも貴様には、冒険者としての矜持が見当たらぬ。何をどうしたらそんな冒険者に育つのか、そんなで生き残れたのか。少し興味がある。未だ貴様と契約できた理由もわからんしな。貴様の過去に何やらヒントがあるやもしれん。うむ、聞いてやる」
「不本意ながら、悪魔と同意見ですわ」
一人と一匹に迫られる。
「………………仕方ない」
渋々、俺は話を始めた。
最初の最初、10年前、この世界に落ちてきたばかりの話を。
目覚めたら草原で寝っ転がっていた。
夕空には、三つの月が浮かぶ。
遠くには、天に届く白く巨大な建造物。それは塔のようにも、船のようにも見えた。
巨大な建造物の周囲には、アリのように集る街があった。
俺は自然と、その街に誘われて歩く。
現状に混乱する頭とは別に、足は動く、喉は乾く、腹も減る。街に到着する頃には、とっぷりと日が落ち、夜の狂宴が始まっていた。
石と木の街に、満ちる喧騒と怒号、嬌声と笑い声、酒と死の匂い。
異世界の雰囲気に圧倒され呆けていると、俺はいきなり殴られた。理由はわからない。通行の邪魔だったのか、向こうがそういう気分だったのか、襲えそうだったから襲ったのか、ともあれ俺は殴られて、蹴られて、路地裏に捨てられた。
幸運なのは、盗られる物なんて持っていなかったことだ。
そして、三日が過ぎた。
「おい待て、待つのじゃ」
「あ、なんだよ?」
蛇に話の腰を折られる。
「やり返さんか。アホか?」
「いやいや、無茶言うな。その時の俺は一般人だぞ。武器もないし、戦い方もわからない」
「異邦人なりの知識や、策略はないのか? そういう奴いたぞ?」
「あ? ねぇよ。んなもん」
義務教育を終えた程度の学力で、何をどう知識でやれと?
「後々復讐はしたのじゃろ?」
「怪我で動けねぇよ。もう死にかけだよ。相手の顔も覚えてねぇよ」
「うわっ、余の眷属。弱すぎっ!」
「その時はお前の眷属じゃねぇ。今も違うがな!」
「大変でしたのね。【巨人殺し】様。ううっ」
聖女様に泣かれた。
「話、続けるぞ」
三日後、死にかけの俺の前にパンが差し出された。
あいつとの出会いは、そんな感じだ。
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