<第二章:異邦人と文折の聖女> 【09】
【09】
「ボキッ!」
口から骨の折れる愉快な音を吐き出す。
治療術師の拳が、俺の脇腹にめり込んでいた。痛いというより、衝撃が凄い。脳が揺れる。
「ああ、目覚められましたか。なんとタイミングが悪い」
「え、なにこれ?」
拷問? 拷問か? だとしたら目的は何だ?
聖女様は?
「【巨人殺し】様? なにやら愉快な音が鳴りましたけど、大丈夫でして?」
目は開いているが、まだ見えていない様子。もしくは見えてない演技? その笑顔は何だ?
治療術師は、聖女様に言う。
「ご安心を、聖女様。ズレた背骨を叩き治しているだけです」
「それなら良かったですわ」
良くない良くない。
「俺に説明してくれ」
「ですから言った通り、護衛様の背骨が凄い力でズレているので治療していますが、何か?」
「あ、ああ~」
メイスの後遺症か。背骨がズレるとか恐ろしい。
治療術師は、ロープで縛られた俺の体を回して背中をペタペタ触る。冷たい手である。
「しぶとい。まだ真っ直ぐになりませんね。さっきより“ちょっと”痛いですよ」
「なっ」
さっきより大きな衝撃。これ膝だ。膝で背中を打たれた。
「ポキャッ!」
体の中から聞いてはいけないような音がした。
同時に、血のような何かがスッと流れた気がした。でも痛い。今度は打撃の痛みで動けない。 なあ、魔法は? 治療魔法どこいった?
「これで良し。………ふむ、やはり、もう少し伸ばしますか」
治療術師は、俺の体を正面に回すと両足を踏んでロープを思いっきり引いた。
「!! !? !! !?」
宇宙が見えた。
背骨のみならず、全身の骨が真っ直ぐになった気がする。それはもう、惑星の直列のように。
ロープが解かれた。
干される前の洗濯物のようになった俺を、治療術師は軽々と担いで丁重にベッドに寝かせる。隣の聖女様は、嬉しそうに俺の肩を触る。
「安静にしていれば、明日には動けます」
「ジュマの治療って、こんな荒々しかったっけ?」
何度も治療寺院にはお世話になっているが、こんな殺人的な治療は初めてだ。
「出張治療は荒っぽくなりがちです」
「あの………凄く、痛いのだが、背中。魔法とか痛み止めを頼む」
骨は治ったかもだが、肉が痛くてたまらん。
「魔法は甘えです。それに男の子なら、痛みくらい我慢してください」
とんでもない治療術師だった。
次は絶対違う人に頼む。
と、
「出張治療? 誰が呼んだ?」
「私が呼びましたわ。【巨人殺し】様が苦しそうでしたので、宿のおばあ様に頼んだら治療術師様を呼びに行ってくれまして」
そりゃ助かった。
死ぬほど痛いけど。
「護衛様の治療はすみましたので、聖女様『文折』を頼んでもよいでしょうか?」
治療術師は、部屋の隅に置いた鞄から、手紙とスクロールの束を取り出した。
「はい、お預かりしますわ」
聖女様は、手紙とスクロールを手探りで受け取ると、大事な物のように抱き締める。
「その………『文折』って何だ?」
「あなた、本当に聖女様の護衛ですか?」
疑いのまなざしを向ける治療術師に言い返す。
「護衛は今日からなんだ」
知らないことだらけだ。
主に敵とかな。
「今日から? それなのにあんな騒ぎを? 街中で噂になっていましたよ。誘拐犯を倒すために、全く関係のない人間と商会を叩き潰したと」
「そっちかぁ」
悪い方が噂になっていた。
「ん、んっ、おほん」
聖女様は咳払いをして言う。
「【巨人殺し】様。『文折』とは、渡せなかった文、届かなかった文、書き綴られた秘めたる思い、呪い、祈り、そんな遺文を天に届ける神事ですわ」
「初めて聞いた」
この10年の間、この街では聞いたことがない。
「先王が禁止していましたの」
「禁止?」
何か危険なことでもあるのか?
「ここは冒険者の街ですわ。綴られた遺文の多くは、冒険のこと、ダンジョンにまつわること。先王は、『文折』から情報が外部に漏れることを嫌ったのでしょう。『冒険者は秘密主義者』なんて言葉がありますし」
「実際、漏れるのか? 情報」
ダンジョンの情報を漏らした者は、重たい罰を受ける。
しかも、その大半が私刑ときてる。
「私は漏らしませんわ! そもそも頼まれた物以外、遺文には絶対目を通しませんし! でもぉ………昔は漏らした人たちが沢山いたようですわね。だから、『聖女』の位を作って信用の回復に努めているのかと」
信用のない神事なのか。
待てよ、この『文折』も聖女様がランシール王女に狙われる理由か?
「レムリア王の主義主張はさておき」
治療術師が言う。
「『文折』は、治療術師にとっては大切な神事なのです。身寄りのない方々の遺品は、鉄ならば溶かし、布や革ならば仕立て直し、体は灰に土に還し、変えることができます。けれども言葉だけは残る。語り継がれなくても、綴られて残された物は、彼らが残した生きた証です。変わりようがないものです。わたしたちには、どうすることもできません。だからこそ、『文折』は大切な神事なのです。天にまで言葉が届けば、生きた証は地上になくとも、永久に残るのですから」
良い話だ。何一つ共感できないけど。
所詮は、死んだら死ぬだけ。名を残せなかった時点で、冒険者としては終わりだ。そこで永久に消えるだけ。
治療術師は続ける。
「ただですね。『文折』は冒険者の方々に嫌われているのです。なんせ、この神事の象徴たる神が………………【狂宴の魔術師ワーグレアス】なので」
「冗談は止めてくれ」
俺のような雑魚冒険者でも、【狂宴の魔術師ワーグレアス】は嫌でも知っている。
ダンジョンのトラップ、各階層の番人、異常現象を起こす呪いのアイテムの数々、ダンジョン内のあらゆる冒険者の敵が、このワーグレアスに作られた………と言い伝えられている。
つまりは、
「俺たちにとって一番悪名高い神じゃねぇか。信仰を理由とした争いは禁じられているが、ワーグレアスを信仰していると知られたら、ただじゃすまないぞ」
「え………? そんなにですの?」
ほけっとしている聖女様に現実を伝える。
「全ての冒険者が、何かしらの形でワーグレアスの被害にあっている。後は、想像に任せる」
「ひぇっ!」
この聖女様、ヘイトが高すぎる。間欠泉のように恨まれるポイントが出てくる。
王女のみならず、街の冒険者全部が敵になりかねない。
「やっぱ、今からでも街離れないか?」
「それだけは絶対駄目ですわ。絶対に離れません。私の使命は、『文折』や託宣のみにあらず、崇秘院に選ばれた託宣の聖女として、この土地の【年代記】の作成をしなければなりませんの。後の時代に、今の時代を伝える人類にとって大事な記録、宝ですわ。これをやらずして、私は死ねません」
「年代記? 聖女様の仕事なのか?」
学者の仕事のように思える。
「エリュシオンが滅びた今、ようやく、勝者ではなく事実が記録を残せる時代になりましたの。民に信用のある聖女がつぶさに記し、然るべき組織が修正無く保管。それでやっと、私たちの世界は、時代を進めることができます」
「………………大事な仕事だと思う」
俺のような生きることに右往左往してる人間には、想像できない使命感だろう。
「もちろん、【巨人殺し】様の活躍もバッチリと記しますわ」
「ありがと」
それは嬉しい。何かを残せるのなら、そんな嬉しいことはない。
治療術師は帰り支度をして、部屋から出て行こうとする。
「治療寺院にはまだまだ遺文が残されています。負担にならない程度に、順次持ってきますね。合わせて、聖女様のことは仲間内や、顔の広い引退した冒険者にも伝えておきます。ワーグレアス信仰は冒険者たちに恨まれる原因でしょうが、それよりも年代記の作成や、『文折』は街の人間とって有益だと思いますから。ではまた、明日も診にきます」
治療術師は出て行った。
何やら、本当に、改めて思うと、この聖女様は色々大変だ。
俺程度では護衛が務まる気がしない。手に入れた力も、体がこんな感じになる使い勝手だし。
「うむ、余もそんな風に思い始めたところじゃ。この女、貴様には身に余る。ということで」
蛇がベッドの端から現れた。
背筋が震える嫌な予感。だが、体は動かない。
「さっさと次の武器としようぞ。さてさて、次は何がでてくるか」
蛇が口を開く。
「あの、【巨人殺し】様。そろそろ――――――」
聖女様が俺を見た。
唐突な別れ。
最後に何を言うべきか、俺の頭は真っ白になる。
「――――――こちらの方を、紹介くださいませ」
ガシッと聖女様が蛇を掴む。
え?
え? 見え?
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