<第二章:異邦人と文折の聖女> 【08】


【08】


 聖女様を抱えて、目抜き通りを悠々と歩く。

 さっきの野次馬たちの視線を感じ、それが消えた辺りで早歩き。

 人混みに混じりながら目抜き通りを外れ、適当に細道を曲がり、ダンジョンを背に街の壁沿いに向かう。

 そして、全然知らない場所に出た。

 やたらと坂道が多い場所だ。しかもうねった坂道。馬車は絶対入れないだろう。大人二人が並んで歩けない窮屈さ。こけたらどこまでも転がって行きそう。まるでダンジョンだ。街中に、こんな場所があるとは思わなかった。

 てか、迷った。

「あの~何処へ?」

「俺の家………と思ったが、バレてる可能性があるので宿を取ろう。すまないが、持ち合わせは?」

「はい、ここに」

 聖女様はローブの袖から財布を沢山出す。

「宿代程度にはなりますわ」

「護衛の経費ってことで」

 財布を一つ取って、後を返す。チラッと中身を見ると、全部金色に輝いていた。

 聖女って儲かるのか。

 酔いそうなほど、うねりにうねった坂道を下って行き。偶然、宿らしき建物を見つけた。坂の合間に建てられた二階建ての灰色の建物。どうみても民家だが、軒先の看板には【惑い坂の休眠館】と描かれている。

 宿に入ると、やや広めながら普通の民家にある光景が広がる。

 右手には、ダブルベッドが置かれ、戸棚には子供用の人形がみっちりと並んでいる。

 奥には、二階に続く階段。

 左手には、竈付きのキッチンスペース、食卓も置かれ、そこのテーブルで老夫婦がお茶を飲みながら昔話をしていた。

 大きめの声を上げて、やっと客と認識される。

 やや耳が遠い老婆に聞いたところ、部屋は二階に二つ、爺さんの足が悪くなって階段を上がれなくなったので、人に貸しているとのこと。金貨を1枚渡して二つとも借りた。

 階段を上がる。

 メイスと俺と聖女様の重みで、砕けないかと心配したが、階段はギリギリ無事だった。続いて床の心配もするが、思いのほか、この家は頑丈のようで軋みすらしない。

「この家、旧時代の兵士の詰所じゃな。頑丈なはずじゃ」

「?」

 蛇の言葉に無言で返す。今返事したら、聖女様に変な奴と思われるだろ。

「なーに、昔の方が建造技術は上というだけじゃ」

 今も悪いとは思えないが、借りた部屋の扉を開ける。

 ダブルベッドが一つ。

 格子付きの窓が一つ。

 空の棚が一つ。

 埃一つなくシーツも清潔。宿として100点。

 聖女様をベッドに寝かせ、メイスを適当に立て掛ける。

 一個気付く。

「聖女様、もしかして目が見えて?」

「ええ、ぼんやりと見えてきましたわ」

 目が俺を追っているように見えたので、もしやと思ったが、ジュマの治療術師は確かだったようだ。

 一先ずの不安は解消だ。

 次は、この人を狙った相手の断定か。結局、証拠は探せず仕舞い。てか、本当に王女が裏で糸を引いているのだろうか? これが一番の不安だ。

 蛇と相談してみるか。

「俺、隣の部屋にいるので。何かあったら声を――――――」

 ガシッ、と聖女様が腰に抱き着いてきた。

「不安なので離れないでくださいまし!」

「子供ですか」

「【巨人殺し】様は、床でも大丈夫ですわよね? 護衛ですし」

「護衛だってベッドで寝てぇよ」

「なら、半分貸して差し上げますわ!」

 聖女様はベッドのスペースを空ける。

「いや、同衾は流石に」

 俺の理性にも限界がある。

「私に何か問題がありまして?」

「あるっちゃある」

 主に体が。

「そ、そんなぁ。崇秘院の聖女の中では、私が一番魅力的な体なのに」

「………………」

 確信犯かよ。

 ともあれ、正論だ正論。ここは感情を殺して正論を並べる。

「俺とあなたは、護衛と聖女。その関係がただれるようなことになると、色々面倒なことになるでしょう。ある程度は距離をとるというか、ドライというか、そんな関係を保ちましょう」

「例えば、どう面倒なのですか? 今以上に面倒なことがありまして?」

 王女様に命を狙われるより、面倒なこと。

「………確かにない」

 もう既に、俺たちの関係は面倒だった。

「私が思うに、お互いがお互いを信頼するのに、一番大事なことは――――――」

「!?」

 しゅるりと聖女様がローブを脱ぐ。大胆に胸元の開いたコルセット付きの下着姿を晒す。やはり白。しかも結構なハイレグ。エッチである。

 これはつまり、そういうことか!? やぶさか!

「そう………それは、書面による契約ですわ!」

 胸元からスクロールを取り出した。

「あ、はい」

 何がやぶさかだよ。書類だよ。

 聖女様はスクロールを広げる。

「端っこにある空欄に、サインか、血判をお願いしますわ」

「止めておけ、このスクロール何やら怪しい気配を感じるぞ。魔法仕掛けじゃ。こいつ、やっぱ聖女じゃなくて強欲な商家の娘ではないのか?」

 蛇の言う通り、素人の俺でもわかるくらいスクロールは怪しい気配を発していた。

「これは我が神【西鳳のメルトヴィウス】様の加護を受けた契約書。私を裏切ったら、財産を全て失う“祝福”のかかったスクロールですわ。実家から、嫁入り道具として渡された物の一つですの」

 呪いだよ。

 それ呪いだよ。

「私としましては~【巨人殺し】様とは今後とも末永くお付き合いをと考えているので~サインして欲しいなぁ~して欲しいですわ~」

 もじもじと聖女様は可愛らしく体をくねらせる。騙されてはいけない。この女、裏切ったら全財産奪う契約を迫っている。

 ま、俺の財産なんてたかが知れてるけど。

「断、わ」

 断ろうとしたら、体のどこかがベキッと音を上げた。

 俺は倒れ込んで聖女様を押し倒す。

「にゃわっ! そ、そういうのも悪いとは申しませんけど! 契約外といいますか、別料金? いえ、やはり段階といいますか………………お風呂入った後でなら!」

「………………」

「あ、あれ?」

「………………」

「どうかいたしまして?」

「いたしました」

 体が、体が動かない。指一つ動かせない。

 足の感覚とかないんだけど?

「当然じゃ」

 メイスに絡まって蛇が言う。

「このメイスは、別名【不死殺し】と言う。流転と逆の流れを生み出す呪物故、再生点を無効化できるのだ。無論、手にしたお前の再生点もな。気付いていなかったようじゃが、メイスを振る度、再生点がゴリゴリ減っておったぞ」

 言えよ。

 先に言えよ。即言え。

「貴様は、これの使い手と同じくらいの異常な膂力を得た。だが、その力に骨が耐えられなかったようじゃな。再生点がゼロになり、ぽっきり逝ったのだ。とりあえず、寝て再生点を戻せ。そんな状態では女を抱くこともできん」

「あの?」

 聖女様はお困りだ。

 俺も困っている。だが、仕方ない。

「すまん、動けなくなった。今日は寝る。邪魔だろうから適当にどかしてくれ」

「え、ええ?」

 とんでもない状態だが、動けないし、胸は柔らかいし、良い匂いだし、目をつぶったら即眠れた。

 色々あって疲れていたようだ。



 ギシギシという音と、手首と腰の痛みで目が覚める。

 どれだけ寝ていた? 一瞬のようだし、数日のようにも思える。

 場所は、変わらず宿の一室。

「!?」

 俺は、上半身裸だった。

 梁に通されたロープで手首を縛られ、吊るされようとしている。

 焦って探すと、聖女様はベッドに座っていた。蛇のような目で俺に笑顔を浮かべている。

 ロープを引っ張り、俺を吊るしているのは、ジュマの治療術師だった。聖女様を治療した三つ編み眼鏡の女。

「ッッ!」

 吊られた体が伸びると、全身に激痛が走る。そして、寝る前と同じで俺の体は全く動かない。

 治療術師が、何故かバキバキと骨を鳴らして拳を作る。

「どういうこと?」

 聞くと同時に、俺は殴られた。

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