<第二章:異邦人と文折の聖女> 【07】


【07】


 人生で一番速く走った。

 足が軽い、体が熱い、心臓がうるさい、視界が広い。

 普段使う路地裏が狭っ苦しく、メイスが引っ掛かる。壁を蹴って、建物の屋根へ。

 そこを風のように駆け、跳ぶ。

 世界が見渡せた。街が、いつもより小さく見えた。

 胸に小さい痛み。溢れ出る力と熱に消える。

 人を超えた速度で駆け、ウサギが及ばない高さを跳ぶ。高く高く、高くからの着地で建物の屋根は壊れたが、俺の足は壊れない。そこから更に高く跳ぶ。

 力を持つというのは、こんなにも自由なのだと実感した。

 目抜き通りを視界に捉える。

 大跳躍をかます。

 跳びすぎて、太陽に手が届きそうな気分だ。

 落下が始まると、メイスを抱える。この得物の重量をこの高さで受けたら、流石に折れて砕けると判断した。

 タマの竦む落下速度、知覚できない速度で景色が流れ――――――着地の衝撃が、背骨を通って頭に響く。

 爆音が遅れて聞こえた。

 砕ける石畳、響く悲鳴と怒号、驚いた馬が嘶き馬車が横転する。

 それを景色に、ザヴァ夜梟商会本店前に、俺は立った。

 裏手に入る道を探すが、ここは目抜き通りだ。店々は隙間なく建っている。いや、隙間さえあればそこで商売が行われている。

 回り込んでいる時間がもったいない。

「面倒だ」

 店に進み、店の用心棒に止められた。

「おいおい! あんた! そんなもん担いで店に入られちゃ困るよ!」

「悪いね」

 俺は、用心棒をメイスで吹っ飛ばした。

 大柄な男だったので、真正面に大きな穴が開く。

 大丈夫。

 殺してないはず。たぶん。

 店に飾られた商品が、衝撃で落ちたり転がったりして散らかった。他の用心棒と冒険者が武器を構える。気にしている暇はない。

 開いた穴に跳び込み、店の裏手へ。さらにもう一枚壁を壊す。

 いた。

「よう」

 男たちに挨拶。

 数は4。

 剣持ちが3、杖持ちが1。

 それと女が一人椅子に縛られていた。猿ぐつわを噛まされ、傍に置かれた作業台には大小様々なナイフ、スプーン、ペンチが並んでいる。

「運が良かったな、お前ら」

 かすり傷一つでもあったら皆殺しだ。

 3人が同時に剣を抜く、杖持ちは下がる。連携が取れた動き。

 だが、無意味だ。

 メイスの一振りで2人を吹っ飛ばす。斬りかかってきた1人を叩き潰して床の染みにする。転がった剣を足で拾い、呪文を詠唱する魔法使いに向かって投げ付ける。剣は魔法使いの喉笛を貫通して、壁にピン留めした。

「一人は残せよ。聞き出したいことがある」

「さっきの獣人が頭目じゃねぇのか?」

「余の勘では他にいる」

「そうかい」

 吹っ飛ばした2人が斬りかかってきた。無言で左右に別れ、しっかりとした挟撃。

 しかし、致命的に遅い。

 右のを、メイスでかち上げ天井に突き刺す。

 左のを、裏拳で剣を砕き、首を掴んで床に叩き付ける。止めに踏む。

「あ、しまっ」

 雑魚故の癖が出た。

 止めだけは絶対にためらわないという癖。これを守ってきたから、俺みたいなのでも10年生き残れた。

 その癖が、男の頭蓋を踏み砕く。

 スイカのように即死だ。

 まあ、もう一人いるし。問題ない。

 天井に突き刺さった男を引き抜くと、首がなかった。いや、あるがパーカーのフードみたいな感じで背後にぶら下がっていた。

 し、死んでる。

「馬鹿者めっ!」

「この武器のせいだ」

 加減ができねぇ。

 戦い方も荒っぽすぎる。これじゃまるで、人型のモンスターだぞ。

「やってしまったものは仕方ない。死体から手掛かりを漁るぞ。探す場所は財布、靴の裏、鎧の背、服の襟、剣の柄や、短剣の柄なんかもな。見逃すな」

「よく知ってることで」

 こいつ野盗でもやっていたのか?

「ん~!」

「あ、すまん」

 作業台のナイフで、聖女様の拘束を切った。彼女は猿ぐつわを自分で外すと、ガバッと俺に抱き着いてきた。

 びっくりした。

 酔っ払い以外の女性に、こうも抱き着かれたことは初めてだ。

「大丈夫ですか!? 【巨人殺し】様!」

「いや、それ俺のセリフ」

 何故に助けられた方が心配するし。

「私が攫われた時、凄い音がしたので、私てっきりあなたが死んだのかと。今もなんか凄い音したり、血の匂いも!」

「すまん。そん時は不意打ちをくらった。周囲のは気にしなくていい」

 あと、胸大きいですね。ホント凄く。

 幸福度が上がる柔らかさと重量だ。生きててよかったと思える。

「人殺しだ! 誰か憲兵呼んで来い!」

 と、水を差された。

 ぶち抜いてきた穴から、沢山の野次馬が見える。

「え? 人殺し?」

「不可抗力だ。殺されそうになったのだから仕方ない」

「それは仕方ありませんわね」

 うーん、聖女なら説教が欲しいところ。

「おい貴様、好機ぞ」

「?」

 蛇の言葉に首を傾げる。

「今から余が言う口上を述べよ。名を売る絶好の機会じゃ。同時にパイパイパイ聖女を守ることにもなる」

 耳元で蛇がちょっとした言葉を並べる。

 あまり乗る気じゃないが、聖女様のためならと俺は声を張り上げた。

「この方、ハティ・ヘルズ・ミストランド! 崇秘院第十九聖女【文折の聖女】様だ!」

 俺は、メイスで死体を指す。

「こいつらは、不埒にも彼女を攫い傷付けようとした! 故に、護衛の俺が鉄槌を下した!」

 緊張で震える唇をマントで隠し、メイスを一振りして強風を吹かせる。

 おおっ、と野次馬がどよめく。

「また狙う者あらば、俺が全員叩き潰す、叩き殺す、磨り潰す! 同じ運命を歩みたくば、かかってこい! 我が――――――」

 名前を出そうとして、ふとした思い付きによる混乱で思考が停止した。

「どうした? 自分の名前を忘れたのか?」

(覚えてる決まってるだろ。だが、ちょっと今はいい)

 最後に大声で言う。

「俺が相手だ!」

「なんじゃ締まらんなぁ」

 黙ってろ。

 メイスのワイヤーを肩に通して担ぐ。

「ふぎゃ!」

 聖女様をお姫様抱っこすると、彼女は面白い声を上げた。

「じゃ、そういうことなんで」

「あの~」

 去ろうとすると、身なりと人当たりの良い痩せた中年の男が現れた。

「わたくし、ザヴァ夜梟商会、商会長ローンウェル・ザヴァと申します。お店の修理費と、用心棒の治療費をお支払いして頂きたく」

 やっば、名乗った以上逃げられないじゃないか。持ち合わせもないし。あ、死体から財布を、いやいや、聖女の護衛を名乗った以上、死体から漁った金じゃ体裁が悪い。

 とりあえず今は、

「聖女様が怪我をしている故、急ぐ。ツケといてくれ!」

「ほんっと、貴様締まらんの~」

 蛇にぼやかれながら、俺たちはその場を後にした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る