<第二章:異邦人と文折の聖女> 【06】
【06】
槍が俺の左肩と脇腹を貫く。
続いて、右足の甲と右の二の腕。
瞬く間に俺は無力化された。
剣を抜く暇もない。抜いたところで、折れた剣じゃどうしようもないが。
「あんた、なんなんスか?」
ウサギの獣人は、両手の細槍を回しながら近付いてくる。
何故かわからんが、物凄く怒っていた。
「何って、冒険者だよ。お前より大分格下のな」
「はぁ~~~?」
足を踏まれた。
無事な左足だが、突き刺さった槍が死ぬほど痛い。
「そういうんじゃなくッ!」
ゲシゲシと、後輩は俺の足に苛立ちをぶつける。
痛すぎて痛みが遠くなってきた。てか、血。床に結構な量の血だまりができている。死ぬ手前だから痛みが麻痺してんのか?
「ああ、安心してくださいヨ。急所は外しているんで、死ぬなら半日くらい苦しんだ後っス」
「そりゃどうも、ご丁寧に」
まだ死なないようである。苦しむようである。
「おい、さっさとやれ!」
「うるさい!」
茶々を入れた獣人の男に、後輩は槍を投げ付けた。壁に突き刺さった槍は、男の頬を掠めた。冷や汗を流して男は黙る。
「あんた、本当に【巨人殺し】っスよね? あれ倒したのあんたっスよね? なのに、この弱さ。なのに、アホみたいに正面から突っ込んでくる。わけわかんないよ!」
「色々事情があってな………それよりも、一個だけいいか?」
「はぁ?」
これだけは言っておかないと。
「付き合う奴は考えろ。真っ当な冒険者じゃないだろ、あいつ」
「ッ」
胸倉を掴まれた。
「あんたにゃ関係ないっス!」
「俺も金はないが、働き先の相談くらいは受――――――」
殴られた。
「だから! 関係ないって! 不愉快な奴っスね!」
何故に後輩が、こんなにも俺に対して怒りをぶつけているのか理解できないが、殴られても仕方ないことを俺はやった。
罰といえば当然。奇跡も俺みたいな人間には厳しいもんだ。
しかしまあ、頑丈な拳だなぁと感心しながら、ボコボコに殴られ続けた。片目が見えなくなった。砕けた歯が砂利のように口に広がる。アバラは全部折られた気がした。
流石に死を実感する。
「あ、謝らせてくれ」
「あ゛?」
顔に殺意しかない後輩が、拳を止める。
「お前の好意で、俺は名声を得た。だからまあ、あの巨人殺しはお前の名声だ」
「だから、わけわかんない!」
腹に良い一発が突き刺さる。
内臓のどっかが逝った。だが、もうちょっとだけ言いたいことがある。それに、一回くらい呼んでおきたい。
「なあ“マニ”………俺はどうでもいい。でも、あの聖女様は生かしてやってくれ。人攫いなんて冒険者の仕事じゃねぇ。お前は俺と違って才能があるのだから、くだらない奴らに足引っ張られないで、誇り高く………生きてくれ」
「先輩面して!」
これくらったら死ぬなぁと、迫る拳を見て思う。
だが、どうしてか、拳は止まっていた。
「あ………………あれ? 先輩? なんでこんなとこ、なんでこんな殴って、あれ? 先輩っスよね? なんで、なんで、今まで忘れ、あれ?」
後輩の顔から殺意が失せた。
「よし」
蛇が俺の腕に絡み、マニに向かって口を開く。
想像を絶する嫌な予感。
「やめっ」
「このままだと死ぬぞ? この女に、好いた男を殺させるつもりか?」
蛇が虚空を飲み込んだ。
何故だ。
なあ、マニ。
なんで俺みたいなのに惹かれた? 何もなせず、ただ10年生き延びただけの雑魚を。もっと良い男はいただろに。
止めようと思えば、止められたはずだ。止めなかったのは、力への渇望か、誘惑か、10年の汚泥から抜け出したい俺の足掻きか。
代償を知っても尚、結局俺は、こんな大事なものを犠牲にしても尚、まだ冒険者をやりたいのだ。
蛇が力を吐き出す。
「え?」
呆けるマニを、手にした力で吹き飛ばした。
倉庫の壁に叩き付けられ、彼女は意識を失う。
「あいつ生きているよな!?」
「安心せよ。貴様の100倍頑丈な女じゃ」
全身の細胞が燃えている。再生点がマグマのように煮え立つ。
視界が晴れた。
大量の血と共に、古い歯を吐き出した。新しい歯を噛み締める。骨という骨が鳴り響いて再生し、心臓が爆発寸前にまで脈打つ。突き刺さった槍が、肉と骨に噛み砕かれてへし折れた。
強風が吹く。
「せめて、剣にしろよ」
俺が手にしたのは、身の丈以上の巨大なひし形のメイス。小柄な人間なら、跡形もなく消せるサイズ。重量は倉庫の床板に亀裂が走るほど。
ただ巨大なだけのメイスではない。全体の六割を占める槌頭に、おろし金のような凹凸が彫られ、太いワイヤーが巻き付いている。そして、バランスが独特なのだ。
蛇が、この武器の銘を言う。
「これぞ、【狂公・聖ディマスト】教化の鉄槌”磨り潰し”」
「なっ、どこからそれを出した!? いや、なんでお前がその得物を持っている!? そいつは、レムリア王の――――――」
狼狽する獣人の男、俺は一歩踏み出した。
ただの一歩。
それだけで瞬時に間を詰め、男が短剣を抜く前にメイスの先端で突けた。
「ぎゅげっっっっ!」
メイスと壁に腹を挟まれ、男は愉快な声を上げる。
「お前、この得物を知っているのか?」
「あ、ああ、わかった。あんたが【巨人殺し】って認める。だからまあ、落ち着いてくれや」
「なら、こいつを引いたらどうなるか知っているな?」
俺は、メイスのワイヤーを手にする。
「だからさぁ! 落ち着いてくれってなぁ!」
「聖女はどこだ? 攫ったのは誰の命令だ? マニに幾ら貸した!? 後、聖女はどこだ!? 言え! “おろす”ぞ!」
「あ~そいつはなぁ………………長くこんなことやってりゃぁ、終わりもくるわなぁ。この大耳が聞き逃すたぁ、やらかした。ま、仕方ね」
慌てふためいた男は、少し沈黙した後で、異常なほど落ち着いて言った。
「言うわけきゃねぇだろ。ボケが」
勢いよくワイヤーを引くと、メイスは激烈な回転を始める。名の通り、触れるモノを全てを“磨り潰す”。
男は、真っ赤な液体と霧になって消え失せた。
「貴様、そりゃ悪手であるぞ。こいつからは、有用な情報が沢山聞けたはずじゃ」
「聞く相手ならまだいる」
メイスを振るって、男が腰かけていた箱を破壊した。その周囲にある物も適当に。
中身は、瓶詰のクッキーだ。
治療寺院の物ではなく、商会が作っている物。『ザヴァ夜梟商会』のラベルが貼ってあった。
「商会の物があったからと、結び付けるのは早急じゃぞ」
「ちげぇよ」
気配を察する。
「ガキ共、出てこい! 今出てこなきゃ、こいつと同じようになるぞ!」
メイスを振るって血を払う。
小さい悲鳴の後、怯えながら5人の子供が倉庫の奥から出てきた。
「なんじゃ、気付いておったか」
「お前、俺を試したな?」
「そりゃ試すぞ。男とはずっと試されるものじゃ」
へぇへぇ。
近付いてきた子供に、クッキーの瓶を蹴飛ばす。
ビクッッ、と怯えるが逃げ出さないのは肝が据わっている証だ。
「お前らの雇い主は、俺が磨り潰した。このクッキーは退職金替わりに好きなだけ持っていけ」
子供たちに笑顔が生まれた。
単純なもんだ。
「で、俺から聞きたいことがある。ここに運ばれた聖女様はどこだ?」
「キャルバー朝鳥商会に運ばれた」
子供の一人が素直に言う。
全然知らない名前が出た。
「ミネバ姉妹神、朝鳥のコルクァの商会じゃな」
蛇に言われても全然ピンとこない。
「場所は?」
「目抜き通りの~ザヴァ夜梟商会本店の裏にあるよ。小さい店だよ」
「ザヴァの店ならわかる」
ふと見たメイスに、絡まった男の遺品を見つけた。
真っ赤になった財布の小袋。中身は金貨がジャラジャラ数えている暇はない。
小袋を近くの子供に投げ渡す。
「あそこの獣人女が起きたら渡せ。ちょろまかしたら“おろす”。いいな? それで俺たちの関係は終わりだ。二度とああいう男に関わるなよ。世の中、俺みたいに甘い人間ばかりだと思うな」
メイスを担いで倉庫から出ようとすると、
「お、おれ、大きくなったら、冒険者になりたい。あ、あんたみたいな強い冒険者に」
子供の一人にそんなこと言われた。
死ぬほどげんなりした。
「………………冗談は止めろ」
ほんと、質の悪い冗談だ。
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