<第二章:異邦人と文折の聖女> 【05】


【05】


「あーお客さんかい? 【冒険の暇亭】なら見ての通り休業中だぜ」

「一体何が?」

 瓦礫を片付けている大工の一人が言う。

「何って、壊れたんだよ。店が。“今回”は地下から巨大な触手が生えて壊れたのさ。何だったんだアレ?」

「“今回”?」

「あんた知らねぇのかい? この店はよく壊れるのさ。大体、半年に二回。つっても、オレらが即直しちまうから、気付かねぇ人間も多いがよ」

「何故にまた?」

 店って、そんな頻繁に壊れないだろ。

 戦時中じゃあるまいし。

「何でだろうなぁ。周囲には被害がないのに、この店だけはよー壊れんだよ。こっちは竜が踏んでも壊れないように作ってんだが、何度やっても壊れるのなんの。なのに、店主も娘さんも傷一つないときてる。ここの飯が美味いから、神様が喧嘩して壊れてるんじゃねぇのって噂さ。確かに、ここの煮付けは絶品よ。特に夜に売れ残って味を吸ったやつな。それで、晩酌をチビチビやるのが楽しみでねぇ。おおっと、さっさと直さなきゃな」

 大工は仕事に戻る。

 っと、俺は大事なことを聞き忘れた。

「店主と娘はどこに?」

「魚人と一緒に海だ」

 はい、アウト。

 作戦白紙。

「どうなりまして?」

「少し歩こうか」

 腕に抱き着いた聖女様と歩く。特に目的地はない。

 胸の柔らかさと温かみを感じられないほど、俺はパニック状態だった。しかし、現状を伝えるところから始めないと、誤魔化しても何の意味もない。

「実は、人質にしようとしていた相手に逃げられた」

「はい、追いましょう」

 やる気だなぁ。

「海だそうだ。無理だ」

「はい、無理ですわね」

「てことで………」

「はい」

「うん、まあ………………」

「は、はい」

「すまん。何も思い浮かばない」

「………………」

 聖女様は、ひきつった笑顔のまま固まる。

 ここで俺に当たり散らさないのは、根っこの人の良さが表れていた。フリーズしているだけかもしれないが。

「ほんとすまん。だが、仕事はやり通す。でも、一個だけ考えておいて欲しいのは、本当に危なくなったら逃げることを迷わないでくれ。俺を見捨ててな」

「私、逃げるつもりは………」

「ダンジョンでも何でも、逃げて生き延びれば、またチャンスはやってくる」

「もしかして、【巨人殺し】様の経験則でして?」

「です」

 10年かかったとは言えないが、しかも解決方法が俺の努力とか関係ないときてる。

「わかり………ましたわ。どうしようもない時は、二人で逃げましょう。地の果てまでも! ですがいつか、必ずしやあの王女に復讐を!」

「いや………」

 復讐とかはちょっと違うような。

 え、俺も一緒に逃げるの?

「一度退いてから戦力を蓄え、レムリアを落とすという手も一つですわね! 向こうが卑怯にも権力を使うのでしたら、私もなりふり構っていられません。聖女の立場を生かして、毒婦ランシールのあることないこと吹聴しまくって、内外に敵を沢山作ってさしあげます! わ!」

 聖女様は、テンション高めに叫んでいる。

 落ち込むよりはいいけど、国を落とすとは大きく出たなぁ。

「ん?」

 路地の先に子供を見つけた。なんか今日は、妙に子供を見か――――――


 俺は、致命的なミスを犯した。


 普段通り、いつもの癖で、自然と路地裏に入っていた。狙われているのなら、人混みの方が安全だというのに。

 視界がパッと光る。

 足元が崩れて重力がなくなる。

 次は暗闇。

 ずっと闇。

 心地好くて出られなくなる。ず~っと死んだように眠っていたい。

「おい、起きろ馬鹿者」

「はぁ」

 だというのに、蛇に起こされた。

 自分の状態を確認。

 場所は路地裏、の湿った石畳に寝てる。右腕には温もりの欠片も残っていない。

 背後から一撃くらって俺は気絶、その間に聖女様は攫われた。

 そんなとこだ。

 警戒はしていた。していた、つもりだった。自分の無能さを軽く見ていた。不意打ちに全く気付かないとは、ほんと雑魚だな俺は。

「パイパイ聖女は攫われたぞ」

「見りゃわかる」

 起き上がると、後頭部がズキズキと痛んだ。胸の容器を確認、再生点はゼロだ。

 聖女様用の痛み止めをガブ飲みして立ち上がる。

 立ち上がったところではあるが、まず立たないと。

「おい蛇。俺って、見逃された感じか?」

「お前程度の冒険者、生かしたところで別に困らんだろう。死体が見つかった方が“こと”になると考えたのじゃろ」

「そうだな。その通りだ」

 壁を思いっきり殴る。

 皮膚が裂けて血が出たが、痛みはない。流石、ジュマの薬。

 このまま王城に乗り込んでやろうか? とてもだが、家に帰って健やかに眠れる気分じゃない。

「動けるな? 追うぞ。敵の居場所は、余がつけてやった。ありがたく思えよ」

「お前、時々有能だな」

「余はいつも有能だが? 背後から敵が迫っているのに、気付かない貴様は無能だが?」

「言えよ。敵に気付いていたならッ! 言えよ!」

「気付け! 男たる者、いつ如何なる時でも敵に備えよ!」

「はいはい、はいはいはい! どうせ俺は雑魚ですよ。案内しろ!」

「感謝せよ!」

「どうもありがとうございます!」

 肩に登ってきた蛇の案内で走る。

 道中ずっと喧嘩し続けた。すれ違った人に可哀そうな顔で見られた。

 たどり着いたのは、意外にも家の近くの倉庫。

「で、貴様!? 策は!?」

「ねぇよ!」

「だろうな! だから余が考えてやったぞ!」

「はいどうも! ありがとよ!」

「ちょっと声を抑えよ。敵に気付かれる。いやもう、気付かれた気がする」

「………………」

 早く言え。

「敵の数だが、頭目が一人。護衛が一人じゃ。伏兵はなし」

(少ないな)

 俺は小声で呟いた。

「その頭目も、貴様一人ならギリギリ倒せるやもしれん。ありゃ現役の冒険者ではない」

(問題は護衛か)

「その護衛がなぁ、うーむ。やはり縁か」

(は?)

「して策であるが、余が最後に見た時パイパイ聖女は、倉庫の真ん中におった。あの女と貴様には、今は絆がある………………やもしれん。短い間とはいえ、命の危機を預けた仲であるからな」

(また武器を出せるってことか?)

 聖女様は俺を忘れるだろうが、目玉を抉られて死ぬよりはマシだろう。

「………………」

(おい、何故無言になる?)

「………………いける! いけなかったら、死ぬがな!」

 今の俺の顔は、凄いしかめっ面だろう。

 しかし、

「他に何もないしな」

 賭けるものがあるだけでも、俺は幸運な方だ。

 俺は進む。

「ちょっと待つのじゃ。何も真正面から――――――」

「聖女様! どこだ!」

 倉庫の入り口を蹴破って、中に突入。

 正面に獣人の男がいた。

 木箱の上に座っている小柄な男だ。やたら大きな獣耳で、なんの動物かはわからない。腰には二本の短剣、真新しい革の鎧、冒険者らしい恰好だが、子供みたいに若く見える。

 獣人は加齢が顔に出にくいため、見た目から年齢がわからない。ガキかもしれないし、中年かもしれない。

「聖女様はどこだ?」

 で、蛇の報告と違い聖女様がいない。

「しまった。移動されたようじゃ」

 こいつ、ほんと。詰めがッ。

「驚いたな。どうやってここを突き止めた?」

「言うわきゃねぇだろ」

 男の声に、睨みながら返す。

「ん~? やっぱおかしいなぁ。あんた本当に【巨人殺し】か? ぼかぁ、人を見聞きする力だけは確かでねぇ。そいつでレムリアを生き残ってきた。【大耳のドレット】といえば、少しは名の知れ――――――」

「知らん! 聖女を返せ!」

 本当に知らん。

「ほーら、凄んでも気迫がまるでねぇ。そこらのゴロツキ以下だ。騙り? いや、他に目撃者もいる。魔法で誤魔化した? いやいや、そんな技持ってる人間にも見えねぇ。となりゃ、時間制限か、使い切りの力ってことだな」

 まっずい。

 まだ何もしてないのに手の内がバレてる。

「ってことは今は雑魚。ってことは………もういいからさっさとやっちまえ。借りた金の代金分は働け!」

 ズドン、と足に衝撃。俺の左脚を何かが貫いていた。

 槍だ。

 投擲用の細槍。

 背後の攻撃してきた相手を見て、痛みを超える衝撃を受けた。

「そりゃないだろ」

 そこには、両手に細槍を持ったウサギの獣人がいた。

 後輩だ。

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