<第二章:異邦人と文折の聖女> 【04】
【04】
治療寺院に到着した。
周囲に樽が並ぶ、古めかしい大きな三角形の建物。【雨名のジュマ】を信仰する治療術師たちの治療施設。
冒険者が最後に頼る場所であり、また、できれば行きたくない場所でもある。
開かれた入口から中に入る。
野戦病院を思わせるベッドの並び、治療にあたっているのは、フード付きの青いローブを身にまとった治療術師たち。
「本日は、どうなされましたか?」
近くの治療術師に声をかけられ、俺は早口で言う。
「連れの目が見えなくなって、毒の可能性が高く、それと彼女は崇秘院の聖女様で、政治的な面倒の可能性があって、できれば――――――」
「はい、奥へ」
俺の焦り具合を察して、個室に通してくれた。
命と治療は平等、というジュマの教義らしく個室といっても他と変わりなく、ベッドと治療器具があるだけの簡素な部屋。
担当してくれたのは、三つ編み眼鏡の二十後半くらいのキツイ目付きの女性。【雨名のジュマ】の教義により、ここの治療術師は、未婚の女性か、未亡人しかなれない。
この女性がどっちなのかは、考えないでおこう。
「ふむ、これは行き遅れの方じゃな」
肩の蛇が、自然と女性を値踏みしていた。後で締める。
「連れの目の治療をお願いします。毒なら解毒をお願いしたく、原因が別にあるなら特定と、そうでないなら色々と、あ、これは内密にお願――――――」
「診察した後で判断します。旦那様は、外で『神蔵品』を買って落ち着いてください。慌てられると気が散るので」
「はい」
外に出ようとする俺の手を、聖女様は放してくれなかった。
「俺は外で待機してるから」
「離れないでください。不安ですわ」
そりゃ不安でしょうが、相手はジュマの治療術師だ。
「どんな荒くれや無法者も、王族ですら、ここで滅多なことは起こさない。街中の人間に袋叩きにされるからな」
公の位こそ高くはないが、医療従事者は民草に守られている。死が日常の冒険者たちが、最後に命を預ける相手なのだ。尊敬と信頼がなければ、人手は増えないし育たないことを、皆が本能的に察している。
「でも………わ、わかりましたわ。何かあったら大声を上げるので、即、疾く、参上してくださいましね」
「わかったわかった」
手が離れた。
正確には胸が………………おしいとは今は、我慢。そんなこと考えてる時じゃない。
個室を出て外の樽の前に行く。
「おい、個室にまで通したのじゃ。多めに買っておけよ」
「お前、わかっているのか」
この蛇が、元冒険者なのは間違いないだろう。
ジュマの医療は無料なのだ。
ジュマには『命と金銭を絡めると、救える命も救えなくなる』という教義がある。とはいえ、当たり前だが、人は金がないと生きていけない。
しかし、寄付という形だと結局は金銭に行きつく。
というとこで、この樽にあるジュマの治療術師が作った『神蔵品』を、医療費替わりに買うというシステムだ。
これだけは、絶対にケチってはいけない。ケチった奴は、他の冒険者に後ろから刺され、再び治療寺院送りされ、原因に気付くまで入退院を繰り返すことになる。
「ジュマといえば、干しぶどうじゃな。余、酒瓶一杯食うぞ」
食い意地がはってただけか、こいつ。
「んん~待て待て、知らん物が沢山あるが?」
蛇は、俺から降りると樽の上を這いまわる。
子供みたいな蛇に説明してやる。
「昔は干しぶどうが貴重な甘味だったが、今の『神蔵品』といえば焼き菓子だ。蜂蜜クッキーに、卵ボーロ、バターケーキや、ラム酒で匂い付けした外はカリッと中はしっとりしたケーキ。一番人気は、ドライフルーツとナッツをぎっしり入れたパン。色んな果物のジャムも売ってるから、それを贅沢につけて食べるのが美味い」
「うむ、それ全部じゃ」
「ええっ」
「安心せよ、余が全て食う。全部じゃ」
「金が」
「個室を使ったのじゃ。銀貨くらい出せ。余なら金貨を出すぞ」
一理ある。
個室を使っているのだ、それ相応に『神蔵品』を買わないといらんトラブルになる。
「すいません、これ一通り買います」
「はーい、包みますねぇ~」
見習いの若い治療術師が、『神蔵品』全種類を麻袋に包んでくれた。
「全部合わせまして~銀貨2枚になりますね~」
俺の所持金、銀貨マイナス2枚となり、残り財産、銀貨1枚と銅貨4枚。これ、後で経費で落ちるよな? 一応、治療費の名目なんだし。
「ひゃっほー!」
俺が両手で抱えた麻袋に蛇が飛び込む。中から、蛇とは思えない咀嚼音が聞こえた。
周囲を見回し、人目の付かない路地裏へ。
「おい蛇、献上品くれてやったのだから知恵を貸せ」
「仕方ないのぅ」
クッキーを貪りながら、蛇は袋から顔を出した。
「俺に、あの女は手に余る」
「しかし、女の目玉を抉って金にするのは嫌じゃと? それを見て見ぬふりするのも嫌じゃと?」
「そうだ」
当たり前だ。
「それはどうしてだ?」
「どうしてって、そりゃお前、冒険者としての道理に反するからだ」
10年過ぎても擦り切れず、残っている倫理観でもある。
「ほほう、“冒険者は名声を求める者”というやつじゃな。古っ、カビが生えた言葉であるぞ。貴様古っ」
「お前よりも確実にわけぇよ。悪いかよ?」
「悪くはないぞ。正義をなすも、悪をなすも良し。だが、どちらも決して半端にはするな。半端な正義、半端な悪は、死に至る愚行じゃ。信念があるなら貫けよ。道がなくとも切り開いてこそ冒険者………いや、男の道だ」
たまに、まともなこと言うな。
ちょい性差別的な気もするけど。
「で、策は?」
「敵が王女なら、貴様のような者ができることは少ない。降参か、逃亡じゃ」
「夢も希望もないのだが」
冴えた答えはないのかよ。
「あるわけなかろうが、統治者に逆らうのだ。それ相応の武力がなければ話にならない。最低でも国崩し、最良は民が名前一つで震えあがるほどの名声。どちらも貴様には………ない!」
ない、ない、ないないないーと、路地裏に蛇の声が響く。
「わかりきっている。だからこそ、知恵を貸せと言っているんじゃないか」
「うむ、実は一つ余が気になることがある」
「なんだ?」
前置きだったのかよ。
「聖女の護衛を依頼してきた人物じゃ。何者か?」
「元冒険者で、今は飯屋の女主人だ。経歴は不明。現役の頃の二つ名も知らない」
「その飯屋、裏の繋がりは何か聞いたことはないか?」
「裏って、考えたことは………」
美味いが、所詮は飯屋だし。
「些細なことでもよい。常連客に一角の人物はいないか?」
「一角どころじゃねぇよ。あの店の常連は、現役や引退した奴も含め、有名どころの冒険者ばかりだ。それに料理人のシグレは、城に招かれて国賓相手に料理も………………あ?」
俺、気付いた。
「気付いたか。その飯屋、王女と縁があるぞ。主人が男なら断言できるのだが、女となるとな。ふーむ、その王女とやら歳は幾つだ? というか、そもそも伴侶は?」
「ランシール王女は未婚だ。子供もいない。男の噂もない。歳は確か、この国が建国した年に産まれたって聞いたから、少なく見積もっても三十後半か?」
「そんな女盛りの熟れた体に、男がいないとは考えにくい。しかも、王女じゃぞ? 余なら遊ぶな。バンバンじゃ」
はいはい、おじいちゃん。自慢話は後でね。
「てことは、王女は女好きってことか?」
「そうれはまぁ~ありえなくはないな。それなら飯屋と王女の線が濃くなる」
「よし。………で、どうする?」
「何が“よし”じゃ。考えなしめ」
「考えがあるなら、お前に頼らねぇよ」
「城に乗り込むのは無理じゃ。だが、飯屋に乗り込むのならどうだ?」
「客としてなら」
「うむ、元冒険者の女主人は貴様にはキツかろう。だから、娘の方を狙え。攫って聖女の件を交渉せよ」
「交渉?」
「謝罪じゃな。色んな勘違いを、あの聖女に謝罪させよ」
「上手く行くのか?」
縁者を攫われた王族と交渉って、サクッと二人とも殺されて終わりそうだが。
「やるしかあるまい。王女の器次第じゃ。どのみち、武力では逆立ちしても勝てぬ」
「………………」
妙案には程遠い。とはいえ、俺はノープランだ。渋々、一応、これで行くと決める。
治療寺院に戻り、聖女様の様子を見に行った。
「どうで―――」
「遅いですわ! どこに行っていたんですか!? 心細いですわよ!」
怒られた。
ブンブン手を振る聖女様の手を取る。
「奥様、落ち着いてください。旦那様も来たので、症状の説明をさせていただきますね」
なんか、夫婦扱いされてないか?
否定するのも面倒なのでスルーするけど。
「奥様の目は、【蛇眼症】ですね」
「ヤブめ。【竜眼症】ぞ」
蛇はちょっと黙ってろ。
「突発性の奇病ですが、眼球が変化する以外は特に症状はありません。視力は明日にでも回復するでしょう。三日後また来てください。痛みがありましたら、痛み止めの水薬を出しますのでそれを。一日一瓶、飲みすぎには気を付けて下さい。以上です、何か質問は?」
「このことは、他の誰にも言わないでくれ」
「当たり前です。ご家族以外には、患者さんの症状は伝えません」
「ありがとう。では、三日後」
生きていたら。
痛み止めをもらい。腕に抱き着いた聖女様を連れて外へ。
確かにこれ、カップルのように見えるかもしれない。当の二人は、それどころじゃないのだが。
「策が見つかった」
「本当ですの!?」
一旦路地裏に移動して、作戦を話す。
「聖女様的に、人を誘拐して王女を脅すとかはありか?」
「聖女様的には、完全に駄目ですわ」
駄目かぁ。
でも、強行するが。
「ですが、ハティ的にはオーケーです。やりましょう。命狙われているのに、綺麗ごとなんて言っていられませんわ!」
「あ、はい」
あなた本当に聖女様?
再び、【冒険の暇亭】に。
が、
「がっ!?」
「が?」
俺の悲鳴に、聖女様は首を傾げる。
「おーう。これは見事に真っ二つじゃな」
蛇の感想通り。
なんと、【冒険の暇亭】は真っ二つになってぶっ壊れていた。
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