<第二章:異邦人と文折の聖女> 【03】


【03】


 蛇は語る。

「【竜の瞳】という宝石がある。手にした者は竜の縁者となる、と伝えられる秘宝じゃ。で、この女の目。これは【竜眼症】という病でな。眼球が蛇のように変わる奇病である。これを摘出して加工すれば、【竜の瞳】の贋造となる。元が秘宝となれば比較もできぬ故、高く売れる。城一つ買える額じゃ。これで貴様の懐も―――むぎゃ!」

 俺は、無言で蛇を握り締める。

(女の目玉を抉れって言ったか? 俺に?)

「言っておらん。早とちりするな。余は、目敏い者から隠すためにも――――――」

(関わる人間を少なく、って言いたいのだな)

「そうじゃ」

 まいったな。

 俺には、信用できる人間がいない。

 先ず相談すべきは【冒険の暇亭】のソーヤだが、あの女が大金のために、他人の目を抉らないかと聞かれたら………………わからない。

 大金のためなら、この街にいる全員が女の目玉くらい抉る、と思う。そうでない者もいてほしいが、俺にはそういう人間とそうでない人間の区別がつかない。

 人を理解しないで生きてきたツケだ。

「あの、どうかなされました?」

「あ、いや。すぐ治療寺院まで行こう」

 彼女は、俺の右腕に抱き着いてきた。人間一人分の重さを感じる。

 でっ、デカイ。

 腕が胸に埋もれる包まれる。精神がかき乱される。色々と考えなきゃいけないことがあるのに、何も考えられない。

 通り過ぎた子供に、変な顔を見られたかもしれない。

 呼吸を止め、平静を装い、なるべく人目の多い場所を避けて治療寺院に行く。

「おい、貴様。パイ聖女から情報を引き出せ。病の原因、心当たり、発症するまでの間“何をしたか”、“誰と接触したか”、この街に来た理由もな。聖女様なら、【託宣】を受け取っているはずじゃ。それも聞け。護衛として聞く理由はあるじゃろ?」

 蛇が、まともな指示を出してきた。

 こいつ時々まともだな。

「聞きたいのだが、護衛として、幾つか」

「はい、どうぞ」

 聖女様を気遣いながら路地裏を歩く。カビとベタっとした湿気の中、良い匂いがする。この聖女様、一々俺の精神を乱してくる。

 先ず、何からだっけ?

「病の原因じゃ」

「そう、目の病気の原因。心当たりはないか?」

「心当たりですか………長い船旅の後、港から馬車で城に直行し、王女の謁見。原因は、船旅でしょうか?」

「うーむ、王女とやらに何か失礼をしたか聞け」

 蛇に言われ聞く。

「王女との謁見で何かあったか?」

「【巨人殺し】様。これは、あなたにも危険が及ぶかもしれませんが、聞きますか?」

「男なら聞くじゃろ」

「聞く」

 蛇に言われるまでもなく。

 俺の人生はどん底だ。失うモノなんてないし、今更身の危険くらいなんだってんだ。

「実は、私は、この国の先王。【冒険者の王】こと、レムリア・オル・アルマゲスト・ラズヴァ様の隠し子です」

「おぶっふ!?」

 蛇が謎に吹き出した。

 俺は、かなり冷静である。

「確かなのか?」

 王族の騙りというのは、ポピュラーな詐欺である。

「レムリア王の統治時代、母は取引相手であったレムリア王と何度も逢引きして私を身籠ったと聞いています。王の子を示す、秘石の欠片も所持していますわ」

「聖女の名前にある。【ヘルズ】とは豪農という意味じゃ。成金農家が、金で聖女の位を買ったのじゃろうか?」

 蛇のいらん注釈が差し込まれる。

「聖女様、実はな――――――」

「ハティとお呼びくださいまし」

「ハティ様、実は、レムリア王の子を名乗る人間は滅茶苦茶多い。冒険者20人くらいに適当に話しかけたら、レムリア王の子と遭遇できる」

 しかも、多種多様な種族で。

 冒険者たちも最初は驚いていたけど、最近は『あーはいはい、またね』くらいのリアクションだ。何なら最近は、レムリア王の孫すらいる。

「嘘でしょ。あ、いえ」

 急に素っぽい反応をされた。

「で、でも、でもですわね。私には秘石の欠片が」

「………それもあるんだ、沢山。レムリアの子の、秘石の欠片を全部集めたら、大鐘一個分になるほど大量にある。それに秘石についてはもっと残念なことがある。ドワーフが構成物を解析して、本物と同じ秘石を作り出した。どこの商店でも土産で売ってる。レムリアの秘石、一個金貨5枚」

「は、はわっ」

 バランスを崩したハティの肩を抱く。

 気の毒に。

「先王は、相当に手広い男だったらしいな。今となっては、騙りと真実が混じり合って、詳細がわからない状態だ」

 つまり、『レムリア王の子』は、よくある苗字くらいの認識である。

「わた、私、やらかしてしまいました。かも、ですわ」

「何を?」

 ハティは、真っ青な顔で言う。

「ランシール王女は、獣人かつ女性の王ということで、大変なこともあるでしょうから、ものすごく上から目線で『国の統治に協力してあげますわ』と、宣言しました。かなり大きな声で。はい、どうしましょ」

「余なら、即暗(殺)じゃな。最低でも盛るな」

「盛るかぁ」

「盛るとは!?」

 ランシール王女の黒い噂は沢山ある。

 暗殺、毒殺、謀略、失踪、事故、不審死。

 元々、獣人かつ女性ということで敵が多い。この世界の政治や統治は、男の世界なのだ。しかも、滅んだ最大国家は獣人を虐げて繫栄していた。獣人に対する差別意識はいまだ根強い。

 そんな中、十数年この国を支配してきた王女様が、正しいことだけで人を統治できるはずがない。

 色々と隠せない噂が下々にも流れた。

 しかし、不満よりも感謝が多いのが現実。結局のところ、バランスなのだろう。統治とはそんなもんだ。

「王族の騙りが、本物を前にして無礼を働く。翌日不審死、もしくは失踪、毒殺も十分ありうる」

「では、この目は毒ですか?」

「可能性はある」

 どうだ? と蛇を見た。

「あるじゃろうな。門外不出の毒を、奇病と誤認することはよくある」

 王族とあれば、色んな毒は持っているだろう。そのうちの一つが、蛇の言う【竜眼症】を引き起こすものなら………そんなことより、やっべぇぞ。

 この聖女、ランシール王女に狙われている?

 目は手始め。

 欲に駆られた奴らに襲われて死ねば良し、それで駄目なら絶対次がある。

「と、とりあえず。治療寺院だ。毒なら治療術師の腕次第でなんとかなる。その後、国を出よう。船に乗ってしまえば、流石に手は出せないだろう」

 治療寺院も怪しいが、もう見えてきた。

 王女の手が回ってないことを祈るしかない。それよりも、全部俺の考え違いであってほしいと祈る。

「いえ、駄目です。私はこれでも聖女、受けた【託宣】を果たすまでは街から出られません」

「その【託宣】ってのは、命よりも大事なのか?」

「はい、かなり」

 ハティは、オドオドしてたと思えば、急に腹をくくった表情になる。

「差し支えなければ、【託宣】とやらの内容を教えてもらえるか?」

 俺みたいなもんでも、命を賭ける理由は知りたい。

「“東の果て、古き船の元、冒険者の王が封じた巨悪が蘇る。”というものです。王女にも伝えたのですが、眉一つ動かさず聞いておられましたわ」

「伝えたのは、『国の統治に協力してあげますわ』って、言う前か? 後か?」

「後で………」

「ああ、うん」

 キレながら聞いていたのだろうな。たぶん。

 俺の手に余る。

 だだ余りだ。

 何とかなるのか、これ?

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