<第二章:異邦人と文折の聖女> 【02】
【02】
店を出てしばらく歩いていると、
「きっ貴様ッ! 次投げたら、齧り付いてやるからな!」
水路から出てきたツチノコと遭遇した。
痩せて元の蛇に戻っている。
「お前こそ、次に俺の許可なく“あんなこと”したら殺すぞ」
「武器が欲しいのは貴様じゃろうが!」
「それはそうだが、順序ってものがあるだろ!」
やば、子供に見られた。
この蛇、他人には見えないから、俺が一人で叫んでる変人に思われる。
「で! 貴様! 次はどうするのじゃ! なんかあったのだろ! 余、わかるぞ!」
「うるせぇ」
肩に登ってきた蛇が叫ぶ。無視してもうるさいので話す。
「護衛の仕事が入ってきた」
「ほほう。それは役得じゃな」
「役得?」
「護衛というのは、冒険者の仕事において人脈を広められる大事な仕事じゃ。気を張って務めるがよい」
「気を張るのも遣うの面倒なんだが」
相手が偉い立場の人間だと尚更。
「貴様、新人冒険者の研修とかやっているのじゃろ? なんでそんな人と関わるのが苦手だ?」
「やったけど、右も左もわからん奴らは真面目に話を聞いてくれる。聞かない奴は、大体豚の餌だし」
「貴様、立場がないと人と話せんのか?」
「俺は、立場がないと人と話せないのだ」
偉い人が相手だと、委縮するだろ。
「こ、小者じゃ。こいつ小者じゃ」
「そんな小者としか契約できてないお前が言うな」
「ぐぅぅう。一番痛いところを」
言って気付く。
契約、しているのだよな? 人が神の力を行使するには、契約が必要だと小耳に挟んだ。
俺ら、それ明言化してないよな?
「俺とお前の契約ってなんだ?」
「貴様は余に尽くす。余は貴様に力をやる」
「代償ありきだろ。そうじゃなくて、大きな意味で」
「大きな?」
「なんかこうあるだろ? お前が本当に神なら教義的なもんが」
「おお~確かにそうじゃな」
蛇は急に静かになった。
「………………」
「………………」
長い沈黙が流れた。目的地まで、もう少しの距離に近付く。
「考えておく」
「ないのかよ」
大事だろ。
「やかましいのぅ。そもそも、教義を考えるのは信徒の仕事じゃろ」
「それはそうだな」
神の本質な気もする。
「貴様は黙って余を崇めよ」
「だったらもっと、俺に武器を寄越せ」
「だったらもっと、人と関われ。名声を得よ。悪名を轟かせよ。『糧なくば何も育たず』だぞ」
「ぐぅ」
急に正論を言う。
関われって言われても、俺の冒険は一人でやるもんだし。他人の力なんて………いや、それを言い出したら蛇の力借りてる時点で色々と矛盾するのだが、それはそれ、そこはそこ、ケースバイケース。
悶々としていたら、城が見えてきた。
城って感じの城。割と最近建てられたものらしい。俺には全く縁のない場所。
「でもなぁ人が――――――」
「だからオレらが――――――」
何やら騒がしい。
四人の冒険者に絡まれてる女性がいた。
普段なら、素通りして憲兵に報告だが、城の近くかつ女性。これはありうる。関係ありうる。
「おい、女が絡まれておるぞ。助けに行け」
「そういう倫理観はあるのな」
意外。
「当たり前であろう。女を口説くチャンスじゃぞ。しかも、勝っても負けてもいける。行かぬ理由はない」
「下心しかねぇ」
まあ、行くけどさ。
折れた剣しか持ってない俺が、冒険者四人に勝てるわけないけど。
「あの、人と待ち合わせをしていまして。ありがたいですが、困りますわ」
「オレらが一緒に探してやるって。あんた、そんなんじゃ大変だろ?」
「ですけど」
絡まれていたのは、20くらいの若い女性だ。
通った鼻梁、麦の穂のような長い金髪、困ったような笑顔を浮かべて目を閉じている。
して、格好が少し変わっていた。
仕立ての良い旅用のローブを身にまとっている。ゆったりとした白いローブなのだが、その上からベルトを何本も巻いており、ボディラインが強調されていた。特に、大きな胸とか尻とかが、肉感的にエロく。被虐的な衣装にも見える。
正直、この体で聖女はないだろう。
変わった宗教の巫女さんだろうが、自然と助けるべく体は動いていた。男とは、かくも単純な生き物なのだ。
「お前ら、その人が困っているだろうが」
『あ゛!?』
一斉に振り向かれた。
あ、怖。
体格も装備も俺より上。普通に勝てないわこれ。
「オレらが、困ってる女性を困らせているように見えんのかテメェェェ!」
「おうおうおうおう!」
「いい度胸だこの野郎ォ!」
「どの顔見て言ってんだオラァァァ!」
こうもわかりやすく威嚇されると逆に冷静になる。
だが、勝算があるわけではない。
「大体オレらは、迎えの人間が来るまで、この聖女さんを守ってやってるんだぞ。それをテメェ。まるで暴漢みたいに見やがって、この野郎」
「迎え? 聖女?」
あ、はい。
当たりです。
「俺は、『冒険の暇亭』のソーヤから依頼を受けた者だ。崇秘院の聖女様は、あなたで間違いないだろうか?」
「はい、間違いございません。私です、私」
女性は両手を上げる。
ギロッと、冒険者四人に睨まれて言われた。
「護衛ならもっと早く来いよ!」
「オレら心配しちゃっただろ!」
「こんな状態の女性を一人にしてんじゃねぇよ! 危ないだろうが!」
「じゃな! 気をつけてな!」
プンスカ怒りながら、彼らは去って行った。
普通に、良い人たちだった。
「ごめんなさいですわ。すみません。なんか」
「いや、遅れた俺が悪かった………です」
女性は、手を差し出し言う。
「私は、ハティ・ヘルズ・ミストランド。崇秘院第十九聖女。【文折の聖女】と呼ばれています、です」
蛇がぽつりと呟く。
「この体で聖女はないじゃろ」
ぐ、嫌なシンパシー。
「俺は、【巨人殺し】とか最近言われるようになった冒険者だ、です。割と普通の、冒険者で」
「緊張するな、馬鹿もん」
やかましい。
差し出された手を、俺は少し横に移動して取った。柔らかい女性の手だ。無駄に動悸が激しくなる。
「よろしくですわ。【巨人殺し】様。早速ですが街を案内して頂きたく、はい」
「あ、はい。どこへ?」
「治療寺院まで、お願いしますわ」
ん?
「急に眼が見えなくなりまして、困りましたわぁ」
は?
虚空を見る聖女様の瞳は赤く、蛇のような縦長の瞳だった。
蛇が言う。
「おい、貴様。治療術師に知り合いはいるか?」
俺は指を一本立てた。
一人だけいる。
「なら、貴様の家にそいつを呼べ。治療寺院には連れて行くな」
無理だ。
女性なのだ。【冒険の暇亭】の常連で、お互い顔を知っているだけの仲。いきなり家に呼べるわけがない。
俺は、小声で蛇に言う。
(何か問題なのか? なら依頼主に言って協力を)
「駄目じゃ。関わる人間は少ない方が良い」
(どうしてだ?)
蛇は、悪そうに口元を歪めた。
「この女、金になるぞ」
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