<第二章:異邦人と文折の聖女> 【01】


【01】


「貴様の一番の問題は金じゃな、金。何をするにも先ず金。いつの世も金じゃ」

「ほーん」

 ツチノコの言葉に相槌を打ちながら、俺は露店で軽食を買う。

 名前のない適当なサラダ、銅貨一枚。

 煮豆に塩と酢と油をかけて混ぜる。上に薬草をこんもり盛り。追い酢と塩をかけて完成。

 皿代わりの防腐用の葉っぱから直食いするのが、スタイルだ。

 もしゃもしゃ馬になった気分で食す。自分が人だと思うから草が不味く感じるのだ。

 酢と塩味の後、独特な清涼感が口に広がる。豆は新鮮だが、ただ煮ただけの豆だ。味は何もあってないようなもの。

 元々味は期待していない。ただ薬草をとりたかったから買った。

 この薬草、食うと何故か再生点が微量に回復する。冒険者に成り立ての頃、『とりあえず薬草を食え』と教えられ守っている。

 実際、この薬草はかなり万能だ。

 貼れば湿布、煎じれば鎮痛薬、焚けば匂い消し。こうして直食いすれば再生点回復プラス水分補給に、歯磨き代わりにもなる。

 ここまで万能だと、合法なのか怪しく感じるほど。

「早速、無駄遣いをするな!」

「薬草だぞ。大事だろ」

「そんな草を食うくらいなら、娼館に行け。金を借りてでもいけ。再生点の回復には、それが一番手っ取り早い」

 娼館にお勤めの方々は、再生点を回復する術を持っている、らしい。詳しくは知らない。縁も金もないので。

 さておき、しょうがない。

「一枚やるよ」

「いらん」

 ツチノコは、首を動かし葉っぱから逃げる。

「欲しいんだろ?」

「いらん、マジでいらん。草なんぞ誰が食うか」

「偏食だな。蛇の癖に」

 まあ、蛇は偏食か。

「大体、草であるぞ。草。人は草にあらず」

「じゃ、何を食うんだよ?」

「酒とパン。パンは白いやつじゃ。余は白いパンしか認めぬ」

「黒いパン。俺は好きだぞ」

 確かに、主流は白いパンだ。しかし、昔ながらの黒いパンも売っている。

 古い段ボールみたいな歯ごたえと、鼻につく酸っぱさを無視すれば食えなくもない。そして、黒い方が圧倒的に安い。俺の顔より大きくて、銅貨一枚で買えてしまう。白いパンは拳大で銅貨一枚だ。

 いかんともしがたい値段の差、俺が黒いパンを愛する理由だ。

「黒いパンは奴隷の食い物じゃ。冗談でも好きなどというな。冒険者としての格を落とすことになる。わかったな?」

「お、おう」

 真面目なトーンで怒られて、思わず頷いてしまう。

「あと、葉っぱもな! そんなもんウサギにでも食わせておけ!」

「健康に良いんだって」

 薬草をもしゃりながら、水路沿いの道を歩く。

 そこの水路は、街の中でも念入りに清掃されている水路であり、ちらほらと憲兵の姿もある。ゴミの一つでも投げようものなら、骨の一本は覚悟しなければならない。

 と、憲兵に睨まれたので、サラダを全部胃に入れて、葉っぱもポケットしまう。

 水路の途中には変わった意匠が施された噴水があった。

 そこで休んでいるのは、魚人族だ。

 男性は、銛を担いで腰には海藻の腰ミノ。背ビレやエラはあるが、目は人と変わりない。

 女性は、上半身は美しい人そのもの、下半身は魚。そして歌が上手い。聞いた吟遊詩人が、自信を失い鬱になるくらい上手い。

 彼らは、海産物を街に納めた後、この辺りで休憩して海に帰る。こうも魚人が街中にいる国はここだけだそうな。

 人魚は眼福なのでありがたい。

 たまに歌も聞かせてもらっている。無料で。

「おー? なんじゃ魚人に土地を貸しているのか?」

「静かに、静かに」

 やめろツチノコ。デカイ声で。

「あんな他種族に街中でデカイ顔させておるとは、この国の統治者は何をしているのじゃ?」

「聞こえるだろっ」

 憲兵に折られる! それか魚人に沈められる!

「安心せよ。余は貴様にしか聞こえぬ、見えぬ」

「は?」

「余は貴様と出会うまで、54人に声をかけ姿を現したが、余の存在に気付かなんだ」

 すれ違った憲兵は、俺を可哀そうな目で見ていた。

 本当に、こいつって他の人間に見えてないのか。あれ? ますます神じゃない気がする。

 この世界の神は、信徒や眷属じゃない他人でも触れ合って声が聴ける。そういう“おおやけ”な存在なのだ。

 変な不安に汗が噴き出た。

 実は俺、気が狂っていて幻覚でツチノコを見ているとか? だが、【冒険者の父】の剣が説明………いや、あれはもう消えた。

 いやいや、巨人は倒したはず。

 え?

 俺、本当に巨人を倒したのか? あれ全部、妄想?

「なんじゃ、その変な踊りは?」

 お前のせいだッ!

 あと、この踊りは自分を落ち着かせようと必死に慌てているだけだッッ。

 深呼吸、深呼吸だ。

 俺はかなりパニック状態だ。落ち着いて落ち着こう。思いっきり叫びたいけど、場所が良くない。

「ん~なんか余、この店記憶にあるなぁ。あれ違うか?」

 目的地に着いてしまった。

 真新しい二階建ての飯屋。外のテーブル席が二つ。中に三つ。カウンター席が六つ。外観よりも客席が少ないのは、店の敷地の大部分をキッチンが占有しているからだ。

 軒先の看板には、黒猫と共に【冒険の暇亭】と店名が書かれている。

 まだ軽いパニックだが、ここで引き返しても無意味なので店に入る。

「いらっしゃませー」

「あ、ども」

 ここのコック兼、看板娘が俺を出迎えてくれた。

 猫の獣耳、黒髪ショート、小柄でスレンダーな体、メイド服みたいな白黒のエプロンドレスに身を包んでいる。少し冷たく感じる美人さんだが、少し言葉を交わせば年相応に幼さが残る少女が出てくる。

 彼女は、シグレ。【奉炎のシグレ】という二つ名を持つ、街一番の料理人だ。

「冒険の帰りですか? おかえりなさい」

「いや、帰りは昨日で、弁当箱を返しに」

 小脇に抱えていた弁当箱をシグレに渡す。

 それを受け取ると、シグレはエプロンドレスのポケットから銀貨を取り出す。

「はい、確かに。銀貨お返ししますね。冒険お疲れさまでした」

 俺は、貴重な銀貨を返してもらった。

 この店の弁当は割と高い。大体、銀貨2枚。だが、この円柱型の重箱を店に返すと銀貨が1枚戻って来るのだ。

 頑丈な容器だから、銀貨1枚の価値はある。なんせ、冒険者が原型を留めない死体になっても、この弁当箱は残るのだ。それに、購入者の記録は弁当箱のシリアルナンバーと一緒に残しているので、死体の身元確認にも使える。

「んあ~」

 肩のツチノコが、何を思ったのか急に、シグレに向かって口を開いた。

「………ダメか。何もでんな」

「ふっ」

 店の戸を開くと、ツチノコを水路にシュートした。

 いきなり、こいつ、マジで、ほんと。

 仮に出たらどうするつもりだったんだ? いや、別にショックは受けてないが、ないが!?

「大丈夫ですか?」

「すいません。ちょっと疲れが」

 急な奇行で、シグレに心配されてしまった。

「少し休んでいきます? 今、暇ですから」

「いえ、帰ります」

 スーパー疲れた。

 主にツチノコのせいで。

「あ、おーい」

 帰ろうとしたら、奥から声と共に人が出てきた。

 目付きの悪い眼鏡、隻腕で白髪のポニーテール、パンツスーツに黒猫の描かれたエプロンをかけている。歳は三十くらい。痩せ型なのに胸の大きな擦れた美人だ。

 ここの女主人、ソーヤ。

 元冒険者で、たぶん同郷だ。

「丁度良かった。【巨人殺し】」

「【巨人殺し】?」

 ソーヤに言われて聞き返す。

「いや、お前のことだろ。9階層の巨人一人で倒したって少しだけ話題になっていたぞ」

「あ、あ~」

 誰かに言われた気がする。あの場にいた誰かが広めたのか。

 って、良かった。俺、巨人倒してた。

「長かったなぁ。ようやくお前も、冒険者として進んだわけだ。まだまだ新米冒険者だけど」

「え、おかーちゃん。先に言ってよ。お祝いしなきゃ」

 シグレは喜んでくれたが、お祝いとかされたら俺は困る。慣れていない。

「そりゃ後でいい。で、【巨人殺し】。やっと頭角を現したお前に僕から仕事をやろう」

「仕事?」

 飯屋なのに? あ、元冒険者なら付き合いで仕事を持ってこれるのか。

「次女の同業者でな。今、ランシール王女と謁見中のはずだ。滞在中の観光案内と護衛をしろ」

「護衛か。襲われる理由あるのか?」

「ないない。なんせ相手は、崇秘院に選ばれた聖女様だ。そういう人間だから、形式的に護衛を付けなきゃならない」

「聖女様………」

 街中で襲われるような人物ではない。

 俺程度の冒険者が関わっていい人間ではない。てか、女性だ。むっちゃ気を遣う。やだ。

「断――――」

「報酬は金貨20枚だ。支払いは、仕事の完遂後になるが」

「――――――やる」

 断りかけて了承した。

 金の魅力には勝てなかった。

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