<第一章:異邦人と蛇> 【03】


【03】


「蛇どこだ! どうなってる! おい、ハゲ!」

「誰がハゲじゃ、この野郎!」

 蛇のいた路地裏まで全力疾走し、クレームを入れた。

「お、おれ、おろ、おおおおお、お、おおおおおれええ、おれええええええ………折れたぞ! 剣!」

「落ち着け、小心冒険者。それと余はハゲではない。蛇の体でフサフサだったら気持ち悪いだろうが」

「そんなことはどうでもいい。折れた! 消えた! どうなってんだ!」

 俺は、完全にパニック状態だった。

 そりゃ先の見えない冒険稼業、10年目に射した光明が即折れたのだ。誰でもこうなる。

 しかも、ここに来る途中で夢のように剣は消えた。当然、あれを振るっていた時の力もない。欠片も、跡形もなく。

「折れるに決まっておろう。あの剣は、数ある【冒険者の父】の武具の内、“積年の宿敵を倒した後、折れた剣”であるからな」

「はぁ!?」

「おっと、貴様から【名声】の匂いがするな。つまりは、なすべきをなしたのだろう? あの剣で。十二分に余の力は働いたということじゃ」

 続けて蛇はもの凄い小声で、

(………正直、余もできるとは思わなんだけど)

 と呟いた。

「聞こえたぞ!」

「やかましいな! 奇跡はあったのだろ! 凡冒険者の癖に、人並み以上の【名声】を得たのだろ!? なーにが不満なのじゃ」

「でも、折れただろ!」

「じゃ、次を使えばよかろうが」

「あ、なるほど」

 また【冒険者の父】の剣を出してもらえばいいのか。

 俺は、すんっと落ち着いた。

「だが貴様は、散々余に失礼をかましてくれたからなぁ。立場をいうものを教えてやらねばならぬ。とりあえず跪け。崇めよ。供物もよこせ。余、神であるぞ? ………たぶん」

「フっ」

 跪けだ? 笑ってしまう。

 ドン! と俺は土下座をした。ひれに平伏して頼み込む。

「お願いします! 新しい剣をください!」

 額で路地裏の石畳を磨く。

 懐かしい土下座だ。

 昔のレムリアは治安が悪く、俺はこれでよく命乞いをした。

「うわぁーひくわー。余、ひくわー」

「好きなだけひけ! そしてくれ! ギブミーパワー!」

「恥の欠片もない。ちょっと考えさせてもらってもいいか?」

「なんだと、この野郎! 俺の土下座を返せ!」

「返せるか、んなもん」

「てめぇ蒲焼にするぞ!」

「焼くとはなんじゃ! なんか、ちょっと昔を思い出しかけたぞ!」

「よこせ! よーこーせー!」

「余、悲しくなってきた。こんな奴しか配下がいない現実に。でもしょうがない………我慢するしかないか」

 誰が配下だ、と思ったが黙る。

 蛇は口を膨らませ――――――

「ちょっと待った」

「なんじゃ?」

「その、武器の出し方って他にないのか? ほら、一応神なんだろ? 威厳というかなんというか、仕える俺としても、なんかそういうの欲しい」

 正直、気持ち悪い。信仰できない。

「ケツからの方がいいか?」

「口で我慢します」

 ケツだけは勘弁しろ。

「では………うぇ、お、オロロロロッ。ん? お、おおろ………………おろ?」

 蛇は何回かえずき、首を傾げた。

「うむ、でない。不思議じゃ」

「お手伝いしましょう」

 俺は蛇の尻尾を掴むと、激しくシェイクした。

「ぎゃー! やめろぉぉぉぉ!」

「ほら、出せ。さっさと出せ」

「別のもんが出るわ! やめんか!」

 仕方ないので止める。

「どういうことだよ?」

「そもそも、最初に武器が出たことがおかしいのじゃ。もしくは、理由がある。と、余は思う」

「出たことがおかしい、って」

 どういうことだ?

「“名を残した冒険者の武器を吐き出せる。”これが余の力だろう。だが、その代償はなんじゃ? 貴様、何を引き換えに【冒険者の父】の剣を手にした?」

「え、無料じゃなかったのか?」

 もしくは、初回無料だった? もしや、売人が最初だけ無料にして依存したら金ふっかけるアレか?

「神の御業は必ず代償が伴う。例えば魔法使い共、あやつらは【知識】を糧に、かつて神が起こした現象を、この世に再現している。神が人だった頃の所業、善行、悪行、秘匿、秘儀。神への造詣が、神を世に再臨させるのじゃ。それを【信仰心】などと呼んでいるのは、笑えるの皮肉じゃな」

「おう、そうだな」

 知らんけど。

「で、貴様は何を代償にした? 【冒険者の父】であるぞ。並の代償ではないはずじゃ」

「さっぱり思い当たらない」

 そもそも、俺には何もない。

 頭を巡らせるが、一番高価で価値があるものはマントくらいだ。それでも、売ったら金貨一枚にもならない。そもそも、失っていないし。

「貴様、子供は? 恋人は? 親は? 仲間は?」

「いない」

 仲間は一人いたが、今はもういない。

「ううーむ。貴様が代償を払えぬのなら、貴様の縁者に行くはずだが」

「なんだそりゃ」

 俺じゃなく縁者に行くとか、まるで悪魔の所業だ。

「落ち着け、縁者に心当たりがないとなると………例えばであるが、貴様が余の血縁とか? もしくは【冒険者の父】の血縁であったとか?」

「それは絶対にない。俺は異邦人だ。他所の世界の人間だ」

 元の世界にすら縁者はいないのに、ここにいるわけがない。

「ますます、わからんぞ」

 蛇は、とぐろを巻いて考え込む。

 俺も、座り込んで腕を組み考えてみる。うむ、何も思い浮かばない。

「些細なことでもよい。貴様の日常に変化はなかったか? 冒険の後じゃ」

「あ………」

 一個だけ、微かな変化があった。

「日常ってほどでもないが、後輩が俺のことを忘れていた。ような? 知らんふりされただけかもしれないが」

「どんな後輩だ? 男か女か? 冒険者か否か? 貴様との関係は? 肉体関係はあるのか?」

 まくしたてられても、シンプルな関係でしかない。

「先輩と後輩の仲だ。俺が研修をした。あ、飲みにも行った。今日の朝一回だけ」

「サシで飲んだのか? 他に人がいたのか?」

「サシだが」

「で、抱いたのだな」

「抱いてねぇよ!」

 そういうんじゃねぇよ。

「アホか貴様。女が男とサシで飲むとか、『抱いて』という意思表示に他ならないぞ」

「んなアホな」

 この蛇、古いおっさんの思考だ。

「アホは貴様だ。念のために聞くが、どんな酒の飲み方だ?」

「俺は、あんま好きじゃないからコップ半分くらいを――――――」

「女の方じゃ!」

 そんな怒らなくてもいいだろ。

「俺の金で、潰れるまで飲んでたけど………」

「アーホーかッッ! アホ! アホアホ! それもう股を開いているのと同じであるぞ! むしろ、そこまで女にやらせて抱かぬとか、女が覚悟して開いた股を閉じるのと同じ! 貴様、背中から刺されても誰も同情せぬぞ!」

「股々言うな! エロ蛇が!」

「言っておくが、余はモテモテだったからな。なんとなく思い出した。それはもう、女はとっかえひっかえじゃ。なんせ、女の気持ちを汲み取れないアホでは………………よし貴様、余を掴むな」

 本気で壁に叩き付けてやろうかと思った。

「大体な、飲みに行った女に忘れられるって、なんだその代償」

「本気のアホであるな。その女、貴様を好いていたのだ」

「笑える冗談だな」

 俺みたいなのを、そんな。ワンチャンもない。

「さっきから言っておろうが、サシで飲み潰れるようなことを、好いてもいない男の前でするわけがないと。はは~ん、余わかっちゃったぞ。その女、獣人だろ?」

「獣人だが、何か?」

「いやなに、まあ経験あるからな。余、経験豊富であるから。あー、めっちゃ思い出してきた」

 おっさんの女自慢ほど不愉快なものはない。

「で、獣人だとなんだよ?」

「情熱的であるからな。かの種族は。余も獣人女には苦労させられた。特に………………それはさておき」

 今絶対、ろくでもないこと思い出したな。

「貴様とその女は、上手く行けばガキの一つでも作っていたかもな。それならば、代償として納得がゆく」

「趣味の悪い冗談だな」

 俺みたいなのが、ガキ作ってどうするんだ? 養う余裕も甲斐性もないぞ。しかも、それを生贄にして剣を手にしたっていうのか? 信じられるかよ。馬鹿らしい。

「女の情愛は激しいからの~。それが一時の間違いとしても、人生を変える火種には違いない。んま、あやつの剣には相応しい代償じゃな。ふーむ、人の絆か。もしくは未来か。さてさて」

「本当なのか? 確証は?」

 信じられない。何よりも、後輩が俺を好いていたことが信じられない。

 少し気分が悪いな。

「確かめる術は一つ。貴様、街中の女に声をかけて愛を育んで来い。それを代償にして、新たな武具を余が吐き出してやろう」

 こいつ、俺にナンパしてこいと?

 いや、巨人倒すより無理なんだけど。

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