<第一章:異邦人と蛇> 【02】


【02】


 再び、9階層に。

 巨人は元気に暴れている。

 広間には他のパーティがいた。何人か知っている顔もいる。皆、新人の冒険者だ。巨人にやられ半壊状態である。死傷者こそいないが、肩を借りて逃げ出す者ばかり。

 彼らとすれ違い。俺は一人、巨人の前に立つ。

 巨人にダメージらしいダメージはない。額に細槍が一本刺さっているだけ。

 目が合った。

 正確には、巨人の眼窩の光と目が合う。

 何故か、奴は動きを止めた。

 不思議な静寂が訪れる。

 漫画や映画であるような、達人同士の先に動いた方が負けるやつみたいだ。

 とはいえ、間合いは圧倒的に巨人が上。先に動いてもらわないと剣が届かない。

 ので、左腕の盾を投げ付けた。

 盾も剣と一緒に死んでいた。ひび割れ、砕けかけ、もう投擲するしか使い道がない屑鉄。

 風を裂いて盾は飛び、細槍と重なるように巨人の額に突き刺さる。普段の俺からは、考えられない正確な投擲能力。

 そして、異常な力。

 軽い音にも関わらず、巨人の額に亀裂が走る。巨人の頭が揺れ動く。並のモンスターならこれで倒せる攻撃だ。まるで、本当に、熟練の冒険者になったかのよう。

 この剣が俺に力をくれている。

 本物なのか?

 この【冒険者の父】の剣は。

 あの蛇が何者なのかはわからない。しかし、10年だ。誰も俺に寄越さなかった奇跡を、蛇は俺にくれた。

 例え悪魔の御業でも、この剣は八百万の神より価値がある。

 一瞬だけ折れた剣の柄に触れ、その後【冒険者の父】の剣を握り締めた。

 人外の握力に空気が震える。全身の骨が鳴り、背骨が軋む。肉が限界まで張り詰めた弓のようにうねり、しなり、力を溜める。

 だがまだ、剣は引き抜かない。

 巨人は静かに剣を担いだ。殺意を秘めた静寂。雑魚を散らすための咆哮はない。

 やっと俺を、敵として見てくれたのか。

 俺は、剣を担がない。構えない。ただ自然体で待つ。そう動くのが最適だと剣が教えてくれた。

 巨人が………………デカイ図体を硬直させた。

「?」

 これ待たなくてもいいか。

 一歩進んだ。

 巨人は虚を突かれた様子で、俺が進んだだけ一歩後退した。

 一拍の間を開け、巨人が雄叫びを上げる。退いた己を恥じたように、鼓舞するように。

 巨人は、見え見えの大上段から巨剣を振り下ろした。

 くらえば人間が消し飛ぶ一撃。

 雷鳴が聞こえた。

 稲妻が昇ったかのような一撃。

 俺の振るった剣が巨人の剣を両断する。自分でも知覚できない、時間を消し飛ばしたかのような速度と結果。

 空を舞い落ちてくる柱の如き刃――――――それを俺は片手で掴んだ。

「ははッ」

 イカれてる。

 踏みしめる石畳が重さに耐えきれず砕けた。壊れた先から修復して強くなる細胞。爆発しそうなほど心臓が脈打っている。ふと視界に入った再生点は、赤い液体がグツグツと煮え立っていた。

 まるで、無限の力。

「返すぞ」

 俺は、巨人に刃を投げ付けた。

 響くのは、刃が壁に突き刺さる轟音。貫通した。巨人のガードをぶち抜いた。

 大きな“しゃれこうべ”が、俺の傍まで転がって来る。

 10年来の宿敵の首。万感の思いが湧くと思った。

 しかし、驚くほど心に何もない。

 無心で、雑草でも払うように巨人の頭部と王冠を断つ。

 オオォンと小さな唸り声が響いた。巨人は最初から何もなかったかのように塵となり消えた。終わった。

 終わったのか?

 背後で歓声が聞こえる。

 他の冒険者が自分のことのように、巨人の消滅に喜んでいた。そりゃ、こいつともう戦わなくていいから嬉しいのだろうが。

 終わり以外の何事でもないけど、終わったことが信じられない。

「ありがとうございます!」

「ありがとうございます!!」

「すげぇや!」

「あんた誰!」

「え、一人? 他のパーティメンバーは?」

 人に囲まれる。悪い気はしないが、どういう顔をすればいいのかわからない。もみくちゃにされていると、人混み中にウサギの獣人を見つけた。

 朝酔い潰れていたのに、夕方にはもうダンジョンとは、獣人とはいえ大概タフだな。

「あ、お、やっ。なんか行けてしまった」

「え?」

 後輩は、初顔合わせみたいな反応をする。

「え?」

「どこかで会いましたか?」

「お、おう?」

 人には忘れられやすいが、これはちょっとショックな反応だ。それとも、何かやらかしたか? おぶられたのが嫌だったとか? 変なとこ触ってないはずだが、女はわからん。

 なし崩し的に、ワラワラと集まった冒険者たち25名と共に、10階層の中間地点ポータルまで行くこととなる。囲まれて逃げられなかった。

 色んな人間から質問攻めを受ける。

 大して面白くもない反応しかできない。

 蛇のことは黙っていた。

 剣のことも黙っていた。

 俺の浅はかな虚栄心だった。

 この後ろめたさが、素直に喜べない理由か。

 番人を倒した後ということもあり、というかここはまだ新人冒険者向けの浅い階層ということもあり、余裕でポータルのところまで到達した。

 ここまでの大所帯だと、モンスターびっくりして出てこないようだ。

「【巨人殺し】さん。誰のパーティに入りますか? うちは後衛が揃っているので、サポートはバッチリですよ」

「先輩、言っちゃぁなんだけど。うちのパーティは美人揃いだし、腕の良い男はモテますよ? どうですか?」

「男女関係はモメるから、オレんとこはみたいな男だけの方が気楽でいいぞ。どうよ?」

「あー、私のところは女三人で気楽にやってる感じですけど、良かったらどうぞ。ちなみに、みんな男の趣味は違うのでモメません」

 外に出たら、飲み屋の二次会行くみたいなテンションでパーティメンバーに入れられそうになり、


『あ、逃げた!』


 俺は逃げた。

 自慢の逃げ足を活用して逃げた。本物のウサギに負けない逃げ足だ。

 正直、知らない人に絡まれ過ぎて、精神的に限界だった。お前ら、10年お独り様の拗れた男がどれだけ面倒くさいか理解しろ。いや、理解しなくていいので放置してください。

 実家のような安心感のある寂れて人気のない路地裏を通り、完全にあいつらを巻いたことを確認。緊張したためか、息が荒れた。巨人と戦った時は、息一つ乱さなかったのに。たかだこれくらいで。

「ふ、フフ」

 倒した。

 倒したんだな。

 この剣で。

 俺は気持ち悪い笑顔を浮かべて、【冒険者の父】の剣を引き抜く。

「え、え?」

 すると………見えない力で剣の刃が捻じ曲がった。

 何か、硬い者に叩き付けられるようにして、捻じれて欠けて砕けて………………!? !? お、折れた。

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