<第一章:異邦人と蛇> 【04】


【04】


「よし無理だ。俺たちの関係はなかったことで」

「なんじゃと!?」

 人間できることと、できないことがある。

 女性と付き合うために声をかけるとか、しかも動機が蛇から武器を吐き出させるためとか、無理。

「無理、絶対無理。死んでも無理だ。死んだ方がマシだ」

「命を賭けて冒険してる奴が、女に声をかけるくらいなんじゃ」

「世の中には二種類の男がいる。女に声をかけられる男と、かけられない男だ。俺には無理。この性分は変えられない。大体、俺をよく見ろ。金はなさそう。実際にない。腕っぷしも弱い。だから、マントで隠してる。顔もパッとしねぇ。若くもない。どこの女が引っ掛かるか? まず俺が俺を嫌いだ。後輩のアレは、一時の気の迷いに違いない!」

「………確かに。これについては余の間違いじゃった」

 そこは、ちょっと否定しろよ。

 現実をそのまま受け止めたら傷付くだろが。

「代償については、一考する余地がある。女なら誰でもよいのか怪しいところであるし、貴様には男としての魅力が皆無という大問題もある。しかしだ。運命とは車輪なのだ。一度回り始めたら止まらぬ。余に出会ったことで、貴様の車輪は動き出した。まあ、座して待ってみよ。運命が向こうから来るかもだぞ?」

「なんだ、そりゃ」

 意味がわからん。

「よし、貴様の家に行くぞ。どうせボロ家であろうが、路地裏の溝よりはマシであろう。そこで余に供物を捧げるのじゃ」

 そうなるのかぁ。

 他人を自分の家に入れたくない。でも、力は欲しい。だが、次得られるかは不明。しかも、この蛇の怪しさは大爆発してる。

 変わらない日常と、蛇の言う運命を天秤にかけ、仕方なく決める。

「………うるさかったら瓶にでも詰めるか」

「おい、聞こえたぞ」

「へぇへぇ、言っとくが安酒くらいしかないぞ」

「はぁー!? 安酒とはなんじゃコラ! 供物ぞ、供物! 舐めとんのか!」

「供物の対価で、なんか武器くれんなら考えてやる」

「ま、酒には変わらんからな。今回は我慢してやろう」

 蛇は、俺の体を伝って首に巻き付く。

「いや、ちょっと、キツイっすわ」

 爬虫類好きでもない限りこれは。

「黙れ。余も男になど巻き付きたくはない」

 ぎゃーぎゃー言い合いながら、帰路に着く。

 すっかりと空は闇、街には明かり、人には混沌。

 夜の街の活気は嫌いではない。酒と性で頭の茹だった連中は、路傍の石など見ない。夜の俺は、限りなく透明に近い冒険者だ。

「変わらんなぁ」

「何がだ?」

 蛇は、すれ違う酔っ払いに首を向ける。なんとなく、懐かしそうに見えた。

「この空気、薄明り、喧騒、血と性の匂い。何十年と変わらぬ、我が愛しき混沌よ」

「色々思い出してんじゃねぇか」

 むしろ、正体隠してないか?

「まだまだ断片的ぞ。空気に触れれば思い出すようじゃが、しかしどうして、余は何者なのかはさっぱりである。高貴なのは確かなんだがなぁ」

「へぇへぇ」

 高貴な人間が蛇に化けるかねぇ。

 夜の街を尻目に俺は歩く。人混みに紛れ、すり抜け、誰でもない人間として進む。

 俺の家は、他の冒険者と同じで街の西区にある。そこに向かって、普段よりもゆっくりと歩く。蛇に気を利かせたわけじゃないが、普段よりも多くの人間とすれ違った。

 街は、大まかにだが東西南北に区分けされている。

 西区の主な住人は冒険者だ。

 最も人通りの多い目抜き通りに面していて、他所からの物品や人材も先ずここを通る。そして当然、商店が最も多い場所でもあり、経済の中心地である。

 であるにも関わらず、西区の大門は常に開けられている。衛兵が何人か立っているだけの薄い防御体制だ。

 理由は、この街の徴兵制にある。

 レムリアが有事の際は、冒険者は強制的に徴兵されるのだ。

 無論、自由を詠っている連中が簡単に従うはずもないので、一番攻められやすい場所にまとめて住まわせている。

 実際、ここ10年で三回ほど他国から攻められたが、冒険者は自分らの寝床や、財産を守るために働いた。

 戦いの様子を、俺は後方で包帯を洗いながら見ていた。

 天候を変え、地形を変え、理を変える魔法使いの秘術。文字通り一騎当千で敵を蹴散らす剣士の後ろ姿。生れ出た無明の霧、浮かぶ影はドラゴンに似ていた。

 つまりは、敵が可哀そうになる一方的な戦いだった。冒険者にとって、他国からの侵略はお祭りみたいものなのだ。

 ちなみに、報奨金も良かった。戦争の後は、半年くらい食うに困らない。

 して、家に到着。

 ここは西区と南区の境界だ。周辺には倉庫しかなく、住むにしては何もない寂れた場所。ちなみに南区は、冒険者以外の職業人の居住区。

 たまに聞こえるのは、練習中の吟遊詩人のさえずり。子供のごっこ遊び。小人族の行商の呼び声。それ以外は、とにかく静か。静かで寂れて過ごしやすい。あくまでも、俺にはだが。

 普通、冒険者は、活気を好むものなのだ。静かなのは、ダンジョンだけ十分である、と。

「ほう………倉庫を間借りしているのか。周囲に何もないのは気になるが、広そうだし外観は立派じゃ」

「あー」

 確かに、立派な倉庫が目の間にある。

 だが、俺の住居はそこではない。

 倉庫の横にある階段を降りた。倉庫の半地下。ここが俺の家だ。

「牢屋か?」

「俺の住まいだ」

 広さは六畳一間。小さい窓が一つ。ベッドが一つ。インテリアは、飲料と食い物を置いた小さいテーブルと椅子代わりの樽が二つ。樽の中身は、超安かったラム酒だ。寝かせたら高くなるというから購入したが、何年後に高くなるかは聞き忘れた。

「いや、貴様、流石にこれは、余の想像の倍は酷………馬小屋の方がよくないか?」

「雨風しのげて壁もある。ベッドもあるだろ。藁よりは多少マシだぞ」

「多少なのかぁ~」

「しかも、奥の階段降りると地下通路に繋がっている。何故か、丁度いい感じの穴があるのでトイレに使ってる」

「風呂は?」

「ダンジョンで入る」

 ダンジョンの2階層には風呂があったりする。しかも冒険者は無料だ。近くに公衆浴場もあるが、たまにしか利用しない。やっぱ無料は大きい。

「貴様、10年も冒険者やってこんな生活環境とは。余、泣けてきた」

「やかましい。ほら、供物だ。勝手に飲め」

 テーブルにある酒瓶を指すと、蛇はスルスルと俺の腕を伝ってテーブルへ。

 器用に口で酒瓶のコルクを外すと、ごっきゅごっきゅとラム酒をらっぱ飲みする。

「まっっっず! なんじゃこの甘ったるい酒は。エールではないのか!?」

「ラム酒だ。酒といえばラム酒だぞ」

 安酒の代名詞だけどな。

「酒といえばエールであろうが!」

「エールもあるが、高い。あんなん金持ってる愛好家しか飲まねぇよ」

「いやいや、おかしいぞ。エールが高い? そんな馬鹿な。安酒、薬酒、命の水といったらエールじゃぞ。え、今の冒険者ってそんな金ないのか? この国、大丈夫か?」

 なんだ、そのエール信仰。

「単純に流通量の問題だ。どこもかしこも酒といったらラム酒を作ってる。エール作ってるのは、極々一部の酒家だけだ」

 この辺りは、俺の使っていたロングソードと同じ理由だ。結局は、多くに求められるから物が売れる。そうでないのは、時代の流れと共に消える。

「ところで、さっきから貴様が言っている【ラム酒】とはなんじゃ?」

「砂糖を精製する時にできる“あまり”の廃糖蜜。それを蒸留して作る酒だ」

「砂糖を精製? この国、砂糖を作っておるのか? あれは中央の禁制品で王族にしか振舞われなかった嗜好品であるぞ」

「そんな話聞いたことあるな。でも、昔の話だぞ。砂糖作りで文句言ってた何シオンって国。綺麗に滅んだからな」

「エリュシオンな。そうか………………滅んだのか。それはそれで良きかな」

 やっぱこいつ昔の人だな。

 何百年前とかじゃなく、十年ちょっと前くらいの人間。意外と最近死んだとか?

「しかしまあ、“あまりもの”で作る酒とは、なんとも貧乏臭い。しかも、味も大したことない」

 ごっごっごっ、と蛇は酒を飲む。

 自分の体よりも多い量を飲んでる気がする。

「だが、強いし安い酒だ。教えてやる」

 俺は蛇に、ラム酒を語る。

 ラム酒が流行した理由は二つ。『原材料の安さ』と『アルコール度数の高さ』だ。

 十倍に薄めても、エールより酔える。しかも価格は同じ量のエールより安い。もちろん、街の酒場が出してるラム酒は、各店の裁量で薄められている。

 オーソドックスな薄め方は、水で薄めて柑橘類の搾り汁と砂糖を混ぜる。これがスタンダートな酒場の薄め方。安い酒場に行くほど、水の量は増え、果汁と砂糖が減って行く。

 てか、はっきりいってラム酒は不味い。

 薄めないと飲めたもんじゃないのだ。

 そんな、安く酔いたい人間と、安く酔わせたい酒屋の相互作用が、ラム酒流行の原因だろう。

「って、聞いてるか?」

「はぁ~まっず。あっま。もう一本。というか、そこの樽からも同じ匂いがするが?」

「寝かせてるもんだ。まあ、飲みたきゃ飲めばいいけど。薄めないと飲めたもんじゃないぞ」

 蛇は、樽の上部に齧り付いて穴を開け、樽の中に入った。

「ぐああああ! 不味いぞぉぉぉぉぉ!」

 樽がガタガタ動いた。

 そのまま蛇酒にならないかな?

「俺は疲れたから寝る。勝手にやっとけ」

 今日は、本当に色々あって死ぬほど疲れた。

 10年間、何もなかった人生が急激に動いた気がする。

「車輪か」

 蛇曰く、運命とは車輪。ならば、明日の俺も動くのだろうか? 体、もつかな? 正直しんどい。今日の疲れ残りそう。

 装備を適当に床に置き、埃っぽいベッドで横になる。

 目をつぶると、瞼の裏に巨人と戦う自分の姿を見た。

 手には、残り火のような熱がまだ残っている。

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