第14話 死ぬことも怖くねぇんだ

 そして最後まで読んだ店主はノートを閉じ、僕らの方に視線を向けた。


「……ありがとう。ミミハ様、そして少年。花のことを思い出せたよ」


「いやいや、僕はなんにもしてませんよ。色々とやってくれたのは神様です」


「いいや、そんなことないのじゃ……春がおらんかったら、花ちゃんのことを知ることも、ノートを見せることも叶わなかったのじゃから」


 神様の言葉に店主は頷いた……ま、2人ともそう言ってくれるのなら、少しくらいは自負してもいいのかもしれないな。そして神様は続けて。


「それで……店主よ。そのノート、お主が貰ってはくれぬだろうか?」


「えっ、いいのか?」


「うむ……このノートにはウチの文も多くあるが、花ちゃんの文字もちゃんと残っておる。こんな大切な物、ウチなんかじゃなくてお主が持つべきだと思ったんじゃ」


「……」


 店主は考える素振りを見せた後……ノートを抱え、神様にお礼を言ったんだ。


「そうか……分かった。頂くことにするよ。本当にありがとうな」


「いいんじゃ。その方がきっと花ちゃんも喜ぶじゃろうからな」


「……ああ」


 ここで会話はひと区切りしたようだった。この流れでそのまま店主は帰りそうだったので、僕は再度、本当に願い事を叶えなくて良いのか確認をしたんだ。


「あの、それで……本当に腰を治してもらわなくて良いんですか?」


「ああ。こんな物まで頂いて、身体の不調まで治してもらうなんて、恐れ多いよ」


「別に恐れんでも良いのに……お主が望みなら、腰痛どころか全てを若返らせることだって可能なのじゃのに……」


 それでも店主は、神様の言葉に首を振って。


「いいんだ。もちろん気持ちは嬉しいけど、まだ歩けるし……それにな。あんな願い書いてたオレだが、別に長生きしたいって訳でもないんだよ」


「えっ?」


「別に自ら命を終わらせるつもりはねぇけど……早くアイツに会いたいって気持ちは未だに消えていない。だから老化も、死ぬこともそこまで怖くはねぇんだ」


 店主は笑って言った……だけど僕は、その言葉になんて返したら良いのか分からなかったんだ。


「……そうでしたか」


「ガハハ、そんな顔するなって……それにな、今日は本当に楽しかったんだ。ミミハ様とも話せて本当に良かったよ」


 そして店主は深く頭を下げた。そんな彼に向かって、神様はぽつりと。


「……なぁ店主よ。良かったら、この神社のことを他の人にも勧めてくれぬか? ウチらは神社を復興しようと、頑張ってる最中なんじゃ」


「ああ、そうか。だからこんなことをしてたんだな……ああ、分かった。お客さんに勧めておくよ。とっても素晴らしい神社が、この村にはあるってな」


「ありがとうなのじゃ。あとそれと……」


「分かってる。ミミハ様と会って話したことは、誰にも言わないでおくよ」


「そうしてくれると助かるのじゃ」


 別に隠す必要もないんじゃないか? と一瞬だけ僕は思ったが、普通に考えてそれを信じる人は少ないだろうし……何より、僕が側にいないと神様は見えないのだから、わざわざ言いふらす必要もないと思ったのだろうな。


「では改めて……本当にありがとな、ミミハ様。少年も助かったよ。今度店に来たら、サービスしてやるからな」


「ええ、そんなの、大丈夫ですよ……」


「いいや、してやるからな! だから絶対にまた来るんだぞ?」


「はぁ……まぁ、そこまでおっしゃるなら」


「ああ、それでいいんだ。じゃあ……またな!」


 店主は元気にそう言って、大事にノートを抱えたまま、下りのエスカレーターに乗った。僕ら2人はその背中が見えなくなるまで、見届けたんだ。

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