第13話 穏やかな時間

「…………そんな。それは本当なのか?」


「ああ。5年前、花は事故で亡くなったんだ」


「そうじゃったのか…………ああ。ウチが花ちゃんを探しておれば、救えたかもしれんのに……ウチは何をしてたんじゃっ……!!」


 神様は悔しそうに目を伏せた。いくら神でも、死者を蘇らせることは出来ないのだろう……まぁ、それはそうだよな。それよりも、こんな弱気な神様を店主に見せておくわけにはいかないな……。


「……神様。神様は何も悪くないって。これは仕方ないことだったんだよ」


「ああ。これは変えようのない運命だったんだ。オレらはそれを受け入れるしかない……それに嘆いたって、花は戻ってこないんだ」


「じゃが……じゃがあっ……!!」


 神様は唇を必死に噛んで堪えていたけれど……ついには泣き出してしまったんだ。もちろん悲しむなとは言わないけれど……僕らは店主を呼び出した側なんだ。彼に気を遣わせる訳にはいかないよ。


「えっと……そういや僕らは店主さんの絵馬の願いを叶えるために呼んだんだよね。神様、店主さんの腰痛を治してあげられないかな?」


「っ、ううっ……わ、分かったのじゃ……」


 僕は神様にそう伝えた。それで、神様は目を擦りながら店主に近づこうとしたのだが……彼は首を横に振って。


「……いや、大丈夫だ。それよりも他に叶えてほしい願いが出来たんだ」


「な、なんじゃ……?」


「そのノート、オレにも見せてくれないだろうか?」


 そうお願いしてきたんだ……そして彼は続けて。


「生前、花は楽しそうに神様の話を聞かせてくれたんだ。あの大切な思い出を忘れないためにも、花の生きた証をオレに見せてほしいんだ」


「そ、それは構わんのじゃが……お主はそんなことでいいのか?」


「ああ。まだ何とかオレは歩けるし……それに病気を治すような神様の力ってのは、もっと困っている人に使ってあげるべきだと思うんだ」


「……分かったのじゃ」


 納得した神様は店主にノートを手渡した。受け取った店主はノートの表紙を眺めた後……視線を僕の方に移したんだ。


「……少年も見てみないか?」


「えっ? いやいや、そんなの、恐れ多いですよ……」


「いや、一緒に見てほしいんだ。じゃないとオレが無様に泣いちまいそうだからさ、頼むよ」


「ああ……はい。そういうことなら」


 別に1人で読んで、存分に泣けば良いと思ったけれど……神様がこんなに悲しんでいる手前、自分も弱いところを見せられないと思ったのだろう。それを察した僕は店主の後ろに立って、ノートを覗き込む体制になったんだ。


 ついでに神様も僕の隣に立ってきた。そのことを確認した店主は、ゆっくりとノートを開いたんだ。


 ……そこには。とても整った綺麗な文字と、小学生が書いたような乱雑な文字が交互に並んでいたんだ。


「ああ、こっちのデカい文字のほうが……」


「……ウチじゃ」


「やっぱり?」


 予想通りと言えばそうなんだけど。それにしても汚すぎるような……?


「仕方ないじゃろ……最近の文字など、あまり書いたことないんじゃから」


「そっか、神様は古文みたいな文字しか知らないもんね」


「…………そういうことじゃ」


「何だその間」


 そんなことを話しながら、僕らはノートの中身を見ていった。ノートには神様が人間の生活か何かについて、花さんに質問している文がいくつも残っていた。そして花さんは毎度丁寧な文字で、神様に説明をしていたんだ。


「字、綺麗だな。でもどうしてわざわざ花さんも文で返事してたんだ?」


「閑散としている神社じゃが……年がら年中人がおらんって訳でもないんじゃ。他の人がおるにも関わらず、見えないウチと喋っておったら変な目で見られるじゃろ?」


「なるほどね」


 だったら合点がいくな……それで店主は集中しているのか、無言でそのノートを読み続けたんだ。それでページが進むたび、花さんの文章はどんどん柔らかくなって、神様を想像したイラストなんかも書かれていたんだ。


「絵もめちゃくちゃうめぇな……プロみたいだ」


「そうじゃろ。花は絵画教室に通っていたことがあるんじゃよ」


「そうだったんだ」


「……ああ、懐かしいな」


 店主はそうとだけ呟いて、またページをめくっていった……そんな穏やかな時間が、数十分ほど続いていったんだ。

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