第12話 告げられた事実

「5、6年前くらいじゃったかな。よくこの神社に遊びに来る女性がおったんじゃ。それはそれはおしとやかで、上品なお嬢さんじゃった」


「へぇ」


「彼女は毎週お参りに来て、いなりをお供えして帰っていくのがいつものことじゃった。ウチはありがたく、毎度それを貰っておったが……ある日うっかり、彼女がいなくなる前にウチがいなりを取ってしもうてな。もちろんいなりを見えないようにしてる訳でもなかったから、見た彼女はとても驚いた表情をしとったわい」 


 きっとその光景を思い出しているのだろう。神様は微笑みながら話を続けた。


「見られたウチは焦って、彼女の記憶を消そうとしたんじゃが……その前に彼女がこうやって口にしたんじゃよ。『もしかして神様ですか?』ってな」


「おお。でも、その人は神様のこと見えてなかったんでしょ?」


「うむ、その通りじゃ。彼女はウチの姿は見えておらんかった……じゃが、ウチの存在は知っておったみたいでの。浮いてるいなりに向かって、彼女は色々と教えてくれたんじゃ。村ではこんな風に言い伝えられているんですよ、ってな」


「へぇー」


 神様に気付いたってのも凄いけど、神様に解説するのはもっと肝が据わってるというか、何というか……そもそも、どんな言い伝えが残っていたんだろうか。いなりが好きな神様、って情報ぐらいしか残ってなさそうなんだけど。


「……失敬じゃな。村を災害から守ったとか、そういう良い話系のも残っとるわい」


「それは素晴らしいことだけど、事実なの?」


「…………黙秘権を使わせてもらうのじゃ」


「そればっかりじゃねぇか」


 伝承って言っても、あまりアテにならないもんなんだな……まぁ神様に答え合わせしてもらうことなんて、普通は出来ないし。だから奇跡とかが起こったら、勝手に人間が結びつけてしまうんだろうな。


「……話を戻すのじゃ。色々と教えてくれた彼女にウチは心を許し、記憶を消すことも止めたのじゃ。そしてお互いに自己紹介をして、仲良くなっていったんじゃよ」


「ん? お互い見えないのにどうやって仲良くなったんだ? 女性の声は神様に聞こえたかもしれないけど、神様の声は女性に聞こえなかったんじゃないの?」


「うむ、その通りじゃ。そこで使ったのが……これなんじゃ」


 そして神様は魔法のように、何も無いところからノートを出現させたんだ。


「うおっ!?」


「これを使って会話をしてたんじゃ。いわゆる筆談ってやつじゃな」


「あ、そ、そうなんだ……」


 それよりもさっきのアポートが気になって、仕方ないんだけど……あれって僕も使えるんだろうか。


「まぁ声は届かずとも、こんな風にウチは現実世界の物に干渉できるからの。これで彼女と会話をして、その時に彼女の花という名前を知ったんじゃ」


「なるほど。それが、店主さんの奥さんだったんだね」


「そうだったんだな……」


 店主は呟いて、瞳を閉じた。彼もまた、在りし日の頃を思い返しているのだろう……それで神様はそのノートを開いて。


「ああー、懐かしいのぉ。そういえば彼女に言われて、自分のことを『ウチ』と呼ぶようになったんじゃっけ」


「そうなの? その前は何て呼んでたの?」


「『ワシ』じゃ」


「うーん、予想通り」


 まぁ確かにロリババ狐娘が自分のことウチって呼んでるのは、多少違和感があったけど。やっぱり何かしらの理由があったんだな。


「あんまり興味ないけど、神様は何で呼び方変えたの?」


「一言余計なのじゃ……別に深い意味は無いわい。ただ、ウチの見た目のこととかをノートに書いてると、花ちゃんが『そんな可愛い格好してるなら、ジジくさい呼び方止めなー?』って言ってくれたんじゃよ」


「そうだったのか」


 別にそれ以上の感想は無いが……神様も彼女と喋って、多少なり人生が変わったんだろう。それはきっと良いことだったと思うが……。


「それで仲良くしておったんじゃが、突然花ちゃんがここに来なくなってのぉ。どこか遠くにでも引っ越したのかと思っとったんじゃが、まさかお主のお嫁さんだったとは! 花ちゃんは元気なのかの? 次はいつ来れそうなんじゃ──」


「あのな…………ミミハ様。花はもう……この世にいないんだ」


「────え」


 ……もう彼女に会うことは叶わないのだ。そのことを知ってしまった神様は、呆然と立ち尽くしてしまうのだった。

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