第15話

(1)ヴィラン


 列車の荷台のスナイパーはスコープで様子を見る。

 肩でしっかりと固定したライフルは微動だにしない。まるで機械で固定してあるようだ。

 スナイパーの視界に無面を捉える。2階にいる。どうやらレスラーを倒したようだ。

 スナイパーは引き金に指をかける。距離、湿度、風向、風力、抵抗、そして列車の揺れなどからくるズレを瞬時に頭の中で計算し修正。

 今度こそ仕留める。

 スナイパーは引き金を引いた。

「……なっ!」

 発射する瞬間、軌道をずらされた。それは列車の屋根から飛び降り、ライフルを蹴ったのだ。

「お前は?」

 舞い降りた人物の拳が、状況の把握できていないスナイパーの顔面を捉えた。


(2)無面


 俺の体に突き刺さる石でできた槍のような物。隣の部屋からだ。

 引き抜かれると傷口から血が溢れ出てきた。

「急所は外したか」

 後ずさる俺に隣の部屋から男が現れた。まだ見たことない顔だ。

「俺はクライ。クライ・フェイスと呼ばれる」

「泣き顔? 笑えるな」

 俺は喝を入れるように胸を叩きながら立ち上がる。

「笑えるか? ならこうでも笑えるか?」

 そう言っている間に男の容姿が変わっていく。顔が、体が崩れ溶けていく。肉体は次第に泥へと変化していく。その姿まるで泥人形。ゴーレム。

「おぉっと、こいつは……本物の化け物が出てきちまったか」

「泥の顔、体。この顔がまるで泣き顔のように見えることから皆がそう呼ぶ」

 泥の男・クライの目が異様に光っている。

「ご託はいい。さっさと地面に帰れ」

 一気に間合いを詰めると殴りつける。が、拳がクライの体にめり込んでいく。そしてそのまま抜けなくなった。クライが拳を固める。泥の拳はみるみる固まりまるで石のようになった。それが俺の顔面を捉える。

 凄まじい衝撃。だが腕が奴の体から抜けず離れられない。何度も打ちすえられる。ザラついている奴の拳で俺のマスクの左側が破れる。血で汚れる白いマスク。

 奴の拳が鋭い槍のようになる。止めを刺しにきた。

 俺はポケットから扇のように広がる刃物を持ち、奴の右脇から左肩にかけて切り捨てる。しかしなんだ? まるで粘土を切ったような感触。

 案の定、クライはすぐに再生する。幸いにもその際に俺の腕も抜けたので急いで距離を取るが、奴の左手が伸びたかと思うと、俺を泥で捕まえ壁に押し付けられた。すぐに間合いを詰められる。

 壁に固定され動けない俺に槍のような右手が襲いかかる。首を逸らし脇を蹴り込んで躱すが左肩を切り裂かれた。

 次は確実に頭を貫かれる。俺はベルトに挟んだ銃の形をした物を取り、引き金を引く。噴き出し口から紅蓮の炎が出た。

 小型の火炎放射器だ。

 炎はクライの顔を直撃。すると初めて怯んだ。同時に俺を固定する左手も外れる。俺は回り込み、奴に炎を浴びせ続ける。次第に水気のあった体が乾燥し、固まっていくのがわかる。苦しそうだ。

「クソガァっ!」

 クライの槍状の腕が俺に突き刺さった。宙に浮く俺の体。俺は持ち上げられながらも、バーナーを奴の顔に噴きつけた。

 部屋の端から端の壁まで、人形のように投げ飛ばされる。


 あと一息。そんな時についにバーナーのガスが切れた。


 ポケットからタブレットを取り出し、薬を飲む。軋むような痛みは消えていくが気休めにしかならない。体はだいぶ限界に近い。刺された個所からは絶えず血が噴き出しているし、左肩からも出血。あばらも砕けている。普通なら十分に瀕死だろう。


 だが俺は違う。


 俺はヒーロー。復讐にきたヒーローだ。俺を狙う奴は誰であっても殺す。

 立ち上がると、クライは少し驚いたような顔を見せる。炎により固まった奴は今では本来の力が発揮できない。すでに槍から戻した腕を変化することもできないだろう。動きもどこかぎこちない。

「お前を甘く見過ぎていた。だが次で殺す」

「言ってろ。泥んこ野郎」

 お互いに睨みあい、雄叫びを上げ前へ出る。


 交差しぶつかり合う声。同じくしてぶつかる両雄の右の拳。


 ぶつかった瞬間。俺の腕から全身にかけて電撃が走る。嫌な感触だ。腕の所々で小枝が折れるような音が聞こえ、腕の各所に骨が突き出る。骨は砕け、肉は裂け、皮膚は破れた。しまいには肩からも骨が突き出た。噴き出す血と抑えきれない痛み。目の覚めるようなショックだ。だが、俺はさらに歯を食いしばり、声にならない叫びを上げ、力を込め、拳を捻り押す。

 俺の砕けた拳が、奴の固まった拳を砕いていく。バラバラに砕け、それは拳、腕、肩。そして……。


「失せろ。さっさと無機物に還れ」


 奴の横っ面に俺の拳がめり込み砕く。頭は陶器のように割れるとそのまま全身も砕け散っていった。

 俺は目眩から膝をついた。

だが、まだだ。まだ重要な奴がいる。雇い主のカルマだ。まだ今日は1人分の枠が残っている、殺せるはずだ。

 俺は立ち上がり、銃を取り出す。

 後ろから足音が聞こえる。

 正面に映った窓ガラスに顔に包帯を巻いた男が迫ってきていた。

 俺は振り返りざまに撃つ。


 男の眉間に穴が空き倒れた。


 近づいて男の包帯に手をかけた時、銃声。

 俺は衝撃を受けて吹き飛んだ。

 痛みはもうないが、まるで空気が抜けるように体の力が抜けた。口から微かに声が漏れる。

 見ればクローゼットが開き、中から左顔に火傷を負ったカルマがショットガンを持って現れる。


 どうやら包帯の男は替え玉らしい。


 俺が窓ガラスに体を預け、銃を挙げたが引き金は引けなかった。

「……お前は運がいい。11人目だ」

「知ってる。だから待ってた。これで俺の復讐は終わる」

 俺の前まで来たカルマが頭を狙って構える。俺に避けるだけの力はない。


 そして銃声……。


 銃弾が俺を襲うことは……なかった。

 そう、なかったのだ。

 なぜなら、カルマの発砲を妨害した者がいるから。

「え? な? お前? どうして…」

 驚愕に目を見開くカルマの前に、



 無面がいた。

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