第9話

(1) 刑事


 レイは警察署・未解決事件処理課の書庫で事件ファイルを開く。机の上には大量に資料が置いてある。

「ったく、今のこの情報社会の時代で、ファイルぐらいデジタル化しとけっての」

 資料の1つを見ながらレイは愚痴る。

 資料の題は「姿なき被害者事件」

 5年前の狙撃事件について書かれている。

他の町の事件なので取り寄せるのに苦労した。

 何者かがギャングのアジトに乗り込んだ際に、1000フィート近く離れた所から狙撃された。現場に残された血の量から、撃たれた者は死亡しただろう。

 だが、現場にその者の死体はなかった。

 どれだけ探しても見つからず、ギャングたちからも有力な証言は得られなかった。そのため、この事件は被害者なしの殺人事件となった。


 その手口は、今回の無面と同じだ。おそらく同じ犯人。そしておそらくまた無面を狙撃しようと狙ってくるだろう。

 レイはそれらしい事件の物を集めたのだが、わかったことはどれも1000フィート以上離れていることと、どこも見晴らしにきく所からの狙撃としか分からない。

 レイは伸びをしながら首を鳴らして立ち上がった。

「『姿なき殺し屋』……か。面白いじゃないか」

 レイは部屋を後にする。


(2)無面


 俺の勘が正しかった。協定について調べてみたらやっぱり出てきた。

 協定グループ自体に今回のような大それたことができるだけの力も、度胸もない。となれば、今回のことをしている者は別。調べてみれば少し前に協定グループの取締が変わっている。

資料を見れば神崎カルマと名前がある。そのほかの経歴もちゃんとある。ちゃんとありすぎる。俺の勘はそこを見逃さない。顔を確認して見れば、やっぱり。

 そいつは前に俺が潰した協定グループの親会社の会長、坂本カズの息子だ。潰した際に車の炎上で死んだと思っていたが助かったらしい。左顔に大きな火傷痕があるがしぶとく生き残ってやがった。親の仇打ち、それとも単なる復讐か? まぁ、そんなことはどうでもいい。

 俺は念のために息子の墓を掘り返した。棺桶の中には何もなかった。

 どうやら俺は1度殺した男をもう1度殺す必要があるようだ。

 おっと、その前に十祭司とか名乗っているふざけた奴らもいた。



 俺は協定グループの事務所の扉を蹴り破る。

 中は真っ暗だ。そして閑散としていた。置いてある机には厚く埃が積もっている。どうやら使われていないようだ。

 俺は一応、周囲を確認し一通り見てみたが協定がどこに移ったかといった物はやはり出てこない。

 俺は深く息を吐き、胸を叩きながらもう1度室内を懐中電灯で照らしながら見ると、部屋の全ての隅の天井に監視カメラがあった。荒事専門のこういった場所に監視カメラは大して不思議ではないが、そのカメラは市販で売っているような物ではなく、かなりの高性能な高価なものだ。しかも動いている。まるで俺を見ているかの……

「―――……っ!」

 理由なんてものはない。理屈ではない、嫌な寒気が背中を走った。言ってみれば危険から自己回避能力の生んだ直感といったとことだろう。

 俺が地面を蹴り倒れ込むのと同時に事務所のコンクリートの壁が砕け、事務所に一閃の閃光が横切る。もしあのまま立っていたら閃光は俺の頭を通ってた。


 今のは、狙撃か。


前に俺を撃ってきた奴だろう。スナイパー。まさかコンクリートの壁側から撃ってくるとは思わなかった。一応、注意はしていたがそちら側は盲点だ。だが、なんで俺の位置が?

 ……まさか監視カメラの映像だけで撃ってきたのか? 

 俺は立ち上がり、止まることなく懐から銃を取り出すとカメラを撃つ。合計で4つ。1つ……2つ……3つ……っ!

 壁にもう1つ穴が開き俺のマスクを掠めるように弾丸が飛んでいく。おそらくスナイパーのライフルは対人用ではない。明らかに威力がおかしい。すでにここは最後のカメラの死角だ。それにも関らずこの精度とは……

 俺は窓ガラスを破り飛び降りた。ここは2階だ。下にあった車の屋根を押し潰して着地。人通りの少ない所で助かった。

 降りようとする時、何かが強烈に車にぶつかってきた。

 車は地面を滑るように動き電柱に衝突し止まる。俺もそのまま車の屋根から投げ出されレンガ造りの壁に衝突した。

 頭を振りながら起き上ろうとする俺は襟首を掴まれると、軽々しく投げ捨てられ道を飛び越え、止めてあるキャラバンの側面にぶつかり落ちる。バンは激しく揺れ、側面はへしゃげ、防犯アラームが鳴り響く。

 俺が顔を上げるとそこに、覆面の筋肉で膨れ上がった男がいた。

「あぁ。なるほど、お前がレスラーね。いいね。わかりやすくて気に入った」

 ハットを拾い、頭を摩りながら立ち上がる俺は、歩いてくるレスラーが無防備に俺の間合いに入って来るのを待って殴りつける。

 俺の拳は奴の腹部に当たるが、まるでタイヤを殴ったような感触が返ってきた。効いているとは思えない。今度はレスラーの拳が俺の顔面を捉えた。あまりの衝撃に俺は後方に飛ばされ、またバンに衝突。今度は俺の勢いに耐えきれずバンは横転した。

 アラームの消えたバンから起き上がる俺を、レスラーは無言で見る。

 面白い。こうでなくてはいけない。

 俺がバンから降りると、レスラーは身を屈め俺を掴む。投げ捨てるつもりか、転がすつもりか。ガッシリと掴み力をいれる。

 この時、初めてレスラーの人間らしい感情が出てきた。


焦りだ。そして驚愕。


 初めてだろ。自分よりも小さい相手が持ち上がらないのは。動かすことができないのは。俺の両足が地面を離れることはなかった。

 いかに巨漢のレスラーも身を屈めている今の状況なら、俺でも容易に顔に手が届く。俺の握り締めた拳がレスラーの顔と衝突する。これにはダメージがあった。レスラーは俺から手を放し鼻血を撒き散らし仰け反った。俺はそいつの頭を鷲掴み地面に叩きつける。そして容赦なく踏みつける。2回目ぐらいで地面に亀裂が入った。

 3回目でパトカーのサイレンの音で足を止める。その一瞬で驚いたことにレスラーは起き上がり逃げだした。生きてまだ動けたとは思わなかった。しかし血まみれで、覆面で見えないがおそらく顔はぐしゃぐしゃだろう。

 レスラーは憎悪の目で俺を睨むと走って路地へ入っていく。

 俺も逃げなくちゃいけない。何せ、警察は俺を捕まえようと躍起になっている。


   ☆★☆


 またしくじった。


 スナイパーは片目に付けたスコープを外し、苛立っていた。まさかこの私がまた失敗するとは。と。

 手際よくライフルをしまうとスナイパーは背を向け歩いていく。

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