第7話
(1)無面
フリーク街と呼ばれる地下街。
クズ共の溜まり場。掃き溜め。悪党共の唯一の楽園。唯一、警察やヒーローが手を出さず容認する無法地帯だ。
昨日の男が吐いた場所。
まるで地面にポッカリと口を開けたようにある地下への階段。
まるで地獄の入口のように禍々しい。俺はポケットからタブレットを取り出し、直接口に流し込むと、噛み砕き飲み下す。空になったタブレットと握り潰す。マスクを直し、俺はその地獄に口に足を踏み入れる。
☆ ★ ☆
地下は酷いものだ。吐き気しか出てこない。だが、俺の予想を超えるような場所じゃない。ちょっとした街になっている。
俺が歩けばみんなが目を見開き沈黙した。
昨日聞いたフリーク街三番地のバー。
バーとは名ばかりの場所で、入った途端爆音に近い音楽が鼓膜を刺激し、中では所々の舞台で女が裸で淫らに踊っている。かなり混雑しており騒々しかった。各席に座っている客は酒を飲み、冗談に笑い、女と絡んでいる。
俺はその中を見まわし、昨日聞いた情報に一致する男を捜す。
初めは俺に気付かなかった客たちも気付くにつれて口を閉じていく。
目的の男は店の一番奥の大きな丸テーブルに一人陣取って座っていた。俺がそいつの前にテーブルをはさんで立った時には店内は静まり返っていた。
「おやおや。これはこれは。天国に住んでいる悪魔が、いるべき場所へ戻ってきた。顔のない男。無面」
悪魔の仮面を被っていたその男は、俺を見ると仮面越しでもわかるほどに笑いながら話しかけてきた。
「俺に言うことがあるだろう」
「殺そうとしてる奴を知りたいんだろ? まぁ、座って話そうぜ」
俺が席に座ると男は口を開く。
「初めて会うな。無面。あんたの噂は知ってる。俺はミラー。そう自分では名乗ってる。ところで、お前はここをどう思う?」
「……お前らのような世界のゴミの溜まり場だ」
「ああ、言えてる。俺達みたいな異端な奴らの溜まり場だ。世間の嫌われ者がここに集まる。だが、ここは必要な場所だ……あぁ~。そりゃぁ、何一つ、間違いなく、確実に。ここは、不可欠な場所だ」
「かもな。暇をつぶす場所にはちょうどいい」
「ああぁ~。その通りだ。ここは面白いぞ! 卑しく、汚く、やらしい。ここの人間は人間らしく生きている。人間をより人間であらしめる生き方をしている」
「何が言いたい。早く本台に入れ」
俺はミラーと名乗る男のしゃべり方が妙に癇に障った。が、一方のミラーは何が楽しいのか愉快に笑っている。
「何が言いたいかって? 何も。いや、全然。何も言いたいことなんてないね。ただ。詰まる話、あんたと話がしたかった。無面はせっかちだ。そして無口。ああ、顔がないから口もないわけだ」
独り笑いだすミラー。いい根性している。
「そんなに睨むな。目はないけどな。いいさ。教えてやるよ。お前を撃った奴のこと。お前を殺そうとした奴らのこと。そいつらを雇ったのは協定グループだ。なんで狙われてるのかは分かるよな」
「多すぎて検討がつかんな」
俺の発言にミラーは嬉しげに笑う。
「まあ、いいさ。全然、何にも、問題はない。詰まる話。大事なのは理由ではなく、その手段を執行する相手。そいつらは『深淵の十祭司』なんて呼ばれたりもする。ヒーロー狩り専門の奴らさ。普通の人間じゃヒーローを殺すのは難しい。だから自然と報酬も高くなる。つまりはヒーロー達の真逆の関係なわけだ」
ミラーは自分の指を折り曲げながら続ける。
「スナイパー、ダンサー、リッパー、ソルジャー、エスパー、レスラー、ポイズン、リスク、メタル、クライ。まあ、十祭司なんて言っても、結束のある集団じゃぁない。十人しかいないってこともない。主だって呼ばれるのがこの10人。そいつが死ねばその穴を埋めるために代わりの奴が入ってくる。殺しは単独で動くこともあるし、誰かと組むこともある。お前を撃ったのは『姿(スケ)なき(ルトン)殺し屋(・キラー)』って呼ばれる女でスナイパーだ」
「『姿なき殺し屋』だと? そいつはどこに行けば会える」
周囲がどよめく程の俺の気迫をこの目の前の奴は、さも嬉しそうに笑ってやがる。
「そんなに力みなさるなよ。別にお前が捜す必要はない。ただ待ってればいい。あいつが自分から仕掛けてくるんだから。あいつはお前を仕留め損ねた。契約上お前を殺さなけりゃならないからあいつは近いうちに来るよ。それにあいつも、契約以外にも何かあるんだろ? ポリシーとか。相当、苛立ってた」
「……なぜそんなに詳しい? どこでそんな情報を?」
嫌な予感がしてきた。初めに気付くべきだった。ミラーと名乗る男はただのチンピラにしては明らかにおかしいことを。
「ん? おいおい。何を思いついたかは知らないが、詳しくて当然なのさ……だぁって俺、その十祭司の一人、リスクだから。おいおいおい! まぁ、まぁ、待て待て。落ち着け」
立ち上がろうとする俺を間の抜けた声でミラーはなだめる。俺は腰を降ろしたがいつでも飛びだせるようにはしてある。まだ殺すには早い。
「俺が素直にお前にこうして教えてやる理由がわかるか? 詰まる話が、俺はお前に興味があるからさ。話がしたい」
「残念ながら。俺には無い」
「ところがあるんだなぁ~。お前が今もこうして座っているのが証拠だ。なぁ、いいか。俺は面白いことが好きなんだ。あぁ~。そりゃあもう堪らなく好きだ。だから俺は今こうしてお前の前にいる。この状況をもっと面白くするために。危険こそが面白さの根源であり、人の狂気を出すためのスパイスだ。いいことを教えてやろう。今、この場所には俺の他にもう一人、十祭司のリッパーがいる。あいつは俺が嫌いなんだ。だ・か・ら、俺を、俺達を見てる」
今では店内中の視線を集めている状況で、リッパーの視線を探るのは難しい。
「お前は、世界から嫌われている。そして、ヒーローの中でも浮いた存在だ。むしろヒーローよりもこっちに近い。だからみんなお前に怯える。お前は容赦がないからな。質問! この世界にヒーローはいるか? ヒーローは世界をダメにしていくとは思わないか? 人間はヒーローに頼りきり弱体化。そして悪党には俺たちみたいな超人達が出てくる。もし、もしも、ヒーローが世界から消えれば、人間はさらに自分達の思考を使い、高みにいくだろう。俺達のようなワルは生まれなかっただろう。つまりヒーローは世界を滅ぼす存在なのさ」
「茶番はやめろ」
俺は前の楕円の形をしたテーブルを掴む。
「俺達はよく似てる。そっくりだ。違うのは立ってる位置だけ」
「戯言が好きらしい。さっきの質問の答えを言おう。ヒーローは世界に必要だ。あいつらは、人間の正義の光の象徴であるからなっ!」
俺はテーブルをミラーに向けて引っくり返し立ち上がる。大きな音を立てひっくり返るテーブル。ミラーがどうなったか、見えなかった。しかし確かめる間もなく血の気の多い奴らが襲いかかってくる。
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