第2話


(1)無面


 俺の仕事は悪党を狩ること。

 警察にできないことを仮面(マスク)を付けたヒーロー達が行い。それでも手に余ることを俺が処理している。いわば俺が最後の掃除係と言った所だろうか。汚れた仕事だが、俺に不満はない。なぜかって? これは俺にしかできないと自負しているから。

 世間では俺を病気だとぬかしているらしいが、俺から言わせれば病気に罹っているのは世界の方だ。ガンのように蝕まれている。

 だから、俺のように悪い部分を切除する奴が必要なんだ。

 それなのに、世間は俺を罵る。恐れる。殺人鬼であると。イカれていると。今では警察すら俺を捕まえようと躍起になっている。

 本当に腹立たしい。

 俺が好きで汚れ仕事をしていると思っているのだろうか? 好きで毎日血に塗れ、暴力に明け暮れていると……。


 あぁ、大好きだ。

 悪党を殴るのが大好きだ。

 悪党が一人、この世から消えるごとに、この世界が綺麗になっていると実感できる。

 最高の気分だ。


 上昇していく高層ビルのエレベーター。


 軽い重力を体に感じながら俺はその中にいる。ガラス張りのそこからは夜景が見えた。美しい。とても綺麗だ。こんにも目を奪われる綺麗な世界に、のうのうと悪党どもがのさばっていると思うと吐き気がする。

 何気なくガラスに映る自分の姿を見る。

 いつも通りの格好だ。

 ポケットに手を入れ立つ。黒いトレンチコートに、黒いズボン。黒いハットを被る。そして顔、頭を全て覆うように何の模様もない真っ白な生地のマスクを被っている。


 みんな、俺のマスクの中の顔に興味があるようだが、理解できない。この顔こそが俺自身なのだから。俺が俺であることに何ら違いなどない……おっと、最上階に着いたようだ。時間は? 12時24分か……。


 さて仕事の時間だ。


(2)


 エレベーターの扉が開くと、慌てたような声が聞こえくる。

「急いでください!」や「時間がありません」など。

 だが、エレベーターの扉が開いたことに気付いたのか、一斉にその騒がしい声が止む。

 押し黙り、次に起きることに固唾を飲んで待っている。


 エレベーターからの光でフロアに光の道ができる。

 無面はその中をゆっくりと歩いて出てきた。

 黒いトレンチコートに、ズボン。ハットを被り、顔や頭はまるでのっぺらぼうのように、一切のシミ一つない白いマスクを被る男。


 彼はトレンチコートのポケットに手を入れ緊張する周囲とは対照的に、気が抜けているように見渡す。エレベーターと同じくガラス張りのフロア。暗いそこは外の夜景がよく見える。そして明る過ぎるほど輝く月も。

「いい夜だと思わないか?」

 低い低い、どこまでも底のない深く暗い声がフロアに響くと、彼はゆっくりと近づいていく。

「お前ら! 何してる。殺せ!」

 歩いてきた道を引き返しながら標的の男は怒鳴った。

 それを合図に、周囲を固めていた護衛の連中はハンドガンと取り出し引き金を引いた。

 耳を突くような轟音。

 しかし無面は歩きを止めない。弾道に合わせ体を少し逸らせ避ける。彼らとの距離は次第に縮まる。流石に避けるのが難しくなってくると、無面はホルスターから改造してあるハンドガンを引き抜き撃つ。

 装填数10発の消音付きの銃だ。

 空気銃を撃ったような音を立てながら、彼の放つ弾丸は男達を襲った。ほとんどが肩や太腿など致命傷は避けている。

 相手が怯んだ隙に、腕の届く位置まで辿り着いた。ここまでくれば銃はほとんど意味をなさない。まだ元気な奴らは打撃系、刃物などの直接的な武器に持ち替えた。

 最初に無面に襲い掛かってきた男は、無面の拳を顔面に受け、鼻骨が脳にめり込み即死だった。

 彼は歩きを止めることもなく、緩めることもなく、速めることもなく、ただ悠然と歩く。その擦れ違いざまに倒していく。彼が足を蹴れば骨が足から飛び出し、頭を殴れば首があらぬ方向に折れ曲がる。

 攻撃を躱しながら相手の脇を殴る。肋骨が砕け肺に突き刺さった。


 彼が歩いた後には、男達の呻きで満ちていた。

 何なく追い詰める。最後の護衛が銃を引き抜くが、無面はその手を掴み、握り潰す。握る指の間から血が吹き出し、手のどこかの骨が折れる音が聞こえる。護衛は金切り声を上げ悶えているのを、無面はそのままガラスに投げつける。脆くもガラスが砕け男は落ちていった。

「ま…待て。待ってくれ!」

 標的の男は腰が抜けたのか、無様に床にへたり込みながら命乞いをする。自分にはまだ利用価値があるとか、自分を殺したら後悔するとか、タダでは済まないぞなどの雑音が口から漏れている。

「藤堂ミツル……自分の罪は知っているか?」

 無面はそんな藤堂に意を返すことなく淡々と言う。

「か、勘弁してくれ」

 怯えた目の藤堂の胸倉を掴み無理矢理立たせる。

「お前は運がいい。今日はまだ9人。まだ枠が1つ余っている」

 無面は胸倉を掴んだまま藤堂を持ち上げる。

「くそっ、ちくしょー! 約束が違う! 守ってくれる約束だったのに、俺は嵌められたんだ。あいつら、裏切りやがった」

「最後に。神に祈りたいか?」

「……あ、ああ。どうか祈らせ――」

 藤堂が最後まで言うことはなかった。その前に、無面は持ち上げたまま彼の首をへし折ったから。


「そんな時間はない。お前に代わって俺が後で祈ってやる」


 手を離すと藤堂は床に崩れ落ちた。無面は彼が大事に持っていたブリーフケースを手に取った。


 次の瞬間。


 窓ガラスを突き破った何かが彼の肩口に当たる。

 激しい衝撃に壁まで吹き飛ばされた。

 壁にぶつかりふらつく無面の肩から大量に出血している。噴きだす血を止める様子もなく歩く。壁にぶつかった反動で動いているだけで、すでに意識がないのかもしれない。

 そのまま倒れる無面はブリーフケースを手にしたまま、窓ガラスを突き破り、およそ60階の高層ビルから転落した。


    ☆★☆ 


 高層ビルからかなり離れた場所にその人はいた。

 まだ熱を帯びる大口径のライフルをしまい、片目に付けていたスコープを取ると、携帯を取り出し電話をかけた。相手が出て一言呟くように言う。

「仕事は済ませた」

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