Day13 切手

 水中に沈んでいた体を無理に浮上させたかのような、分厚い膜を破って飛び出すような、そんな焦燥感を伴った目覚めだった。そのせいか、私はその焦りのままに、飛び起きてしまった。

「ったぁ⁉」

「いっ……⁉」

 ゴッ、という鈍い音が宙を舞った。私の首も弾けるように後ろに飛び退き、せっかく起き上がった上半身を再びベッドの上へ横たえることになった。何が起きたのかもわからないまま、ズキズキと痛む額を押さえながら、チカチカする視界でぶつかった対象を捉えた。

「す、す、す、スズナちゃん~! よかった、起きたんだね!」

「え……えと……?」

 まず、ツィルミ博士ではない。女の子だ。彼女も頭を痛そうに押さえている。……状況を鑑みるに、どうやら私の顔を覗き込んでいた彼女の頭と、丁度目覚めて飛び起きた私の頭が派手にぶつかったらしい。

 なんて間抜けな状況なの……と軽く落ち込むし、頭は痛いし。さっきまでの眠りの中で、どうしても飛び起きたいくらいの嫌な夢だか何だかを見たような気がしたけれど、この頭痛の原因がそれなのか、単純に物理的に痛いのかも不明瞭だ。

 そもそも……誰だっけ、彼女は。確かにどこかで見たことがあるような気はするけれど……。

「あ~……あの。やっぱり忘れちゃってるかな、私のこと……そうだよね……」

 ツィルミ先生の言ってた通りだ……と、彼女は一人で頷いている。不審の目を向ける私に、彼女は八の字眉のまま不器用に笑い返した。

 栗色の髪の、かわいい少女だと思った。一般体型よりも更に痩せこけていて、服も肌も薄汚れていて、髪も埃っぽくてぼさぼさだったけど。

「私、セリ! ほらっ、捜索人の仕事で一緒だった……!」

 パチ、と自分の中の知識が浮上する感覚があった。スズナ……彼女が呼ぶスズナという少女の体と心が、私、スズシロの自我に切り替わった時、傍にいた女の子だ。

「私、あの後スズナちゃんがどうなったのか凄く心配で……それで、リーダー達に訊いたら、この病院に入ったって言われて。えっ、病気なの⁉ 大丈夫なの⁉ って思って、ここにお手紙書いたんだ」

 そしたらツィルミ先生からお返事貰っちゃったの! 見てみて、切手に箔押しされてるの! すっごく綺麗じゃない⁉ それになんか聞いたらツィルミ先生ってアシルハの超偉い博士なんだって! 私がここでしばらく暮らす為の援助までしてくれて…!

「へぇ~……」

 なんか、最初に私と一緒にいた時は、気の弱そうな無口な子だと思ってたのに、めっちゃ喋るじゃん……と思いながらそのトークを流れるままに訊いていたけれど、

「んっ、暮らす?」

 と、引っかかった部分がそのまま口に出た。

「そう! だってスズナちゃん、一週間も寝てたんだもん……ツィルミ博士、別件の仕事があるから少し留守にするって。その間私にスズナちゃんをお願いするねって。だから私も捜索人の仕事は一次休業! ここでナズナちゃんのお世話するからねっ! 正直こっちの方がずっと稼ぎいいし……頑張るぞ~!」

 一人気合いを入れて、片腕を天に向かって突き上げている彼女の前で、私はぼんやり口を半開きにしながら、

「……はぁ?」

 と、間抜けに呟くことしかできなかった。

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