Day12 すいか[image_clash]
しゃぐ。
歯の先で赤い果肉を噛み千切った。つぶつぶとした組織が崩れ、弾け、内側から水っ気が迸った。唇どころか、顎の先まで、滴った赤い汁で濡れた。
口内に充ちる青くさい匂い、そして静かな甘み。
背中にまで汗をかいた体に染み渡るように、冷たくて、おいしくて。
隣に座る兄弟に、赤いままの口を開けて笑いかけた。
口から黒い種を出し、遊びのようにプッと飛ばした。
どちらが遠くまで飛ばせるか競争しようよ。生温い夏の風に温まってゆくスイカを抱えながら、そう言って笑った。
その瞬間。
思い出してしまった。
「あ」
「どうした?」
兄弟が笑ったままの顔で疑問符を浮かべた。何か壮絶な顔をしているけれど、宿題を忘れていたとか、観たいテレビの特番の時間を勘違いしていたとか、その程度のことだろうと。
両手の間から、食べかけていたスイカがボロッとこぼれ落ちた。赤い汁が滴って、足下の砂埃にまみれた。
「何してんだ……」
「ここじゃない」
立ち上がった瞬間、風景は全部変わってしまっていた。
爪先で履いている、安物のサンダルも。鮮やかな夏の日差しも。耳鳴りのような蝉時雨も。この体も。全部。
何かが間違っている。何かが途切れている。
「落とすなよぉ、バカだな。ほら、オレの食うか?」
「…………」
振り向いたとき、そこに誰が座っているのか分からなかった。
きっとこの思い出にもう価値なんかないのだ。
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