Day11 緑陰
「いや~、泳いだ泳いだ~!」
キラキラとした笑顔を浮かべるハコの後ろを、ヘロヘロとついてゆく私とナズナちゃん。後ろ手に持った水泳バッグが、背中側で鈍い音を立てていた。
「スッキリしたね~。楽しかったから、毎日行こうよ~!」
「よく体力もつね……私限界」
「……私も……」
結局、夕方まで遊んでしまった。私は途中途中うとうとと寝ているばかりだったし、ナズナちゃんも殆ど座って本を読んでいたが、結局はハコに半ば引き摺られるように手をひかれ、プールの中に飛び込む羽目になった。落ち着きのないハコは、身体能力もその性質を支える為に高くなる。私とナズナちゃんが流れるプールに右往左往している間に、ハコは引き締まった筋肉質の手足で見事なクロールを決め、あっという間に私達を追い越してしまったりした。
「まぁでも、たまにはね……気持ちいいかもね」
と、手足にしっとりと染み付いた、緩やかな疲労感を楽しむように呟いた。ハコもニコニコと満足げな顔をしている。ナズナちゃんは、念入りにドライヤーを当てていたもののまだ気になるのか、しきりに前髪をいじっていた。
「あ、ちょうどバスが来るよ! 乗っちゃお!」
言うなり走り出したハコの言葉の通り、緑陰をルーフに受けながら、こちらに向かってバスが走ってくる。乗り込めば、私達の暮らす居住区まで、安全に快適に運んでくれる。
小走りでハコに追いつきながら、フゥ、と小さな溜息が漏れた。こうして、友達と一緒に遊んで、泳いで。家に帰れば夕食が出て。それを食べて少し勉強して。この日々の中に、何の問題も障害もない。
(そうやってずっと暮らしていくことを望んでいたんじゃないのか)
それが自分の内から生まれた声だったのか、いつかどこかで聞いた声だったのかも思い出せないまま、夕暮れの日差しを浴びながら、バスのステップを踏み込んだ。
『
ピ、ピ、ピ。認証カードをかざし、車内に入る。手前に、杖に寄り掛かって座るおばあさんが一人、窓際に肘をついている疲れた様子のサラリーマンが一人いる他は、とても静かな車内だった。私達も、一番奥の席へ移ろうとそそくさと歩き出した。
「ハァ、ハァ……」
ガタン、と手前で音がした。誰かが走ってきて、急いでステップを踏み込んだ音だった。
そんなに急いで乗り込む必要があるだろうか。バスはまた来るのに。何となく気になって、後ろを振り向いた。
「よかった、間に合った……」
ピ。彼がかざした認証カードが、彼の名前を読み上げる。
『
男はハンカチを取り出し、額に浮かんだ汗を拭いながら、空いている席はないかとこちらを振り向いた。その時、私と目が合った。
景色から浮き上がるような、真っ白な長い髪と、眼鏡越しの星色の眼差しが、私の眼球の表面を撫でていった。
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