Day09 団扇
――これより、10分間の、休憩とさせて頂きます。皆様、プールから上がって頂き、水分補給を……
間延びしたアナウンスが響いて、ぼんやりと目を開けた。いつの間にか眠ってしまっていたようだ。そよそよと風が当たっている。その心地よさに、ごろんと寝返りを打って、もう一度眠ろうとした。
「シロ~。せっかく起きたのに、また寝ないでよ」
心底呆れたような声がかかる。私は眉間に皺を寄せ、薄目を開けてそちらを睨んだ。
「いいでしょ、別に」
「あ、やっぱり起きてた」
ハコは全くあっけらかんとした様子で、私が睨んでも何も気にしていない。怒っているどころか、不満を感じているとさえ思っていないのだろう。彼は手に持った団扇で私を扇ぐのをやめて、自分をパタパタを扇ぎ始めた。
ハコの黒い髪はまだ濡れていて、毛先からポタポタと雫が垂れている。肩にかけたタオルの先に、小麦色の薄い胸があった。下は男子用の競泳水着一枚だけで、その先からはしなやかに筋肉を纏った太股と、皮膚の下で尖った膝の骨が見えた。
「シロめっちゃオレ見るじゃん」
「見てない」
「いいよ? 見て」
「見てない」
しょうもないやり取りに疲れて、大の字になった。ナズナちゃんは、気づけば少し離れた場所で体育座りをしたまま、また文庫本を開いている。
「ナズナもさぁ、せっかくだから泳げばいいのに」
正直、私もそう思ったけれど、他人から言われたら反論したくなる。本人でもないのに。
「人の勝手じゃない? そんなの。あとハコは泳ぎすぎ」
「泳ぐために来てるんだよ」
それはそうだ。退屈なやり取りに飽き飽きして、もう一度目を閉じる。最初に少し泳いだだけで、大して疲れも溜まっていない筈なのに、そうして目を閉じるだけで、すぐにとろとろとした眠りの気配に包まれる。
「またねんね? シロさぁ、最近寝過ぎじゃない?」
ハコの驚いたような声が、眠りに落ちかけた意識に響いた。
「何……それ。悪口?」
「違くて。大丈夫? なんか体調悪いの?」
「別に……普通。ただ、……」
ただ、と呟いた唇の端が、もぞもぞと動く。
最近、夢をよく見る。変な夢……長いような、繋がっているような、不思議な夢……。
そう呟いたつもりだったけど、それが果たしてちゃんと言葉になっていたかどうかは定かではない。水の中に落ちるように、意識は眠りの淵へと沈んでいってしまったから。
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