Day07 天の川[image]
「地上では、今日は七夕ですね」
うとうと……と蕩けかけていた意識が覚醒する。伸びをしながらゆっくりと起き上がり、椅子の背もたれに背中を預けながら目を開けると、アトリが隣に座っていた。
「七夕?」
「サダさん、ほっぺたに痕が残っていますよ。熟睡しすぎでは?」
フフ、と小さく笑う、そのあまりにも美しく滑らかな所作を眺めながら、さて宇宙船の管理AIがここまで美形である必要性とは何なのか、とぼんやりと思った。
「……地球を離れて、もう数え切れない程の休眠を経た。七夕なんて、地上から見た星の配置が喚起させた物語に過ぎないのであって、こんな広い宇宙のど真ん中では……」
「サダさん、もし星に願いをかけるとすれば、何にしましょう」
この素材など、如何でしょうか。アトリは、メモリーから引っ張り出してきたのであろう、やたらと精密な笹の木の3Dモデルを宙に浮かせ、ちょいちょいとホログラムの七夕飾りをくっ付けている。そのやる気はどこから出てくるんだ?
「確かに、七夕とは天の川がもたらした、ささやかな物語に過ぎないでしょう。けれど、星の海を渡る私達にも、少しくらいはロマンを感じる資格がある筈です」
「ロボットのお前がロマンを?」
いけませんか? と微笑みながら、彼は細長い短冊を私に手渡した。それは半透明の光の帯で出来ていて、指でなぞればそこに文字が浮かび上がる。
「…………」
だが、確かに。七夕が出来た時代の頃を思えば、こうして人が地球を飛び出し、それこそ天の川を超えて星々の先まで旅をするというのは、それこそがロマンそのものなのかもしれない。そう思うと、アトリの言うことにも一理ある。……かもしれない。
「……昔は他の乗組員達と共に、季節の行事を再現しては、よく地球を懐かしんでいた。今は皆休眠状態で、目覚めたとしてもただ暇を潰しながら宇宙の観測を続けるだけだったが」
たまには、悪くないのかもしれないな。元の願いに立ち返るというのも……。
「願い事、一個で足りますか? せっかくなので、思いつく限り、たくさん書いてしまいましょう。願いが人の心を育てるんですよ」
「それじゃあ有り難みがないだろう……フフッ」
アトリの笑みに押されるように、私も笑い出してしまった。そのまま視線を、宇宙船の窓に向ける。
星は見えない。真っ暗な宇宙の闇が、窓を満たしている。
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