Day03 謎
「シロ~~! こっちこっち!」
陽射しが暑く、汗の粒が顎を伝う。足下に反射した熱線が、チリチリと肌を焼く。
『発汗機能は正常に働いていますが、疲労感を感じられるようでしたら、冷却モードを展開します』
「いらない」
両手をUVカットパーカーのポケットに突っ込みながら、健康管理AIの声に短く返事をする。
「あとうるさい。緊急時以外スリープして」
『かしこまりました』
手首に巻いたリングから、パチン、いう軽い音が鳴り、それきりAIは黙り込んだ。そうこうしている間に、歩みを進める足はバス停のすぐそばまで来ていた。
「間に合ったね~シロ~! バスまだだからラッキーだったよ!」
「ラッキーとかじゃなくて、時間に合わせて来たんだから当然でしょ」
「いや、オレにとってはラッキーだったの。……だってナズナ、本ばっか読んでて全然オレと話してくれないんだもん」
コソコソと、私に耳打ちするハコベラ。私は特に笑いもせず、取り出したハンカチで滲んだ汗を拭く。そしてチラリと、ベンチに座っているナズナを見た。
バス停周辺は弱い冷風がかかり、また屋根のおかげで濃い日陰となっているせいもあるだろうが、それにしても彼女の佇まいからは、一切の暑苦しさを感じさせない。ここに歩いてくるまでもそれなりに汗を流し、疲労するものと思われるけれど、彼女は背筋をしゃんと伸ばして、素知らぬ顔で文庫本を読んでいる。白いワンピースに白い長手袋、それにツバの長い麦わら帽子……「夏の少女」のイメージイラストそのもののような姿で。
無口な彼女は、私が合流しても視線をこちらに動かしすらしない。私はバス停の下に入って、ようやく涼んで汗が引いてきたので、ハンカチを鞄に仕舞った。
バスの到着まであと五分ほど。ナズナ、私、ハコの順でベンチに座って、足を退屈にぶらぶらさせながらの待ち時間。この中で唯一の男の子であるハコは、体力を持て余しているのだろう。少しも大人しく座っていられず、立ち上がって素振りの真似事をしたり、私にこの前見たという昆虫番組の話をしたりする。私はハイハイ、と気のない返事をしながらそれを聞く。
「今さ、ずっと空でジージー言ってるじゃん? これって、蝉って虫の鳴き声らしいよ」
「虫って鳴くの? なんか気持ち悪いね。ていうかわけわかんないよね、こうして鳴き声だけ流してるとかさ。だって――」
そんな会話の途中、隣で突然、パタンと本が閉じる音がした。
「そうよね。もう、蝉なんて――虫なんて、どこにもいないのに」
ナズナが顔を上げていた。麦わら帽子の影の下で、黒くかかった前髪の間から覗く黒い両目が、私達をじっと見ていた。
「大昔の音声データや文化伝統からシュミレートして、それらしく合成しただけ。夏らしいってだけでかかっている、これはただの、ノイジーなBGM」
スルスルと言い切ると、フッと彼女は私達から視線を外す。まるで、興味を失ったみたいに。始まりみたいに突然に。
「実体の無い、幻みたいなものだわ……」
…………。沈黙する私達が見守る前で、彼女は再び、文庫本を開いて読み始めた。
「……ナズナってさ。謎めいてるっていうか、ミステリアスだよね」
「どっちも同じ意味でしょ……」
再び耳打ちしてきたハコに、私は呆れながら返事をした。
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