Day02 金魚

「……むにゃ」

 目を開けて最初に感じたのは、奇妙な脱力感だった。

 私は普段、あまり夢を見るタイプではない。見たとしても、曖昧で茫漠な、目が覚めてから三分以内には完全に忘れてしまえるような、他愛のないものばかりだった。

 だって、私には現実だけが全てで、その質感だけを感じていられれば満足だったのだから。

「……んんー……?」

 しかし、今朝はどうも気持ちが落ち着かない。むくり、と上半身を起き上がらせた後も、頭の中では疑問符がくるくると回っているような、奇妙な感覚が残っている。そのまま、がしがしと頭を掻きながら、寝ぼけた瞼を閉じていた。

『軽度の不安感を感知致しました。リフレッシュモードを展開しますか?』

 ポン、という軽い音と共に、天井から音声が流れた。私は重たい首を持ち上げて、「よろしく」と呟き、再びベッドの上に大の字になる。

『かしこまりました。リフレッシュモードは約八分間、テーマは【SUMMER】です』

 音声がフェードアウトすると共に、遮光カーテンが自動で閉じる。部屋の中は朝の光の一切を遮断し、夜のように真っ暗になる。

 その闇の中に、まず赤い光がぽつんと灯った。

 やがてそれはするすると伸びて帯状になり、白い花びらを纏って、動き出した。模様としてしか認識できなかったそれらが、やがて一つの形を取った。

 金魚――無数の金魚が、闇の中を泳いでいる。

「…………」

 耳に聞こえるのは、ささやかな流水の音。鼻先で嗅ぐのは、仄かなミントのような清涼感のある香り。

 クッションを両手で抱き締めて、涼しい室内を自由に泳ぎ回る光で出来た金魚達を眺めていると、確かにそれまで感じていた不安や不快感は、少しずつ氷解していった。

 それでも、なお、残っているもの。「夢で見たものへの疑問」。

(私ではない私を見たような夢)

 ……不思議だ。私はよく、友人達にも「想像力がない」「遊び心がない」と言われるような人間なのに。今の自分に満足しているから、それ以上のことを求めたり、想像することだってなかったのに。

(あれは、何だったんだろう?)

 自分の掌を頭上に掲げる。投影された金魚の光が、微かの指の間をかすめていった。

(スズナ、って……私のこと?)

 ポン。再び、通知音が鳴った。中空に浮いた相手の名前を見て、私は持ち上げていた腕をボフンと下ろし、仕方なくリフレッシュモードを中断させる。

「……はい、何? ハコ」

『スズシロ~! おはよう! 今日はプール開きなんだよ、覚えてる?』

「……そんなにはしゃがなくても覚えてるよ。遅れないでってことでしょ?」

『もちろん! ちゃんと水着も持ってきてねっ! あっ、あとね、ナズナも来れるって! 楽しみだねーっ、じゃっ!』

 こちらが返事をする前に、ハコベラからの通話はブツンと切れた。ハァ、と溜息を吐いた後では、もうあの愛らしい金魚達を眺めようとも思えない。さて、朝食にするか……と立ち上がる。

「ミストシャワー、着替え。朝食の準備もしといて」

『かしこまりました、スズシロ様』

 立ち上がり、空気を横薙ぎに切る。その動きを察知して、遮光カーテンが涼しい音を立てて開く。人類保全都市の青い街並みが、眼下に広がっている。

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