輪廻転生ノスタルジア

鳥ヰヤキ

Day01 黄昏

 その光は朱色の大きな掌のように、空一面を覆い尽くそうとしていた。

「あ」

「どうしたの?」

 黄昏時だった。背中に抱えていた荷物が、力を失った腕の隙間からゴトンと落ちる音を聞いた。

 私の目はただじっと、あの赤い夕日だけを見ている。落日を中心に、黄金色の炎のような帯を纏いながら、赤く赤く広がっていくただそれだけの色を。

 目に焼き付けた。

「どうしたの?」

 友人はもう一度尋ねた。早くこの荷物を雇い主に届けなくちゃ、と不安そうにしていた。そう、ここは荒野で、私達はかつて戦場だったここを浚って、遺品やら遺骨やらを汚い手袋で掻き集めて、それで小銭を稼いでいたんだった。ここは灰色の大地で、口元まで巻いたマフラーさえ黒々と煤けていて。両手両脚は疲れ切ってカタカタと小さく震えてすらいて、促されるまでもなくただ早く帰りたいって、そういう気分だった筈なのに。

 もう、全てがどうでもいい。

「私はここにいる人間じゃない」

「スズナちゃん……?」

 少女は不安そうな顔で私を見ている。

 ……誰だっけ、この子。


「ツィルミ博士、こちらです」

「うん」

 扉の前で、人の動く気配と声がして、程なくするとノックの音が響いた。

「私一人でいいよ」

「……かしこまりました」

 キィ、という小さな音と共に部屋の中に入ってきた男を見た瞬間、眩しさに目が眩んだ。

 白い男だった。……脱色したように真白な髪。日に当たったことがないような青白い肌。背は高いが痩せぎすで、銀縁の眼鏡の向こうの目は、暗く瞬く星のような色をしていた。彼は白衣を翻しながら、ベッドの上に座る私の方へと歩み寄った。

「君がスズナちゃんだね」

「違います」

「そう?」

 彼は抑揚も感情もない、乾いた声で小さく呟き、手元のカルテを見つめながら椅子に座った。

「私はツィルミ。君の調査を担当するよ。よろしくね」

「……調査? 検査ではなく?」

「うん。検査……例えば、君の体や頭の中を調べても、あまり効果が無いってことは、もう分かっているんだ」

 だから、魔法使いでもなく心理療法士でもなく、私は来たんだよ。そう言いながら、博士はかくんと首を傾げ、口元を少し開けた。彼の首元に、白く長い髪が流れる涼しい音を聞きながら、私はぼんやりとそれを見ていたけれど、やがて彼が私に笑いかけたつもりだったのだということに気づいた。

 あまりにも下手な作り笑い。まるで手作りの人形みたいだ。そう思うと笑えてきて、クスクスと肩を揺らした。

「ということは……私以外にも、こういう症例ってあるんですか?」

「うん。珍しいけどね」

 博士は、和やかさともフレンドリーさとも無縁の男だった。一切の摩擦の存在しない、ただそこにあるだけの存在のようだった。

 彼はバインダーで綴じられた書類をパラパラと捲りながら、私に視線も合わせずに言う。

「自分のものではない他者の記憶。経験。知識が脳内に突如蘇り、それまでの個人として組み立てた人生を上書きしてしまう症状」

 仮称・転生記憶障害。と、博士は呟いた。

 彼は伏せていた顔を上げて、はじめて私に目を合わせた。暗い星の色だ、と思っていた瞳の中心に、微かに銀色の光が灯っていた。

「君の、名前は?」

「……スズシロ」

 スゥ、とその名前が唇から滑り出てきた。今の私の体が過ごした名前ではない、けれど似ている、どこか遠い場所にあった、『本当の私の名前』が。

「私の名前は、スズシロ」

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