第7話 最後の一服
ここは適度な空調がきいた、とある病院の一室。
私は初期のハンセン病で入院し、はや1ヶ月になる。今の医療ではハンセン病は治る病気になっているらしいが、やはり看護婦さんたちは、私の世話をやくたびに廊下で手の消毒をしているのを私は知っている。
「やい、らい!」
ここは二人部屋だ。騒がしい男と相部屋なのだ。彼は重度の糖尿病で両手足の切断と、視力を失っている。身動きもとれず盲人となり、そのこころ模様はいかばかりのものか。
その鬱憤を晴らすかのように同室の私にからんでくるのだ。
ちなみに「らい」とは「らい病」のこと。ハンセン病の古い言い方だ。そういう言い方をされればこちらも傷つくもの。なのでなるべく無視を決め込んでいる。
「俺は組長だ!なのになぜ組員が挨拶にこねーんだよ!」
私の知ったことではない。口だけは傍若無人である。そんなだから組員にも見捨てられたのではあるまいか。
私は入院早々に部屋替えを希望していたのだが、いまだにその願いは叶ってはいない。
肩口まで切断された腕でいつものようにナースコールを押しまくる。
「くそ!速くこねーか。速く!」
ベッドの上でジタバタしている。私はたまらなくなって耳をふさぐ。
ナースが到着する。
「いてー、いてー手も足もいてーよー。どうにかしてくれ。あれを射ちやがれ!」
ナースは出ていくと医師を呼び、戻ってくる。
主治医がきた。医師は容態を聞き、いつもの注射器を取り出す。
そう、あれ。モルヒネのことだ。ようは手足が痛いとは口実で、単に麻薬であるモルヒネがほしいだけじゃないかと私はにらんでいる。
医師は出て行った。
組長は、
そのおぞましい一部始終を私が見ていると、組長が一言「あ~たまらん~」と呆けたようにうなるのだった。
ある日一人の訪問者があった。いかにもヤクザといった縦縞のスーツに身を包み、礼をしながら組長の横に立つ。手にはフルーツの盛り合わせ。糖尿病患者が食べてはいけないものだが、ここまで病状が悪化した者には、そんなこともうどうでもいいのだろう。
「おやっさん。今日はお別れを言いにきました。俺、笠井と安西と西村三人、勝村組に身を寄せることにしました。親不孝を許してください」
「そうか、最後の三人も出ていってもう誰もいなくなったか。知らせに来てくれてありがとうよ、達者でな」
笠井と名乗った男が帰っていった。
「おい、らい」
私が無視をしていると。
「そのフルーツお前にやるよ……食ってくれ」
と、寂しげに力なく言った。
「では本案は賛成多数で可決といたします」
国会で、安楽死法が成立した。
私がそれをテレビで見ていると、組長が言った。
「らいよ、悪いがタバコ一本くれねーかな」
「ここで吸うんですか」
「一本ぐらいバレやしねーよ」
私はタバコに火をつけ組長にくわえさせた。
組長は吸っては吐き、吸っては吐きを繰り返す。
吸い終わったあと一言。
「5年ぶりのタバコだ。やっぱりうめーな」
それからやおらナースコールを押して医師を呼ぶと
「先生よー安楽死をたのむよ。俺の大好きなあれでよう……」
「分かりました。それではICUへ行きましょう」
たぶん組長は幸せの絶頂で天に帰ったに違いない。
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