四
アダンは研究室の壁にもたれかかり、手の指をくるくるさせながら科学者の話を聞いていた。科学者は言う。これまで研究されてきたマイスリナからマイスべレナーを精製する過程で、これまでとは違う反応が出るようになったと。原因について調べてみたがとんと見当がつかない。仕方なく、国のはずれにある森に行き、かつて研究に力を貸してくれた高名なエルフにまた協力を仰ぐことにした。エルフは植物の声を聞くことができる。
そこまで聞いたところで研究室のドアがかちゃりと開いた。背格好からは女性の特徴を宿したその人物は洗練された所作でドアを閉め、科学者のもとへ行き何かを渡し、アダンのほうへ向き直った。アダンの目には顔の横に伸びる長い耳が確認された。
「初めまして、私はアナスイア。エラスト・モクロウソフのもとで研究の助手をしています」
髪は美しい金色で肩まで伸び、透き通る肌の顔が持つ碧眼は真実を見つめる力を宿していた。人間の工房では薄手の白いローブが常識となっているが、彼女にそれは通用していない。肩が出たニットの首元でスカーフを巻き、ニットの裾は下半身を隠していて、その切れ目からちらりとブーツが見えた。
「エルフか」
「そうだけど、あなたは? 」
「見ての通り、ただの人間だよ。この国が滅ぶという突拍子もない預言について調べてる」
アナスイアは少し首を傾げてアダンを見て、ふんふんと頷いた。
「まあ、人間の預言がどれほどのものか知らないけれど、あまり邪険にするのも良くないかもしれないよ」
「何か知っているのか、エルフは」
「そうでもなかったら、こんなところで怪しい研究になんか手を貸したりしません」
アナスイアは、少しいたずらっぽく笑ったが、その目は笑っていなかった。
「その話は、先ほど少ししたんだ。彼はある程度真面目に聞いてくれたよ。この件は人間だけでは解決できない。種族を超えて協力しなければ手がかりは掴めないだろう」
エラストは二人を制するような口調で補足した。じゃれる二匹の子犬に向けられるような目と共に。
「そうなんだが、なんでエルフがこんなところにいるのかはまだ聞いていない」
「こんなところとはなんですか。人間にしては立派な研究所ではありませんか。まあ、精霊の声を聞くことのできる我々エルフ族には研究など必要すらありませんが」
子犬は簡単にはじゃれることをやめなかった。
「あまり人間を馬鹿にするもんじゃない。人間による研究の恩恵はエルフなどの人間以外の種族にも伝わっているんだろう」
「余計なお世話だと思ってるエルフが多いんじゃないかしら。私たちエルフ族は森や木、火や水の精霊の声を聞けるんだから。それ以上に必要なことなんてないもの。まあ、人間の思考という行動が生み出すものに興味を持ってるもの好きなエルフも結構いるけど」
「あんたは森から出たことがないんじゃないか?人間の街にもエルフがいて、人間の服を着たりしているさ。これからの時代はあんたのように頭の固いエルフが取り残されていくんじゃないか?」
「まあまあ、落ち着きたまえ、二人とも。今はそんな話をしている場合じゃないことは、アナスイア、君もわかっているだろう」
エラストは少し声を張って言った。二匹の子犬はもう少しでけんかになるところでじゃれあいをやめた。
「いいだろう。なんだか、あんたたちも訳アリらしい。わざわざこんな辺境の街まで来て、ようやく手がかりが見つかりそうだ。」
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