三
街のはずれにその工房はあった。入り口付近の芝は伸び放題で、ところどころ背の高い雑草が生い茂っている。その先に続く短い石畳の道は疲れ果て、退屈を絵にしたようだった。雑草の合間から見える建物はコンクリートでできていたが、つたに覆われていた。入り口は鉄製のドアが設けられ、はめごろしの小さい窓がつけられていた。
そこにいる科学者はかつてすべての栄光を手にした。マイスべレナーを開発した第一人者であり、その功績をたたえられ、多くの歓迎を受けた。国からの賞賛と報酬、市民からの尊敬のまなざし、つまりは富と名誉を完全に手に入れたのだ。それでもなおその科学者は研究に没頭した。やがて市民は彼を変人扱いするようになり、国はマイスべレナーに満足してそれ以上を求めようとしなかった。そうするうちに彼は人々から見放され、忘れられていった。
アダンがドアを開けるのに普通よりも多くの力を要した。扉は少し錆が回り、ヒンジ部分には油が必要だった。中は広々としていて、通路の側面にはいくつもの研究室があり、各種の実験がかつてなされていたことを物語っていた。鍵のかかった研究室の列をしり目に、カツリ、カツリと足音を鳴らしながら進んでいくと、最奥の研究室の扉の小窓から明かりが灯っていた。ノックし、そのままガチャリとドアを開けた。
部屋の中には白く薄手のローブを着た老人が、マイスべレナーの原料となる植物、マイスリナの鉢植えに水をやっている姿があった。老人はアダンを一瞥して、また鉢植えに目線を戻した。
「あんたが、エラスト・モクロウソフでいいのか?」
老人の目はぎろりとアダンを見、体ごと向き直った。頬はやせ、への字になった口の周りのしわは年輪を思わせ、目には幾分の人生への疲れが見えるものの、まだ光は失っていなかった。
「そうだが。なにか用かね、お若いの」
「この国を亡ぼす青い光について何か知らないか」
老人の顔はわずかに驚きの表情を浮かべたが、すぐに元の表情になった。
「そんなことを知って、何が望みかね」
「今言っただろう。この国がどうやら滅んでしまうらしい。青い光とやらによって。それについて知りたいだけだよ」
「ほう、それで、なぜこんな老いぼれが、何か知っていると思ったのかい」
「あんたは老いぼれなんかじゃないだろう。今のこの国があるのはあんたのおかげだといっていいくらいだ」
エラストの表情はかすかに和らいだが、依然として厳しいままだった。
「昔の話だ。いまはもう見る影もない工房でいそいそと研究している老いぼれにすぎん。おっと、話がそれたな。どうして私がそれを知っていると思ったんだ?
青い光とやらを」
老人らしいしぐさでエラストが持っていたじょうろをわきに置いた。
「いろいろ聞いて回って、数を打つしかないと思ってるよ。でも、この国で物知りな人間といえば、まずは科学者だろう。ほかの国では、シャーマンだったり、エルフだったりするみたいだがな。それに、青い光なんて現象は図書館の古文書をあたっても出てこない。かつては存在しなかったってことだ。だとするとそれはこれから誰かが新たに作り出す現象かもしれない、と考えたんだ。人為的にね。人為的な現象とすると、真っ先に思いつくのがあんたたち科学者ってわけだ。どうかな、あんたのお眼鏡にはかなうことはできたかい」
問われた科学者はふうと息を吐き、厳しさから深刻さを表す表情を浮かべた。
「一年ほど前からだ。異変があったのは」
「異変? 」
「そう、あれらがな」
老人は鉢植えのマイスリナを指さした。
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