第6話 (最終話)2つの悩み。

話を戻すと本の話の後で「昴ちゃんはもう帰るの?」と貴子さんが聞いた。

貴子さんは父さんをあだ名として昴ちゃんと呼ぶ事にしていた。


「いや、美空さんが学校とバイト先、後は住んでいたところを見たいってさ」

「ああ、それいいね。これからは何かあったらメールするよ」


「うん。そうして。亀川はすぐ我慢するからそっちの方が安心する」

そう言った父さんは娘さんに「お母さんは我慢しがちだから心配になるよね」と話しかけると「わかるんですか!?」と娘さんは驚く。


「そうだね。俺達はたくさん話をしたからね」

「お母さんそういう友達少ないから助かります」


そんな談笑をしている時だった。


「貴子!」と聞こえてきた。

この雑踏の中で大声で名前を呼ぶ?


俺が声の方を見た時、「げ、龍輝」と言ったのは娘さんで「龍輝?あ、鷲雄」と言ったのが貴子さんだった。


俺は身構えて母さんだけでも守らなければと思ったら父さんはシレッと「彼が旦那さん?」と貴子さんに聞いている。


「うん。ボコボコのが旦那、横がお兄ちゃん」

「ふふ。お兄さんは亀川から聞いていたイメージ通りだ」


父さんは余裕の談笑をしながら前に出ると「初めまして、鶴田 昴です」と言って挨拶をした。


「おう、初めまして昴ちゃんさん。俺が貴子の兄貴で昨日は息子さんに世話になったよ」

「鷲雄さんですね。前から貴子さんからお話を聞いていました。イメージ通りです」


鷲雄さんは握手をした父さんに「ずっと会ってみたかったんだ。成程、こうなったのは残念だけど、今回は息子さんに助けられたよ」と言うと横の龍輝さんに「おら、挨拶」と言い、龍輝さんは「俺は貴子の旦那の田中 龍輝だ」と言って父さんに威嚇している。

父さんは涼しい顔で挨拶を返すと俺と母さんをキチンと紹介した。


「この街に住んだのは20年前の約3年で、その中の9ヶ月間を貴子さんにお世話になりました。偶然ですが今日も再会出来て良かったです。息子がこっちの大学にいてどうしても地元から離れているので心配していましたが近くに貴子さんや皆さんがいてくれれば心強いと話してました。ご挨拶出来てよかったです」


この話に龍輝さんは固まってしまったが鷲雄さんは「龍輝、全部負けだよ。貴子、帰るんだろ?」と言い「うん。帰るよ龍輝。アンタ帰ったら鷲雄と車洗いなよ。昴ちゃんと薫くんはタバコだめだからなんかあっても今のままじゃ車乗れないんだからね」と貴子さんが言う。


娘さんは「マジ禁煙車にしてよ。あの車臭すぎ」と言うが貴子さんは「それは無理だー」と言い、父さんが笑って「やっぱり亀川はタバコが最低条件だよな」と言うと貴子さんは晴れやかに笑って「本当タバコNGは無理だね」と言って賑やかに帰って行った。



その後は家族3人で父さんの軌跡を辿る。バイト先、大学、住んでいたアパートの跡地に出来ていたマンション。


父さんは歩きながら何を話したか教えてくれた。

「いいの?」

「いいよ。亀川にも旦那さんに全部言いなって言っておいたしね」


「そう言えば父さんはあの手の人達怖く無いの?」

「父さんの仕事先にも居るしそう言う人たちに仕事を割り振るから慣れちゃったよ」


俺は何も知らない父の一面に驚く。そしてここからは父さんの言葉で貴子さんとの会話を綴る。




俺は20年ぶりに亀川 貴子の前に居る。

あの日と変わらない眼差しと息遣い。

ずっと逢いたかった。その気持ちで「会えて良かったよ亀川。すごい偶然だね」と言った。


亀川は嬉しい時の息遣いで「うん。ずっと会いたかったよ。会って話がしたかったんだ」と言う。ここで俺達がお互い未婚なら抱き着いて来ただろうし俺も抱き返したと思う。


「俺もだよ。ずっと引きずっていた。あの日の後悔と自分を恨んだ」

思ったままを口にした。

もう躊躇はない。


「恨んだ?」

「うん。俺がタバコOKだったら良かったのにって」


亀川は首を横に振って「それなら私だって昴ちゃんに謝りたかった。言いたかった!」と言って泣きながら俺を見る。


「タバコを吸っててゴメン。タバコをやめられなくてゴメン。タバコを止めるから彼女にしてって言いたかった。地元に連れて行ってって言いたかったよ」

何回も夢見た言葉が聞けた。

俺も目元が潤んでしまう。


「ありがとう亀川。俺も言いたかったよ。でも俺の為にタバコをやめてとか我慢してって言えなかったんだ」

「うん。わかってる。だってそれが昴ちゃんだもん。優しいから言えないんだよ」

亀川はそう言って泣いていた。


「ありがとう亀川。この20年、薫なら話したと思うけど本当に3ヶ月前まで辛かった。何回たまにくれる亀川からのメールに心救われていたかわからないんだ」

「うん。全部聞いたよ昴ちゃん。大変だったね」


「そのせいで俺はずっと亀川を引きずっていて、3か月前には沢山亀川の夢を見たんだ」

「私も辛かった。あの日、飲み会が合コンで昴ちゃんに嫌われたと思った日も辛かった。あの後、ナンパされたなんて強がり言わなければ良かった。ナンパ男とは一度も連絡しなかったし電話も無視したって言えば良かった」


これには何も知らない俺は驚いて「え?そうなの?」と聞いてしまう。亀川は「そうだよ。電話だと昴ちゃんが見抜いてくるからメールでよかったよ」と言う。

本当に嬉しくて安心している時の息遣い。


「本当だ。今も息遣いでわかるよ」

「もう、敵わないなぁ。それからね、私は辛くて毎晩昴ちゃんの名前を呼んで泣いてたの。

それでお兄ちゃんが旦那を紹介してきて結婚する事になったの。それでもやっぱり私の初恋で1番は昴ちゃんだから忘れられなくて旦那に心を開かなかった。そうしたら旦那は前に打ち明けていたお母さんから昴ちゃんのことを聞いていて怒ってきて、それから4か月くらいかな、もうずっと何かって言うと心を開かない、昨日も男の名前を呼んだって言われててさ。私も春くらいには沢山昴ちゃんの夢を見たよ」


俺は同時期に亀川も俺を想ってくれていたと聞いて嬉しかった。

あの時期はまだ美空さんとやり直せていないから喜んでも許されると想えてしまう。


「亀川も?じゃあ初めて遠出した商業施設を覚えてる?俺さ、あの日の夢を見たんだよ」

俺の言葉に亀川も頷いて「私も見たよ。でもあの夢は昔と少し違っていたんだ」と言う。


「え?」

「あの日、タバコ切れで喫煙所に向かう私に昴ちゃんが待ってって言うの」


俺は一気に顔が赤くなった。

ビックリした。


驚きで「え?それ…」と聞き返す俺を無視して「それで昴ちゃんは俺たち付き合わないか?って言ってくれるんだよ」と言った。

驚いた俺は相槌を辞めて「亀川、それ…」と言う。


「え?」

「亀川は喫煙所に駆け出して俺の方を見て「こっちに来れたらね」って言わなかったか?」

俺の言葉に今度は亀川が驚いた顔をする。その顔は真っ赤だった。


「え!?」

「俺もその夢を見た。俺は喫煙所に入るんだ。そうしたら…」


「私は昴ちゃんに抱きついて「嬉しい。本当に嬉しい。大好きだよ昴ちゃん」って言ったよ。でも昴ちゃんの返事を聞く前に旦那に起こされたんだよ。お陰で喧嘩しちゃってさ」


偶然かも知れない。別の日かもしれない。でも確かに同じ内容の夢だった。

俺も最後まで話す前に目が覚めたと伝え、「じゃあ…俺たち同じ夢を見たのか?」と言った。亀川は真っ赤な顔で「凄いね。凄い恥ずかしい。でも嬉しい。もう昴ちゃんの腕には奥さんが居るもんね。夢でもくっつけて嬉しかったよ」と言って笑い、俺も「俺もだよ。ありがとう亀川」と言って笑った。


その後で姿勢を正して「俺は亀川 貴子に恋をした。とても素敵な初恋だったよ。ありがとう」と言い、亀川も「ううん。私こそありがとう。本気の初恋は昴ちゃんだったよ。ありがとう」と言ってくれて握手をした。

見た目は同じでも手は昔とは違っていた。



ざっと父さんと貴子さんはこんな事を話したらしい。

実際はもっと細かく話しただろう。賞味2時間は喫茶店に居て、俺と娘さんは暢気にデザートまで食べていた。


その話を聞いて母さんはヤキモチを妬いて「昴さん!早く帰りましょう!」と言う。


父さんは立ち止まって母さんを見て「美空さん、昨日の夜も話したけど、これが俺の初恋。俺の初恋はこの街で亀川 貴子とありました。ようやく報告出来ました。でも俺は亀川 貴子とは付き合えなかった。それは亀川 貴子はタバコをやめられなかったから、俺がタバコで体調を崩すから。だから何も無かったよ」と言う。


母さんは潤んだ瞳で「もう、急だったけど聞けて良かった。もう思い出にできた?」と言って父さんを見つめる。

父さんは「はい。ようやく」と言って母さんと足早に帰って行った。


それを駅で見送った俺は段々と20歳年の離れた弟か妹が現れるのでは無いかと恐ろしくなりながら帰った。


帰りに寄ったらローストビーフは売り切れていて、早速貴子さんに愚痴ったら「今度おさえておくよ。薫くん、本当にありがとう」と返ってきた。




今回、良かった事は父さんの初恋が聞けた事で。良くなかったのはこっちで知り合いが出来てしまい、バーベキューなんかに呼ばれる回数が増えた事だった。


「俺、バイトしてないから金ないですよ!?」

「バーロー!ガキから金なんて貰えるかよ!薫くんは昴ちゃんさんの息子なんだから堂々と肉食って腹一杯になって帰ればいいんだよ!龍輝!お前も薫くんに感謝しろよ!」

鷲雄さんは酒臭く俺に肩を組んで向かいに座る龍輝さんに語りかける。


龍輝さんは面白くなさそうに俺を見て「ウス。薫くん。ありがとう」と言うと鷲尾さんが即座に「感謝が足りねえぞ!薫くんが居るから貴子と麗華が来てくれるんだぞ!?」と圧の凄い注意をする。


そう。貴子さんと娘さんの麗華さんはバーベキューは俺が参加するなら行くと言うらしく、流石に学校の方が無理な時は本気で断るがそれ以外は、後日メールアドレスを交換した麗華さんが「龍輝が荒れてるからまたバーベキューの話出てるの。私らは薫くんが行くならって言うから」と言ってきて断りにくい。



そんな中、鷲尾さんの注意を受けていた龍輝さんは遂に俺にキレた。

「お前!お前の親父は貴子を惚れさせるし、お前は麗華か!?お前みたいなヒョロヒョロは認めねえぞ!麗華には亀川の親父さんや鷲雄アニキみたいな漢を旦那にさせんだよ!」

この言葉に空になった烏龍茶のペットボトルで龍輝さんの頭を小突く麗華さん。


「はぁ?マジありえない。これ以上ガサツ遺伝子組み込んで何がしたいの!?」

これに貴子さんが良く言ったとケラケラ笑って俺の元に来ると「薫くん、写真撮って昴ちゃんに送ろうよ」と言った。


「連絡はしましたよ?」

「いいから撮ろうよ」


貴子さんはまずはと言って鷲雄さんにスマホを渡して俺と近めのツーショットを撮る。

その時横で「昴ちゃんと撮ってるみたいで嬉しい」と小さく言った貴子さんはタバコ臭かった。父さんの「亀川、ゴメン無理」が即脳内再生された。その後は近くにいた男の子に肉を与えて集合写真を撮らせてその2枚を父さんに送っていた。

集合写真は鷲雄さんの奥さんや子供さん、貴子さんのお父さんお母さんと大家族でそこに何故か俺が居る。


「あ、昴ちゃん返事早い!薫くん、転送するね」

父さんの文章は「また?ごめんね。お肉代払うから金額教えて」とあった。

貴子さんは「要らないって送ったから薫くんも受け取らないでね。持ってこないでね」と言う。


父さんとメールをした事でヤキモチを妬いている龍輝さんに肉を渡してご機嫌を取る貴子さんを見ているとひばりさんと麗華さんに呼ばれた。


「薫くん。ありがとうね」

「本当、マジ感謝してます」

「いえ、俺こそご馳走になってすみません」


「ううん。お姉ちゃんが活き活きとしてるし、家でも明るくなったって麗華ちゃんが教えてくれたんだよ」

「うん。普通に日常会話に薫くんと昴ちゃんさんの名前が出せるようになって家が見違えました!ご迷惑でなければこれからもよろしくお願いします!」


確かに貴子さんが元気になってくれたのは嬉しい。

鷲雄さんにも何回か言われたが、本当に俺に会うまでの貴子さんは元々今みたいに明るい人だったのに暗くて仕方なかったらしい。

だが「これからも」には返事がしにくい。

正直に言うと、この陽気な皆さんの集まりは疲れる。


なのに麗華さんの言葉を聞いたひばりさんは「そうだよ!こっちで就職先探しなよ!」と言い、麗華さんも「それ!良いですよね!よろしくお願いします!」と言って熱い眼差しを向けてきた。

俺は必死に「え…と……保留にできますよね?」と言うが紙皿に乗った肉の熱さと美味しそうな匂いが無碍にできない事を俺に言ってくる。


俺は少し困ったことになったと思っていると母さんからメールが来た。


貴子さんとのツーショットに「なにこれ?」とコメントが付いていて代わりに父さんと母さんのツーショットが来た。


俺には今二つの悩みができた。

就職先や永住先のこと、そして本当に歳の離れた弟か妹が増えないかだった。

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